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0話-2
薫が、遥か彼方を連れて、向かったのは古めかしいホテルだった。
古いながらも瀟洒なつくりの建物で、店主も丁重にふたりをもてなした。
薫の見てくれは幼い。
まだこどものようだ。
現代の食料にも事欠く世界で、このような高級なホテルに宿をとれる彼は何者なのか……記憶を有さない遥か彼方にはよく分からない。
「部屋でゆっくりしようか。昼餉の用意をしてもらうからその間にお風呂に入っておいで」
そんな薫の言葉に甘えて、猫足のバスタブでゆっくりとくつろいでいた。
長い銀色の髪が湯の中でふわっと広がる。
「薫様は何者なのだろう」
ある種の達観を感じる……煙に巻くような喋り方もそうだし、あの途方もない美貌。
ただの旅人だと言うが、行き倒れている遥か彼方を拾うような奇特な人物だ。
そんな不毛な考えを巡らせていたが――主人を待たせるのも無礼に感じ、湯から上がる。
衣服は汚れていたので、バスローブに身を包む。やわらかい肌触りだ。これも一級品の物だろう。
ますます、薫に対する疑問が、深まるが努めて今は頭から排他するようにした。
「ちょうど、店主が料理を運んでくれたよ」
広い食卓には、豪華なご馳走が並んでいた。
分厚いステーキに、カプレーゼ、焼き立ての香ばしいパンに、じっくりと煮たであろう野菜と豆のスープ。
「これは夢ですか? このような豪華な食事など……」
「現実だけど? とにかく、お腹が空いているのだろう。食べて」
この薫と名乗る狼は途方もない家柄の者だったりするのだろうか。
目の前の桃源郷のような光景は、おおよそ、現実離れしている。
食事を食べる。じわっと甘い肉汁と脂。やわらかい肉。カプレーゼのトマトは鮮度がよく、甘酸っぱい。チーズも上等なものだと分かる。
香ばしいパンをかじり、とろとろに煮込まれた野菜のスープを飲む。
「薫様、とてもおいしいです……」
「そう、良かった」
だが、薫は、食事に手をつけようともしない。
ただ、微笑んでいるだけだ。
嬉しそうに遥か彼方が食事をしている光景を眺めているだけ。
(あれ?)
食事をほとんどたいらげたところで、頭が酩酊する感じがした。
酒精の類は呑んでいないはずなのに。
遥か彼方は、はふ、と熱く湿っぽい呼気をひとつこぼした。
「かおる、さま……身体、熱いです……」
「……そう」
スッ、と薫の目が細められた。
そして、突然、食卓の上の食事をひっくり返した。
「なにを……するの、ですか……せっかくの食事が……無駄になってしまいます……」
「あのね。ここの店主は僕のことをこけにしたんだよ? 僕でもお前でも良かったんだろうけどね。僕の物に手を出すなんて、後で仕置きが必要だよねえ。お前もそう思うでしょう?」
薫が何を言っているのか分からない。
けれど、主の命令には絶対服従だと思うので、ただ、頷いた。
温厚な物腰の……自称旅人であるところのこの亜人種の少年が恐ろしく思えた。
「遥か彼方は物分かりがいいね。あとで、ここの主人にはきちんと折檻するから安心をおし。でも今は……」
薫は、ぐちゃぐちゃの食卓を汚いものを見るように一瞥だけすると、おいでと遥か彼方に言った。
そして、天蓋付きのベッドに遥か彼方を導いた。
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