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第三話 紗生くんとトオル先輩の行き止まりご飯
いつまでも玄関で立ち尽くして頭を抱えていても仕方がない、紗生 は目の前の生活の維持に意識を切り替えた。
「とりあえず、夕飯食べますか」
「そうだね。
でも、帰りにコンビニに寄ってお弁当買うつもりだったから、何にも無いんだ……」
しょんぼりとトオルが言う。
「俺もです。
………そうだ、俺、家から食材取ってきますよ」
こうして二人は、それぞれの家から食材を持ち寄り、一緒に夕飯を作ることにした。
数分後、二人の男がトオルの家の狭いキッチンに並んで立っていた。
「お互いロクな物がありませんね…」
紗生が苦笑しながら、調理台の上に並んだ食材を見つめる。
さもありなん、男の一人暮らしの冷蔵庫の残り×2をかき集めただけなのだ。
トオルの部屋の冷蔵庫から出てきたのは、断面が黒ずんだ使いかけのキャベツ、しなびて曲がった人参、冷凍庫の奥から発掘された霜の付いた豚バラ肉のパック。一方、紗生が持ってきたのは、賞味期限ギリギリのしんなりしたモヤシと乾燥したネギだった。
「あ、でも、吊り戸棚の奥に袋ラーメンがあったよ!」
トオルが嬉しそうに笑って、両手に持ったインスタントの味噌ラーメン2袋を自分の顔に寄せて紗生に見せる。
味噌ラーメンに挟まれたトオルの無邪気な笑顔を見て、紗生は思わず脱力する。
こんな時だというのに、ぷっと吹き出してしまいそうだ。
「じゃあ、ここにある肉と野菜を全部ぶち込んで、野菜たっぷり味噌ラーメンを作りましょうか」と、気を取り直して紗生が提案する。
「それ、いいね! 」
「トオル先輩、このキャベツ、切り口が変色してるんですけど……」
野菜を切ろうとしていた紗生の手が止まる。
「大丈夫、大丈夫、これはポリフェノールが酸化してるだけだから。表面を落とせば問題ないよ」
そう言ってトオルは包丁を手に取り、キャベツの黒ずみをさっと切り落とすと、パリッと新鮮な部分だけになったキャベツを紗生に返した。
トオルがフライパンで豚こまと野菜を炒める、香ばしい香りが立ち漂い出し、カラッポの胃を刺激する。
「こっちはお湯を沸かしますね」
麺とスープは紗生が担当した。
絶妙なタイミングでラーメンと野菜炒めが完成すると、テーブルに並んだ赤絵の中華丼鉢にこんもりと盛り付け、二人は同時に手を合わせた。
「「いただきます!」」
まずは味噌のスープを一口飲んだトオルが唸った。
「……うまっ!!」
「本当ですね。肉と野菜から良い出汁が出てます。入れて正解でしたね」
紗生も満足そうに麺をすすり上げる。
◇
「でね、今年のボジョレーヌーボーの短期の求人、派遣会社の営業の人に言われたんだ。時給1600円は出さないと、人を集められませんよって。ベテランのパートさんの3割り増しだよ!?僕もう、申し訳なくってさぁ!」
「トオル先輩が責任を感じることは無いですよ。
俺達には、どうしようもないじゃないですか」
仕事の愚痴をこぼすトオルに、紗生が穏やかに相槌を打つ。トオルはこれで酒を飲んではいない。
「紗希くん、優しいっ!良い奴だね。
あれ?………もう、こんな時間だ。
ありがとう、話し聞いてくれて。ずいぶんスッキリしたよ。
帰らなくていいの?」
トオルは、部屋が繋がっているのだから、紗生は帰るものだと思っていた。しかし、紗生は夕飯を食べ終わっても、ダイニングでいつまでも寛いでいる。
紗生はトオルをじっと見つめて、一呼吸置いてから、言った。
「トオル先輩は怖くないんですか?」
「…えっ?」
「俺は、怖いです。
もし、俺が自分の部屋に戻った瞬間にドアが二度とどこにも繋がらなくなったらって考えると、トオル先輩と離れたくないです」
「言われてみれば、確かに!」
(でも、僕はちっとも怖くないんだけど……。
紗生くんって、いつも冷静で仕事が出来るけど、意外と怖がりなんだな……)
「遠慮しないで、泊まってって!」
トオルは気分良く大いに先輩風を吹かせた。
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