15 / 18

第15話

後日談 第四話  キュヒラーがジョナサンとリチャードの婚姻届受理保留申請を取り下げたので、改めて婚姻届を提出し、無事受理された。帝国においては、正式に夫婦とみなされるのだ。 「すごい、嬉しい」 ずっと青白かった頬を薔薇色にして笑うジョナサンが可愛くて、リチャードも笑顔になる。  実は、ヘーゼルダイン王国でも過日、アルファとオメガではない同性愛者の婚姻を認める法律が可決された。しかし、施行は半年後だ。偏見を改められない愚者や反対者を懐柔し、世間の理解をすすめるための期間が設けられたのだ。今、テレビ局や新聞社は王政府の要請に基づいてキャンペーンを張って、社会への浸透を図っている。学校教育でも、道徳の授業に力を入れている。  リチャードは以前、ジョナサンを連れて帝国へ移住しようと検討したことがあった。しかし、生まれ育った国を偏見の無い誰もが住みやすい国にする手伝いをしてほしいと、国王に請われてしまったので、移住の話は立ち消えになった。  偏見や差別は、一朝一夕には消えない。しかし近い未来、オメガ差別も男尊女卑も無い、同性愛への偏見も無くなった母国で、ジョナサンを抱き締めたい。  運命のつがいとして求愛することは諦めるが、そのかわりに自分の弟に会ってやってもらえないだろうか、というキュヒラーの要請に、ジョナサンは戸惑いながらも応じた。  同行するのは、ジェフリーとクライヴとセドリック、ギルバートとロジャーとサミュエルだ。キュヒラーの弟が十代だというので、近い年齢の少年を、それに、クライヴが意図的に大人数で行くべきと主張したからだ。それと、帝国の海軍士官でキュヒラーの従兄であるベールマーが案内係として同行している。リチャードがかつて士官だった時に合同演習で親しくなった海軍司令、当時は士官だった男が目をかけていた部下だったので、信頼できるとお墨付きの人物だ。まさかキュヒラー家の縁者だとは思わなかったが。  リチャード自身は、帝国テレビの重鎮と商談なので、別行動だ。心配で、だからジェフリーやクライヴにジョナサンを頼むとくどくどと言っていた。 「従弟は病弱なんです。学校にも行けなかったし、友人もいないんです」 ベールマーから説明されて、ジョナサンはキュヒラーの様子を思い出す。 「・・・そんなふうには見えませんでした」 「あ、違います、ハインリヒじゃなくて、弟のカールのほうですよ」 兄が大好きで、オメガで病弱で、友達がいなくて家からほとんど出たことがない少年が、自分に会いたいという理由が、ジョナサンはわからない。兄の運命のつがいだという以外に、ジョナサンに興味をしめす理由など無いはずで、けれど自分はハインリヒを拒絶したのだから、カールにも用など無い。  ハインリヒのほうは、今日も大学で研究に没頭していて、夜まで家には帰らないから、だからどうか、弟に会ってやってほしいと平身低頭で請われたと聞いて、嫌だとは言えなかった。それに、ジョナサン本人ではなくクライヴに伝えてきたということは、ジョナサンがハインリヒに会いたくないという気持ちを尊重しているということなので、無下にもできなかった。  だから、ジェフリーと子ども達が同行するという条件で、了承した。  帝都郊外の住宅街にあるキュヒラー伯爵邸は、思っていたよりも小ぢんまりとしていたけれど、庭などよく手入れされていて、華美でも質素でもない生活ぶりがうかがえた。いや、貴族にしては慎ましく堅実な様子だ。丁重に迎え入れられ、恭しくもてなされて、ジェフリーや息子たちの緊張は、すぐにほぐれた。  運命のつがいの生家なので、ジョナサンは家に染み付いたハインリヒの残り香を感知してしまう。それを警戒して、フェロモン遮断剤を服用してきた。これはアルファのフェロモンを感知しなくなるというもので、ヘーゼルダイン王国には無いものだ。少しだけ副作用があるということだが、かつて使われたヒート誘発剤のような有害なものではない。