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第13話

後日談 第二話  帝国上陸第一日目は、国王夫妻の歓迎レセプションがある。レセプションは夕刻からなので、リチャードとジョナサンは最優先の目的を真っ先に成し遂げるために外出することにした。 国王夫妻や護衛のデイヴィッドは迎賓館に滞在するが、リチャードとジョナサンは蜜月旅行という建前なので街中の最高級ホテルにロングステイする。ホテルのフロントで、役所への道順を教えてもらって、街に出る。 「何度も来てるんだろ? 地理、把握してないのかよ?」 「何度もなんて来てない。学生時代の留学と、軍の演習で二回、合計三回だけだ。それに演習 のために来た時は、関係各所の移動だけだったからな」 母国よりも重厚な、歴史的な建築物に目を瞠り、口を開けて上を見ている緑色の眸を、リチャードは愛おしく眺めながら教えられたとおりに歩いて行くと、すぐにたどり着いた。  帝国はオメガを手厚く保護していて、同性愛に偏見か無く、同性同士の結婚も可能である。他国からの旅行者向けにも、同性愛カップルが婚姻届を出したり結婚式を挙げたりできるサービスがあるのだ。他国人の婚姻届を帝国の役所に保存しても意味が無いので、受け取って祝福をしたら額装してくれるので、持って帰れる。もちろん、婚姻届は形式だけで法的な効力は自国に帰ったら無いけれど、帝国内では効力がある。法的にというよりも、主として観光などの待遇面で、新婚限定や蜜月割引などのサービスが受けられる。  役所のロビーは高級ホテルのように広かった。インフォメーションカウンターに来訪目的を告げると、記入カウンターに案内され、住民用ではなくて観光客用の書類一式を渡された。案内係の職員が傍に付き添って丁寧に説明してくれるので、言われた通りに必要な項目を記入していた、その時。  まさに今、名前を書き込もうとしているジョナサンの手を、横から伸びてきた見知らぬ手が、ガッと掴んだ。 「?!」 「なんだ、きみは」 リチャードの詰問は、聞こえていないのか、それとも聞こえて無視しているのか。  驚いたジョナサンも、顔を見て息を飲む。  この、香りは・・・。 「書かないほうがいい」 黒髪黒目の若い男に唐突に言われて面食らう。が、ジョナサンはわかってしまった。  わからないリチャードは憮然として男からジョナサンを引き離し、自分の後ろに隠すようにする。アルファだった時なら、鋭く威嚇フェロモンを出していただろう。しかしベータになったリチャードは、激しく動揺するジョナサンのオメガフェロモンも、黒髪黒目の男が出すアルファのフェロモンも感知しない。わからない。 「おい、なんとか言え!」 声を荒らげるリチャードなど、男は目に入っていない。ひたすらにジョナサンだけを見つめている。ジョナサンもまた、しゃべることも動くこともできず、茫然と男を見ている。  傍らにいて説明してくれていた案内係が呼んだのだろう、警備兵が駆け寄ってきた。 「どうしました?」 「旅行者だがいきなり腕を掴まれた。なにがなんだか・・・」 リチャードは警備兵に説明する。 「パスポートの提示をお願いします」 言われるまでもなく、リチャードとジョナサンのパスポートは書類を書くために出してある。それを確認すると、警備兵は黒髪の男にも身分証の提示を求めた。 「キュヒラー・・・、あっ、総合大学の?」 警備兵が大学の、なんて言うから、リチャードとジョナサンは黒髪黒目の男を学生なのだなと判断した。しかし警備兵の態度が、学生相手にしてはなんだか丁重で、リチャードは眉間に皺を寄せる。 「お知り合いですか?」 「いや、今初めて会った」 キュヒラーという男が言う。そうなのだ、確かに初対面で、いきなりジョナサンの腕を掴んで来た。黒髪黒目の男を、ジョナサンは改めて凝視する。  リチャードと同じくらい背が高くて、肩幅も広い。が、少し神経質そうで、黒い眸は理知的な印象だ。腰が細く、脚が長い。あまり筋肉質ではなくて、日常的に鍛錬をしているタイプではないなと思った。どちらかと言えば知的職業、それも高度な専門知識を有しているのが窺える。考えも無しにいきなり見知らぬ人間の腕を掴むような不躾な人種には見えなかった。  そしてジョナサンの本能をかき乱す、この、フェロモン。  