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0話-1

「ありゃ? 落とし物かな?」  旅人は言った。屈んでじいっと落ちているそれを観察してみる。  道の真ん中で、誰かが行き倒れていた。  この時代ではよくあることだ。  だが、不思議と興味を惹かれて足を止めてしまったというわけだ。 「う……うーん……」 「うんうん。ちゃんと生きているね。安心したよ」  とても、軽薄な物言いで旅人は言った。 “それ“は聖職者のような装束に身を包み、背中から天使のような白銀の翼が生えていた。同様に長い銀髪。紫の瞳。  恐らく、鳥類を眷属とする亜人種なのだろう。 「助けてほしいかい?」  ゆぅっくりと旅人は問うた。 「あなたにご慈悲があるのなら。お腹が空いているのです」 「この時代に慈悲ねえ……ふうん。僕の物になるのなら拾ってあげるけど?」  旅人はそう言って、板チョコレートを差し出した。  言わずもがなこの時代において高級な嗜好品である。  飢えているのだろう。  青年は物欲しそうな顔をしてこくこくと頷いた。  旅人はさして、興味なさそうにチョコレートを渡してやる。 「これ、なんですか? とても甘いです。舌が蕩けそうな……」 「気に入ったの? そんなもので良かったらいくらでも食べさせてあげるからね。でもさ、知らないヒトについていったらダメって教わらなかったの? お前」 「でも、あなたはこんな私に施しをしてくださるので、とても良い方だと思います」 「そ。じゃあ、約束通り、お前は僕の物だからね。あとで、後悔しても知らないよ。名前は?」  チョコレートの甘味にうっとりとしている青年にそう聞く。 「名前はありません。正しくは記憶がないので覚えていない方がいいと言った方が」 「うーん……変わったのを拾ってしまったねえ」  ぴょこん、と奇妙な動きで、旅人は、跳ねた。  それからひとりでワルツでも踊るような優美な動作をした。  生来の美貌とあいまって、そんなこどもじみた所作でもひどく画になっていた。 「――遥か彼方」 ……どこか、遠くをさす言葉である。  旅人は振り返った。 「お前にぴったりだと思わないかい? 名前がないのなら僕がつけてもいいよね。お前は僕の物なんだから」  青年は、チョコレートのかけらをごくんと嚥下した。  それから、嬉しそうにうなずいた。 「はい。私はあなたの物です。遥か彼方としてあなたのそばにいます」 「うん。じゃあ行こうか。僕も少し疲れてるんだよね」  旅人は奇妙な歌を口ずさみながら先を行く。 「るんた……るんた……るんたった~……」 ……彼の歌のセンスは壊滅的だったが、ひどく楽しそうだ。 「我が、主人。あなたのお名前はなんでしょう」 「んー……」  旅人が振り返る。  快楽主義者的な酷薄な美貌。  豪奢な赤の外套が翻る。 「僕の名前は――薫。好きなように呼んで?」

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