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第六話 トオルの矜持
(わーっ、魔法みたいにあっという間に家に帰れたー!便利でラクチン!
………って素直に喜べないや。
僕たちの毎日のあの苦労は何なんだろう……。
世間の人は『モノなんて勝手に届く』『運ぶだけでしょ』って思ってるかもしれないけど……。
移動には、カロリーと時間が必要なんだ。)
物流現場に身を置き、移動の重さを知るトオルにとって、配車ルートも、高速代も、トラックの燃料も、過程を全部すっ飛ばして会社と家を繋ぐ、このどこでもドアはまさに皮肉だった。
(あーっ、けど2万歩も稼いだ後で、帰り道を歩かなくていいのは、本当にありがたいっ!)
「ただいまー」
とトオルは誰もいない部屋に向かって声を出した。
意味があるのかは分からないが、玄関の鍵は掛けておいた。
とっとっとっ、とトオルは部屋の奥へと進むとベランダの戸を開けた。いつも通りの風景が見えた。近所の家から換気扇が回る音と、夕飯のいい匂いが漂って来た。
(外には出られる。お隣りさんに助けを求める、のは最終手段かな……)
トオルは昨日と同じく一晩待ってみることにした。
トオルはベランダの柵から身を乗り出し、手をのばして下を覗き込んだ。ぐっと地面が近づく。トオルの部屋は2階だ。
暗くてよく見えないけれど、死にはしないかもしれないが、怪我をしそうな高さだった。ここからハシゴ車で救助されるなんてことがあるんだろうか?出来れば、それは避けたいとトオルは思った。
(………あっ、食べる物がない)
今日もコンビニに寄れなかった。これが途中が無いことの弊害なのだ。家中を探してなんとかカップ麺を見つけ出した。
「良かったぁ!もう無いと思ってからが本番だよね!」
トオルはちゅるちゅるとカップラーメンを啜ったが、昨日ほど美味しくない。
「………」
浮かべていた空元気な笑みがスンっと消えて、トオルの口がへの字に曲がった。
(紗生 くん、どうしてるかなぁ。何でも言ってって言われたけど………)
「だ…ダメだダメっ」
(紗生くんは、ああ見えて怖がりなんだよ!昨日だって怯えて僕にしがみついて離れなかったのに、こんな事は相談しちゃいけない!)
その時、自分の心臓の音が急に大きく聞こえた。
皮膚の内側で全身が心臓になってしまったかのような感覚。ドクドクという心拍音が、耳の鼓膜を内側から強く打ち鳴らした。
その音の波は恐怖に姿を変え、トオルの身も心も包み込んでいった。
(もし……もし、明日の朝になっても、このドアが元に戻らなかったら……?
僕、このまま誰にも気づかれないで、閉じ込められちゃうのかな……?)
トオルはそろそろと、再びベランダに出て行った。
(ここが、一番マシ………)
室外機の側に膝を抱えてしゃがみ込むと、鼻水が出てきた。大きな黄色い月が滲んで見える。
(ふぇ〜ん………紗生くーん!)
しかし、肌寒い夜更けのベランダに長居はできなかった。
トオルはそそくさと部屋の中に入り、お風呂を済ませてサッパリすると、玄関のドアの前に立った。
(もう一回だけ……。もしかしたら、元のマンションの外通路に戻ってるかも知れないし……!)
トオルが思い切って、ガチャンとドアを開けると、驚いてフリーズした紗生とバッチリ目が合った。片手にビールとおつまみ、スタンドにタブレットを立てて、寝室でまったりタイムのようだった。
完全に寛いでいる紗生を見て、トオルはぽかんとして、どうでもいいことを考えた。
(紗生くん、動画なに見てるのかな?)
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