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第十一話 初めての二人乗り、淡い期待を発掘される

トオルは会社の駐車場の端の暗がりで、自分のバイクのシートに浅く腰掛けて紗生(さき)を待っていた。 進捗表にまだ遅れがないから、今日の残業は1時間ほどで済んだ。明日の日曜日が、繁忙期間中に普通に休める最後の休日になるかもしれない。 (話があるからってメッセージが来てたけど……昨日の夜の『俺がトオル先輩のこと、一人にしませんから』って、どういう意味なんだろう?まさか、本当に言葉通りじゃないよね……?) トオルはぐるぐると止めどなく転がり続ける思考に頭を抱え、打ち消すように足元の地面を蹴った。 静まり返った敷地の向こうで、社屋の勝手口が開くキィーという金属音が夜風に乗ってトオルの耳元まで届いた。 扉から漏れた明かりの中に、背の高い人影が浮かび上がる。 扉が閉まって、再び夜の闇が降りてくると、その影は一直線にトオルの方へと向かって歩いてくる。 「あっ、紗生くん」 トオルが大きな黒目がちの目で紗生をじっと見やる。 「お待たせしました、トオル先輩」 笑みを浮かべた紗生が何事もない顔で、トオルのパーソナルスペースに一歩踏み込んでくる。紗生の影が、バイクにもたれかかるトオルの身体をすっぽりと覆い隠して、まるで二人きりの狭い密室ができたみたいな錯覚を覚えた。 (安心する、紗生くんの側、紗生くんの匂い……) 「このバイク、155ccなんだ」 聞かれてもいないのに、トオルは慌ててバイクのスペックを披露してしまう。 「トオル先輩のバイク、一回乗せてもらいたかったんですよね。 乗せてください!」 屈託のない笑顔を見せて、紗生がストレートにお願いする。 「えっ、話ってここでするんじゃないの?」 トオルはシドロモドロになって、くりっとした目で紗生を見上げた。 「これからのこととか、あの現象の検証もトオル先輩と色々と話しておきたくて」 「検証って………あんなの、どうしようもなくない?」 「俺が心配なだけです。 長くなりそうだし、どこかで何か食べながらでも良いですけど………途中でスーパー寄りましょうか。トオル先輩の冷蔵庫、何も入ってないでしょう?買い出ししないと」 完全にお見通しだった。 「う、うーん。それは、そうだけど……でも、ノーヘルはダメだよ? ヘルメット一個しかないし……」 紗生が長い腕を伸ばし、トオルの足元のシートをパカッと跳ね上げた。 「あっ、ダメっ、そこは——!」 トオルの悲鳴も虚しく、メットインの中身が丸見えになる。 カッパや洗車用タオルのその奥の隙間から、予備のヘルメットの丸いフォルムが顔を覗かせていた。 それは、バイクを買った当時、「いつか誰かを乗せるかも」なんて浮かれて買った、淡い期待のあと。 しかし、仕事に追われて浮いた話もなく、乗せる相手なんて結局一人も現れなかった。 それでも、「いつか」を捨てきれなくて、カッパやワイヤーロックの奥にギュッと押し込み、見ないフリをして数年過ごしてきたのだった。 「先輩。これ、予備ですよね? ………誰を乗せるつもりだったんですか?」 勝ち誇ったように、紗生がトオルの青い過去を掘り起こす意地悪な質問をした。 「あ、それは………その、今まで誰も乗せたことないよ」 とトオルは観念して白状する。 「じゃあ、俺が『最初の人』ですね」 紗生は嬉しさを隠そうともしない目で、引っ張り出した予備メットを大切そうに抱え上げて言った。 「ずっと、俺のこと待ってくれてたんですね」 「たまたま、たまたまだよ!」 トオルは夜目でもわかるくらい真っ赤になって、必死に首を横に振った。 なぜか紗生が自分の家に来る流れになってきて、トオルは焦った。 ディープキスをした相手を、昨日の今日で二人きりで家に招くのって、エッチOKと言っているのと同じじゃないだろうか?とトオルは躊躇して、一歩後ずさった。 紗生はトオルからそっと視線を外し、ショックを受けたような顔で一歩後ろに引く。 「大丈夫、何もしませんから」 トオルは警戒した自分が悪かったのかなと思い、紗生の口約束をあっさりと信じてしまう。 「ほ、本当?それなら………」 トオルがほっと胸を撫で下ろした瞬間、すっと頭上に影が差した。 考える間もなく、頭上からすっぽりとヘルメットを被せられる。 「わっ……!?」 視界が急激に狭まり、周囲の音が遠のく。 驚くトオルの目の前に紗生の顔が迫っていた。 「さ、行きましょう」 トオルはなかば条件反射みたいにバイクに跨ってしまった。 ハンドルを握るトオルのすぐ背後に、紗生の熱い体温と甘い気配。 体格のいい紗生が後ろに乗りこむと、グッと後部タイヤが沈み込んだ。車体が後に傾いたぶんフロント側が持ち上がって、トオルは浮きそうになった足にギュッと力を入れて踏ん張った。 (うわっ!後ろに人が乗ると重みで思ったよりハンドルが取られる……!) グラつくトオルに「大丈夫ですか?」と紗生が心配そうに声をかける。 紗生がトオルの後ろから胸のあたりに手を回すと、トオルの身体はすっぽりと包み込まれる形になった。紗生の厚い胸板を背中に押し当てられて、トオルの心臓はドキドキした。 (二人乗りって、こんなだっけ……?) トオルは紗生の手を掴んで、自分の腰へと移動させた。 「もっと、下!動かないでよ」 「モチロンです」と、紗生はどこか楽しげに囁いた。 「落っこちないように、しっかり掴まってて!」 トオルはギュッと握りしめていたブレーキを緩めて、スロットルを開いた。 ブワッと回転数が上がると、低く唸りを上げたエンジンが、いつもより重い車体を夜の路面へと押し出した。

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