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第5話 最初のお仕事

 裏庭で、鉈が空を切る音がする。  ガレスが薪を作ってくれていた。 「クリシェ、ここにあった分は全部、終わった」 「ありがとうございます、助かりました」  クリシェはアイスティーを差し出した。 「この程度、大したことはないが……有難くいただく」  ガレスが一口、アイスティーを飲み込んだ。体格の割に小さな一口だ。 「クリシェが淹れてくれた、アイスティー」  ガレスの声が小さくて聞こえない。だが、聞き返すのは、やめておいた。独り言のように感じたから、気付かない振りをした。 「左腕は、どうですか?」  問い掛けながらガレスの腕を眺める。自分の腕とも見比べた。 「天使の羽の枚数に、変化はないな」  ガレスの腕には三枚、クリシェの腕には四枚の天使の羽が残っている。変化なしだ。 「呪いを負っている者同士では、善行もカウントされないのでしょうか。それとも、行いが軽微過ぎましたかね」  クリシェは首を傾げた。ガレスがアイスティーを差し出した。 「見返りを受け取ったせいだろうか?」 「見返りというほどのものでは……ただの差し入れですよ」 「俺は、嬉しかった」  ガレスが頬を赤くしてアイスティーを飲んでいる。薪を割って体が熱くなったのだろうか。だとしたらアイスティーはタイミングが良かった。 「次は見返りなしで、もう少し重大な何かをお願いしましょうか」 「何でも頼んでくれ。何でもする」  ガレスが同意してくれた。 「しかし、難しいですね。どの程度の善行なのか」 「俺の羽根が一枚減ったのは、後輩騎士を魔獣から助けた時だ」  ガレスが自分の左腕の刻印を眺めた。 「それはつまり、命懸けレベルが必要というお話でしょうか」  自分の右腕の四枚が、途端に重く感じた。 「命懸けなら、俺がこなす。騎士団は辞めたが、剣術の稽古は続けている。腕は鈍らせない」 「それは、頼もしいですが」  ガレスが自分の剣を抜いた。 「剣もクリシェのお陰で直った……」  刀身を眺めたガレスが、言葉を止めた。 「ガレス? 何か不備がありましたか?」  刀身を見詰めて、ガレスが固まっている。 「いや……これまでで一番、美しい」  実感を込めて、ガレスが呟いた。ゆっくりと持ち上げると、軽く素振りした。 「……うん、振った手応えもしなやかだ。空気を切る音もキレがある」  手応えを確かめるように、ガレスが何度か素振りした。 「これは、良い剣だ。折る前より強くなっている」  ガレスが微笑んでクリシェを振り返った。  トクンと、鼓動が走った。クリシェは思わず目を逸らした。 「そう、ですか。それは、良かったです」  鼓動がいつもより早くて、耳の先が熱い。 (こんなに褒められたのも、修理の感想をもらったのも、初めてです)  確かな仕事をしているつもりだが、生の声をもらうと感動する。 「この剣で、俺が善行を積もう」 「ありがとう、ございます」  そう返事するのが、やっとだった。 「そうだ、料金を支払っていなかった。三万ジェンだったか」  ガレスが財布を出そうとする。 「いりませんよ」  慌てて止めた。 「何故だ。踏み倒す気はないぞ」  ガレスが不思議そうに首を捻る。 「そうじゃなくて、給料の先払いです。働いてもらう以上、給金が発生しますから」  ちょっと早口になった。 (褒めてもらって嬉しいからとか、騎士団を辞めて大変かもとか、そういうこと考えている訳じゃないですからね)  自分の心に言い聞かせる。  呆けた顔をしていたガレスが、微笑んだ。 「そういうことなら、素直に受け取ろう。ありがとう、クリシェ」  ガレスの笑顔が少年のようで、ドキリとした。  いつも無表情だから、笑わない男なのだと思っていた。 (こんな顔、するんですね。ちょっと、可愛いです)  思わずガレスの表情に見入った。  クリシェの右腕が熱を上げた。 「あつ……」 「クリシェ!」  ガレスがクリシェの右腕を握った。刻印が強い光を発する。眩しくて、クリシェは目を瞑った。 「何が……」 「クリシェ、目を開けろ!」  ガレスの声に導かれて、恐る恐る目を開ける。 「羽根が、減っている」  クリシェの腕の天使の羽が、四枚から三枚になっていた。 「本当だ、どうして……」  給料を前払いしたからだろうか。 (その程度で、減りますか?)  明確な理由がわからなくて、かえって怖い。 「俺に剣をくれたからじゃないか?」  ガレスが剣を握った。 「それは……あげたのではなく、給料の前払いで」 「それでも、俺は嬉しかったよ」  腕を掴んでいた手をずらして、ガレスがクリシェの手を握った。 「クリシェは優秀な修理師というだけでなく、心も優しいんだな」  まるで自分事のように、ガレスの顔が照れている。その表情を見たら、つられて照れた。 「優しいなんて、そんな。先払いだと言っているのに」  恥ずかしくて、クリシェは手で顔を覆った。 「これで、お互い三枚になった。これから協力して、善行を積んでいこう」 「そう、ですね」  ぼそぼそとクリシェは返事した。 (もっと無口で無感情な人だと思っていました。ビックリです)  ガレスは思ったより話すし、恥ずかしい台詞も真っ直ぐ伝えてくる。笑った顔は、少年のようで、ちょっとだけ可愛い。  何となく調子を狂わされて、折角減った羽根を素直に喜べなかった。

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