キュヒラーが口を開く。 「オメガ保護法第三条第二項目に基づき、その二人の婚姻届の受理保留を申請する」 警備兵と、婚姻届の書式の説明をしてくれていた案内係の職員が息を飲んだ。  帝国のオメガ保護法第三条は、主に運命のつがいに関する法律である。第一項目は運命のつがいはなによりも優先されること。そして第二項目においては、自分の運命のつがいが第三者とつがうことや婚姻することを保留もしくは中止するように要請できると定められている。  つまり、黒髪の男は、自分がジョナサンの運命のつがいだと言っているのだ。  しかし、リチャードとジョナサンは帝国の国民ではないから、知らない。 「・・・我々はヘーゼルダイン王国からの旅行者だ。帝国のオメガ保護法に明るくない。説明 を求める」 動揺していても、そして今はベータであっても、かつて優秀な海軍士官で筆頭公爵令息で、しかもランクSのアルファでもあったリチャードだ。胆力なら据わっている。内面の動揺は微塵も見せず、毅然として言い返した。  キュヒラーが口を開かないので、案内係の職員がおそるおそる口を開き、説明する。聞いてリチャードは瞠目し、ジョナサンを見た。 「本当か?」 ジョナサンはリチャードがベータになってしまったので、うなじを噛まれていない、『つがいのいないオメガ』である。だからキュヒラーのフェロモンを感知できる、すなわち、キュヒラーが運命のつがいであることは、わかる。 「本当、だ・・・」 流れる涙を拭うことすらできないまま、まばたきもせずに、ジョナサンはキュヒラーを見つめている。その姿に、リチャードは心臓を抉られる。  アルファであることを投げ出してまで欲し、生き返らせた、自分の最愛の男に、運命のつがいが現れた。  運命のつがいにめぐり会える確率は、神の奇跡と言っていい。砂漠でたった一粒の砂金を拾うほどの、究極の幸運。超常現象とすら呼ぶ学者がいるくらいだ。  自分は、ジョナサンを手放さなければならないのだろうか。  激しい衝撃に動けないリチャードの手を、しかしジョナサンはしっかりと握った。溢れ出る涙を拭おうともせず、キュヒラーを見てはっきりと言った。 「その申請は却下していただきたい。俺は貴方を・・・、運命のつがいを、受け入れる気持ちは微塵もありません」  気持ちの上ではリチャードを選び、愛していても。  本能は運命のつがいを求める。  運命のつがいを拒絶すると自分の口で、言葉にしたジョナサンは、疲労感と喪失感に真っ青になって、倒れそうだった。リチャードが支えなければ、歩くことすらできなかった。 ホテルにもどってジョナサンを休ませると、リチャードはクライヴを呼んだ。 「頼みがある」 異父弟ではあるもののオメガであるセドリックと、護衛も兼ねての疑似デートとしゃれこむつもりだったクライヴは、義父のただならぬ様子に、軍人の条件反射的に背筋を伸ばした。母に関してなにかあったのだと察した。 「なにかトラブルですか?」  生母ジョナサンの運命のつがいに出遭ったと聞いて、瞠目した。 「本当に運命のつがいなのですか?」 「そのようだ。ジョナサンもわかったと言っている」 息を飲んだ。クライヴもアルファだから、運命のつがいが如何に稀少で貴重なものか、わかる。 「じゃあ、まさか、母は・・・」 ダブル・アルファであった自身を投げ打ってベータになることすら厭わずに命を移譲してくれたリチャードを棄てて、その運命のつがいの元へ行くのだろうか。 「いや、ジョナサンは運命のつがいを受け入れないと明言した」 しかしキュヒラーが、はいそうですかと諦めて身を引くわけがない。  「だから、お前が話してきてほしい」 「話す・・・?」 なにを話せというのか、わからない。 「なんでもいい、あの男にジョナサンを諦めさせることができれば」 いや、自分が話したくくらいで運命のつがいを諦めさせるなんてできるはずがない。  しかしリチャードは言う。 「俺はベータになったから、俺がなにを言ってもあの男は聞く耳を持たない。しかし、お前はジョナサンの息子だ。そしてアルファだ。推測だが、あの男とランクはとんとんだろう」 クライヴのランクはBである。 「しかし、母上はそれでいいのですか?」 運命のつがいよりも、二生を誓った義父を選ぶと言った。もちろん、母の来し方を考えれば、当然の選択だろう。しかしそれで、後悔しないのだろうか。 