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第二話 二人きりの残業、僕の家と職場が繋がった!?
「お疲れ様でした! お先に失礼します」
最終の出荷便を見送った後、パートさんたちが次々と退勤していく。
午前中、人の足りない現場の梱包作業にヘルプで入っていたトオルは、パソコンの前に座り、ようやく自分の事務作業に手をつけようとしていた。
「トオル先輩、まだ仕事ですか?」
作業着の袖をまくり、フォークリフトの終業点検を終えた紗生 が事務所に入ってきた。手元のタブレットで「点検完了」をタップすると、入り口横の充電スタンドへカチャンと端末を収める。
「あ、紗生くん、お疲れさま。伝票、溜めちゃってて……」
トオルが照れくさそうに白状する。
「手伝いますよ」
と言うやいなや、紗生は近くにあったキャスター付きのオフィスチェアをガラガラとトオルの隣りに滑り込ませた。
「いいよ、いいよ、30分くらいで終わる量だから、紗生くんはもう上がって!」
申し訳なさそうに手を振るトオルをよそに、紗生は引き寄せたチェアへ当たり前のように腰を下ろした。
「二人ですれば半分です。それに、この仕事を俺に教えてくれたのは、トオル先輩じゃないですか。」
トオルは、紗生の教育係りを任された3年前のことを思い出した。自分もまだ2年目。あの頃はまだ舐められる事も多く、短期の人に手順を教えても、聞いてもらえずに苦労していた。
「紗生くんは最初から、素直で良い子だったよね」
大学を卒業したばかりの社会人一年生の紗生は、目をキラキラと輝かせて、トオルの言う事を「ハイ!ハイ!」と聞いてくれた。その態度に先輩として未熟なトオルは随分と助けられていたのだ。
(すっごく、やりやすかったよー!)
「じゃあ、お願いしようかな」
トオルはこの成長した頼りになる後輩の熱意に降参し、おとなしく甘えることにした。
ハキハキとした聞き取りやすい低い声で、紗生が納品伝票を読み上げる。トオルは画面だけを見ながら、入力を進める。
おかげで、作業は本当に予定の半分もかからずに終わってしまった。
「……終わっちゃいましたね」
紗生は澄ました顔でそう言いながら、デスクの下でそっとトオルの太ももに自分の膝を押し付けてきた。
「ご褒美、何もらえるんですか?」
「ありがとう、紗生くん。助かったよ。あ、えっと、お菓子とか?今度買ってくるね」
ドギマギとしてトオルが答える。
紗生は押し付けた膝に更にぐっと圧をかけた。
「俺、飲みがいいです。トオル先輩の奢りで」
「紗生くんの時給、高過ぎるよ!」
トオルは思わず声を張り上げた。
◇
「さて、帰ろっか」
とトオルはパソコンの電源を落として周った。この部屋にはトオルと紗生だけだが、社内には、まだ人がいる時間だ。
トオルは黒いリュックを肩にかけ、「お疲れさまでーす」と返す人もいない部屋に向かって挨拶すると、更衣室へと向かおうとした。
ドアを開くと、目の前にあるはずの会社の長い廊下が、そこには無かった。広がっていたのは、電気の消えた、見慣れた空間。
少し使い込まれた木製の下駄箱の匂い。トオルが玄関に自分で取り付けたフックに、シャチハタの判子と靴ベラとが紐で吊るしてある。
トオルは目をパチパチさせた。
振り返ると、確かにそこはさっきまでいた会社の事務所だ。
しかし、前を見ると完全に自宅の光景ーー。
「トオル先輩、どうしました?」
後ろからついてきた紗生が、怪訝そうにトオルの肩越しに中を覗き込む。
事務所のドアを開けたはずなのに、なぜかトオルの自宅の玄関へと繋がってしまっていた。
トオルは呆然と呟いた。
「ここ………、僕ン家だ」
トオルはそのまま吸い込まれるようにスッと、ドアをくぐって入って行った。
「ちょっと、トオル先輩!いくら、自分の家だからって、こんな怪しげな場所に簡単に入って行かないで下さい」
信じられない光景に、状況を理解出来ないまま、紗生が制止する。
紗生は引き留めようとして、自分もドアの向こう側へと足を踏み入れ、トオルの腕を掴んだ。
しかし、一人暮らしの玄関は大人が二人並ぶには狭すぎた。お互いの肩と肘がぶつかり合い、押された紗生の背中が、半開きのドアにどんと当たった。
――バタン。
ドアの閉まる乾いた音が重々しく響き渡った。
「あ……」
果たして、この得体の知れない不思議なドアを閉めてしまっても良かったのだろうか。
紗生がごくりと息を飲む。隣りにいるトオルにも、紗生の緊張が伝わってきた。トオルの心臓がバクバクと警報のように鳴り出した。
「………あ、開けるよ」
トオルがドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
「……はい」
ガチャ、と音がして、恐る恐るドアを押し開くと、そこはさっきまで二人が残業をしていた職場の事務所だった。
「繋がってる……!」
とトオルが驚いて言った。
紗生は論理的な辻褄の合わない事態に認知不協和を起こしたのか、脳の処理が追いつかない様子で、押し黙っていた。
「ごめんね、紗生くん。僕は自分の家だから良いけど、こんなわけのわからないことに紗生くんまで巻き込んでしまって……」
顔色の悪い紗生を励ますように、トオルが言った。
「トオル先輩だって、大して良い状況じゃないですよ!」
あまりに呑気なトオルの言葉に、紗生は苛立った大きな声を出してしまう。
「っ………すみません」
と紗生はすぐさま頭を下げた。
「ちょっと確かめてみる」
トオルは何とかこの状況を打破しようと、淡い期待を抱き、ドアを開け閉めする。
ガチャ、ガチャンーー!
すると、トオルの家の玄関と繋がったのはーー、見ず知らずの他人の玄関、今度は紗生が驚きの声を上げる番だった。
「トオル先輩、ここ……俺の部屋です」
「えっ!? 紗生くんの家!?」
トオルは慌てて目の前の空間を見つめ直した。
スタイリッシュな紗生の家の玄関、段差が小さいフラットなグレーのタイル貼りのたたきには、靴が一足も出ていなかった。
「紗希くん、靴が一つもないよ!」
トオルが有り得ないものを見たように驚いた。
「あ、今履いてる以外は収納してあります」
「紗希くんって、ミニマリスト!?」
「断捨離ってやつですか?違いますけど」
職場のドアが自分の家に繋がったかと思えば、今度は紗生の家に直通してしまったのだ。あまりのメチャクチャな法則性に混乱しつつも、トオルはポンと紗生の肩を叩いた。
「良かったね!これで帰れるよ!」
純粋に後輩が無事に帰宅できるルートが開けたことを喜ぶトオル。
だが、紗生はなぜか嬉しそうな顔をせず、複雑そうに眉をひそめて首を傾げた。
「良かった、のかな……?」
「え? 自分の家に帰れるのに?」
「さっきまでは、会社の事務所の廊下に続くドアと繋がってたじゃないですか」
「うん、そうだね」
「事務室なら、まだもう一つドアがあったんですよ。ほら、外に出る勝手口が。
でも、俺の部屋は3階で、玄関からしか人が出入いり出来る造りはしてないんです。
トオル先輩のマンションも、似たようなものじゃないんですか?」
「確かに!」
「そこで、トオル先輩の玄関とオレの玄関がくっついちゃった、てことは……、外に出られないんじゃないですか?」
「本当だ!どうしよう!」
理由までは分からないが、トオルはようやく自分たちがのっぴきならない密室状態に陥っている事を理解した。
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