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第二十四話 あなたは人前でキスできますか?

あの日、突然会社のドアが繋がって、紗生(さき)くんが僕の部屋に転がり込んできたこと。気がつけばいつも側にいてくれた、紗生くんがどれほどストレートに僕を求めてくれていたのか、これまでのすべての記憶が、ストンと腑に落ちた。 ずっと「自分なんかが好かれているはずがない」と疑って、見えない壁を作っていたのは僕の方だったんだ。 紗生くんは僕を好き――。 不安が解けて安心したら、ただ目の前に大好きな人の顔がある。 「ふふ、キスしたくなっちゃった……」 「困ります、トオル先輩」 不意打ちを受けた紗生くんは、耳たぶまで真っ赤になって上半身を後ろへのけ反らせて、僕から逃げるように身を引いた。視線だけは絡ませたまま、ベンチの端っこで腕組みをしている。 「ふぇっ?なんでェ〜!」 え、待って。今すっごいいい雰囲気じゃなかった? 「ここは日本ですよ、トオル先輩。人に見られたらどうするんですか?…そういう恥ずかしいことを平然と言わないでください」 「……あ、もしかして紗生くんは人前でキスしない人?」 「当たり前でしょう!」 「ぼ、僕だって今この場でするつもりじゃないよ! ………その、家に帰ってから……だよっ?」 自分で言ってから、うわ…凄い事を言ってしまった、と思った。これじゃまるで、お誘いじゃないか……。 「反則だ…」 と紗生くんは、組んでいた腕を解いて、こめかみに手を当てた。 紗生くんはスックと座っていたベンチから立ち上がった。 「そんな事を言って……早く帰りますよ! ………もう、どうなっても知りませんからね」 「え、ちょっ、紗生くん? そんなに引っ張らないで――」 ◇ 紗生くんのマンションは本当にすぐそこだった。部屋に入ったことがあるのに、後で実際に初めて外観を眺めるのは変な感じだ。レンガ調の茶色いタイル壁に、黄色のマリーゴールドの植え込みが綺麗に並んでいる。 こんなに近くまで来てたんだ……。 「あのジェラート屋さんのテラスから、紗生くんの家見えてたかもね?」 僕がそう言うと紗生くんは何食わぬ顔で、「そうですね、ベランダが見えてましたよ」と言う。 「言ってよーっ!」 「言う程のことですか?」 家の鍵を取り出す紗生くんの慣れた背中を待つ、束の間、僕の心臓は高鳴る。それは、あの不思議なドアがまた、何処か別の場所に繋がってしまうかもしれない心配じゃなくて……。これからこの扉の先で、何をされるのか、分かってるから。

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