「ジョナサンは、俺を選ぶと言ってくれた」 生涯をともに過ごしたいと。  その言葉を信じる。信じるしかない。  自分が仕事の関係でジョナサンと一緒にいられない時は、ジョナサンと行動を共にしてほしい、とリチャードに請われて、クライヴは嬉しくなった。義父に信頼されている、ということはアルファとして、男として、認められている、頼られているということだ。セドリックをギルバートにまかせなければならないのは業腹だが、母を護ってほしいという義父の要請には、アルファであることのプライドが満たされる。 「クライヴ」 退室しようとしたクライヴを、ベッドルームから出てきたジョナサンが呼んだ。紙のように白い顔に、クライヴはぎょっとした。一瞬、よみがえる前の母を見た時の衝撃を思い出した。リチャードが駆け寄って、ジョナサンを支える。 「あの男に会うなら、俺のすべてを話して来い」 リチャードの腕に支えられながら、ジョナサンは言う。 「すべて・・・?」 「ああ。お前が知る俺のすべてだ」 話すのが面倒なら、ドラマを見ろと言ってやれ、とジョナサンから言われて、しかしそれは危険なのではないかと、クライヴは思った。砂丘で一粒の砂金を拾うような奇跡的な幸運で出会った運命の相手が、あんな・・・、あのような凄惨な来歴を背負っていたら、アルファだったら耐えられない。激昂し、憤怒に狂い、運命のつがいを虐げたすべての人間を殺す。いや、死ぬよりもつらい目に遭わせてやらなければ気が済まないだろう。しかしジョナサンに売春や代理母をやらせていたフレッドはもうこの世におらず、ジョナサンその他オメガを蹂躙していた者は全て、リチャードが起こしたあのリセットによってアルファからベータになったり老化したり劣化した。つまり、猛り狂った怒りをぶつける先は既に無いに等しい。アルファとして、その原始的なエネルギーを放散せずに抑え込むのは、精神衛生上よろしくない。  そんな危惧をするクライヴに、ジョナサンは言う。 「俺は、リックを選んだんだよ」 運命のつがいを拒絶する悲愴な決意のためだろうか。真っ青な顔で、ジョナサンは言う。 「ちょっと来てくれ」 ジョナサンはリチャードとクライヴをベッドルームに招き入れた。例え自宅ではなくてホテルのではあっても、寝室に入るのはいかがなものかとクライヴは躊躇したけれど、ジョナサンが見せようとしているものに、瞠目する。リチャードもだ 「なんでベッドルームに帝国法律全書があるんだよ」 ジョナサンがベッドの上に広げていたのは、ぶあつい帝国法律全書だった。 「俺が知るかよ。クライヴ、部屋にもどったら探してみろ。そっちの部屋にもあったら、全室にあるってことだろ」 後から知るが、これは国外からの観光客向けに全室標準装備されているらしい。 ジョナサンは広げていたページを指し示す。  オメガ保護法。  第一条は、オメガの尊厳について。あらゆる基本的人権においてアルファもベータもオメガも同等であり、アルファを特別扱いすることも、オメガを貶めることもあってはならない。自身がアルファだから、ベータだから、という理由でオメガを不当に貶めた者への罰則規定など。  第二条は、職業上のヒートの扱い、望まない妊娠や、レイプされた場合の救済や、未婚の母への支援、保護、加害者への処罰について。 「加害者のアルファは二十年以上の懲役、もしくは資産の半分を没収して、被害者オメガへ譲 渡だってよ」 「加害者が低所得者だった場合、養育料は全額国家が支援するのか」 さらには加害者が認知するしないに関わらず強制的に、子どもには加害者の財産の相続権も与えられる。地位や財産があるアルファがオメガを加害した場合の処罰が、ものすごい。 ヘーゼルダイン王国との違いに、三人とも驚きっぱなしだ。  そしてキュヒラーが言っていた、第三条。運命のつがいについて。  運命のつがいはなによりも優先されること。アルファ、オメガ双方とも、自身の運命のつがいが第三者と婚姻、つがうことを差し止める権利、これが、キュヒラーの主張した権利ということだ。  しかし。 「これを見ろ」 ジョナサンが指し示した項目。 『運命のつがいであっても、オメガはアルファを拒否する権利を有する』 「!」 「マジか」 リチャードとクライヴが同時に瞠目する。 「俺も目を疑った」 アルファよりもオメガの意思が尊重されるのだ。ヘーゼルダイン王国では考えられない。 「オメガが運命のつがいのアルファを拒否した例があるのか?」 アルファは無いだろう。何故なら、運命のつがいを得れば、アルファはランクが上がると言われている。運命のつがいを得ることは、アルファの人生を変えるのだ。  「おそらくだが、あの伝説の事件があって、この法律が整備されたのだろう」 「伝説の事件?」 それはまだ、帝国が男性アルファだけにしか帝位継承を認めていなかった時代。  リチャードは思い出しながら言う。 「流行り病って書いてあったように憶えている。帝位継承者がすべて死に絶えたことがあったそうだ」 「すべて?」 「そう、すべてだ」 結果として、遠方に降嫁していたオメガの王子が帝室に連れ戻された。 「それも、妊娠していたのに、無理矢理に堕胎させられたとか」 「なんだその胸糞の悪い話は」 「降嫁した先である伯爵家は、譜代の家臣じゃなかったんだよ。併呑した部族に爵位を与えて忠誠を誓わせた、的な?」 「あ~、なるほどね」 その部族の地にいたから病から護られたのに、その部族の血を栄光ある帝室に入れるわけにはいかないので、胎児を殺したということらしい。 「それ、いつ頃の話?」 「千年くらい前だと書いてあったかな」 ヘーゼルダイン王国など、存在しない時代だ。 「それで?」 運がいいのか悪いのか、オメガ王子を即位させてあてがうために王配として家臣の中から選ばれたアルファが、オメガ王子の運命のつがいだった。 「家臣一同沸き立った。運命のつがいのアルファとつがわせてしまえば、オメガの皇帝など自分達の思い通りに動かせるだろう、アルファの子どもを産ませて、さっさと退位させればいいと考えた」  帝国の皇帝は、即位して最初の仕事として神に祈りをささげ、神からの寿ぎとして、願いがひとつ叶えられる。国家安泰だとか永遠の平和だとか、そういう類いの願いなので、形式といえば形式にすぎないのだが。 「家臣は自分達にとって都合のいい当たり障りのない願いの文言を用意した。戴冠式、結婚式、なにからなにまで人形のようにおとなしく家臣の言う儘に動いていたオメガの皇帝は、最後の最後、神への願いを唱えるその時、身勝手な家臣達に鉄槌を下したのさ」 『オメガに人としての尊厳を与えない限り、未来永劫、この国の帝室にアルファは生まれなくなれ!』 オメガの皇帝の血を吐くような叫びに、厳粛な儀式の場は騒然となった。 「それで?」 「四百年以上、帝室にはアルファが生まれなかった」 アルファがオメガとつがって子を欲すのは、アルファの子どもを産ませたいからだ。 「初代オメガ皇帝以後、あくまで臨時の措置としてベータやオメガの皇帝、あるいは女帝を戴き続けるうちに、帝国の中には帝政を廃止すべきという声が大きくなった」 女帝やオメガの皇帝、あるいはベータの皇帝の王妃、あまたの側妃。その誰からも、アルファが生まれない。  初代オメガ皇帝の呪い。  それを解くためには、オメガ差別をやめ、完全な平等を達成すること。 「追いつめられた家臣たちは法律改正に動かざるをえなくなった」 オメガとはアルファの子どもを産ませるための道具、という歪んだ価値観を完全に払拭し、男女平等、アルファもベータもオメガも同等の尊厳を有する、と法律が整備されるのに、百年かかった。が、人間の感情や意識は、すぐには法律に追いつかない。  初代オメガ皇帝の呪いから五百年経って、やっと、帝室にアルファの王女が生まれた。  なんだ、女か、という人々のこころを、呪いは許さなかったのだろう。アルファが生まれても王女だけ、という状態が続き、人々の心が本当に男女差別もオメガ差別もしなくなったのは、初代オメガ皇帝から六百年後だった。 「王子がひとり、長じてアルファだと判明した時、快哉を叫ぶ者達とそれを制御する者たちで、王宮が揺れたそうだよ」 「制御・・・?」 オメガを貶めてはいけない、それは同時に、アルファだけを特別扱いしてもいけない、ということなのだから、これまでに生まれたベータやオメガの王子と同じにしなければいけないのだ。 「だからまあ、『アルファだから』じゃなくて『王子だから』って理由で、大事にしてたらしいけど」 そのアルファの王子は、帝位につくことはできなかった。 「どうしてですか?」 「側妃腹で、第七王子だったんだよ」 だからつまり、即位させればそれはアルファを特別扱いしたことになる。  幸い、第七王子の乳母が優れた賢夫人であったために、アルファの王子は玉座に執心することは無かった。正妃腹の第一王子が帝位を継承し、その後も男女も第二の性もいっさい問わず、原則として正妃腹の第一子が帝位を継承するという法律が厳格に守られて今に至っている。 「帝国もいろいろあったのですね」 先進国である帝国は、古来からオメガ差別をしていなかったのだと思っていたのだが、帝国もかつては、オメガを差別していた歴史があったのかと、ジョナサンとクライヴは驚いた。 「リックはどうしてそんなに詳しいんだ?」 「留学していた時に、勉強させられたんだよ」 もっともあの頃は実父がかけた違法な暗示に魂を拘束されていたから、知識や理論として知っただけで、心から理解したわけではなかったけれど。  呪縛が解けた今は、心から理解できる。  アルファだから偉いんじゃない。男女は平等でなければいけない。オメガが劣等種だなんて愚昧なことを言う人間は、クソだ。  女性を、またオメガを、たいせつにしてこそ男であり、アルファだ。ノブレス・オブリージュをまっとうしてこそ、男としてアルファとして生まれた意味があるのだ。  だから、もし、ジョナサンが運命のつがいを求めるのなら、リチャードはそれを容認すべきなのだろうと、心の片隅で思った。ベータにはなったけれど、心にはランクSでダブル・アルファだった矜持がある。ノブレス・オブリージュをまっとうする。最愛のひとの望みなら、叶える。しかしそれは絶望的に苦しくて、息が止まりそうにせつない。  そんなリチャードの胸中を見透かしたかのように、クライヴを見送ってから、ジョナサンはリチャードを睨み上げて言った。 「俺を手放すつもりなのか」 「嫌だ」 「じゃあなんで、そんな死にそうな顔をしているんだ」 いや、最愛の男の運命のつがいが現れて、平然となんてしていられないだろうが。  「お前を手放したくない」 今度こそ、前世のぶんまで添い遂げたい。 「俺だって、お前から離れる気なんかないぞ」 「本当か?」 運命のつがいに出逢ったのに?  不安で不安でたまらないリチャードの腕を掴み、ジョナサンは言う。 「俺を手放したりしたら、許さない」 筆頭公爵令息でダブル・アルファでエリート士官、という自身の人生を棄ててまで共に在ろうと望んだくせに、運命のつがいなんぞに俺を渡すのか、と詰るジョナサンが、男前すぎる。 前世は、ほんの短い間しか、一緒にいられなかった。だから今度こそ、生涯を共にすると誓ったのだ。  「そのために俺を取り戻したんだろ」 世界的価値がある自身を棄ててまで取り戻した俺を、簡単に手放したりするんじゃない、と睨むジョナサンを、太い腕で抱き締める。ジョナサンも、前世より細いけれど熱い腕で、リチャードを抱き締めた。  「ん・・・」 くちづけて、くちづけて、ベッドにもつれ込む。互いに互いの衣服を剥ぎながら、ジョナサンが言う。 「レセプション・・・っ、出なくていいのか・・・?」 「今の俺には、公務も任務も無いからな」 軍人ではなくなった、爵位を継ぐ者ですらなくなった。リチャードの最優先はジョナサンで、それ以外は全部後回しでいいのだ。  ヒートではなくても、リチャードの手に触れられればジョナサンの身体はすぐに火が灯って、甘く蕩かされてしまう。 「ジョニー、好きだ、大好きだ・・・」 うっとりと囁かれて、ジョナサンは耳に蜜を注ぎ込まれたように震えた。 「リヒャルト・・・」 前世の名で呼ばれても、もう、気後れしない。ジョナサンはヨナタンで、リヒャルトはリチャードなのだから。  帝国迎賓館でヘーゼルダイン国王夫妻歓迎のレセプションがおこなわれているが、リチャードとジョナサンの姿が無い。クライヴから話を聞いて、ロバートが国王夫妻に伝え、アーサーはクライヴを気遣った。 「その、キュヒラーとやらに会いに行くのか」 「はい」 一緒に行くべきかと一瞬考えたアーサーだったが、セドリックやギルバートたちをお願いしますと、クライヴはアーサーに言った。生母の憂いを取り除くために、アルファとして、長男として、また王国陸軍の将来を担う者として、ひとりでミッションを遂行してみせると、クライヴは決意していた。

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