抑制剤と違って、わざわざ医療機関で処方してもらわなくても、街中のドロゲリー(ドラッグストア)で簡単に買えるので、旅行者でも入手できる。  弟であるという少年は、ハインリヒにはあまり似ていない。オメガだからなのか、少女めいた可愛らしい容貌だ。ロジャーと同じくらいの年齢だろうか、青白い顔の、いかにも腺病質な様子だった。緊張を必死に隠して一生懸命に礼儀正しく振舞う。が、緊張しつつもジョナサンを盗み見ていて、『大好きな兄の運命のつがい』に、訊きたいことや言いたいことがいっぱいあるけれど、どう言えばいいのかわからない、という様子がビンビンと伝わって来る。兄が大好きな弟の様子はジェフリーが幼い頃を彷彿とさせる・・・、今では自分よりもオジサンに見えてしまう弟を、ジョナサンはチラリと見た。  一方、カールは、ジョナサンの繊細な美貌に目を瞠っていた。  こんなにも美しい人が、兄のつがいで、けれどこの美しい人は、兄を拒絶している。  カールはその理不尽さに苛立ち、けれど表面上は礼儀正しく挨拶をして、兄の運命のつがいであるクロフォード氏とその子ども達と弟に見えない中年男性を歓待した。  クロフォード氏は四十代半ばとのことだが、そんな年齢には見えなかった。兄と同世代くらいに見えた。弟だと言っているジェフリーのほうが、よほど年上に見える。  そして、ジョナサンの五人の子ども達。それぞれ、父親が違うということだったが、プラチナブロンドに緑色の眸がジョナサンにそっくりで、明るくて人懐こく、親切で、礼儀正しかった。人見知りが激しいカールにもやさしくて、カールは嬉しくなった。ジョナサンが兄とつがってくれれば、この五人は自分の従兄弟ということになるのだ。ジョナサンと一緒に帝国に移住して、これからも何度も会えたら、友達になってくれるのではないか。友達がいないカールは、自分の妄想に夢中になった。  中でもロジャーとサミュエルは歳が近いのもあって、すぐに仲良くなった。ずっと帝国にいてくれればいいのにと思った。  だからジョナサンに、必死に食い下がった。 「どうして兄とつがわないのですか? 運命のつがいなのに!」 「キュヒラー氏についてな~んも知らないし、興味も無いから」 フェロモン遮断剤の副作用のためにジョナサンは、周囲への気遣いが散漫になっている。アル ファフェロモンを感知しなくなる他に、自尊心や自己評価を上げて他者に忖度しなくなるという作用機序があるのだ。アルファの顔色を窺って卑屈になったりアルファに棄てられて絶望から鬱病になって自傷や自殺をしようとするオメガのための、強い向精神薬との複合薬なのだから。アルファ向けの遮断剤とは、作用機序がまったく違う。 「知れば好きになります! 兄は他に類を見ない素晴らしいアルファです」 「キュヒラー氏レベルのアルファなら、ざらにいる」 「アルファは運命のつがいを得れば、ランクが上がるのですから、貴方がつがってくだされば、兄はもっと素晴らしいアルファになります。兄が素晴らしいアルファになれば、貴方だってオメガ冥利に尽きるじゃないですか」 「俺はキュヒラー氏がランクアップするための道具か?」 子ども相手に不機嫌にならないように、我慢していたけれど、ずっとアルファに利用されて踏み躙られてきた半生だったから、ジョナサンはアルファのために献身するとか、自分を犠牲にするという言葉に嫌悪感がある。だからカールの言葉に露骨に不機嫌になった。自己犠牲なんてしなくていいのだと、リチャードに滾々と言い含められた。リチャードだけじゃなくてロバートやアーサー、アリスとアガサ、国王夫妻やデイヴィッド、前世の記憶の無いアルバートにも、弟のジェフリーにも、要するにジョナサンをたいせつに思ってくれるすべての人に言われた。そうしていいのだと、思えるようになった。だからアルファのために、なんて言われるのはイライラした。 「きみは、なんにも苦労してないから、アルファのために身を捧げるのがよいオメガで理想のオメガだって思っているんだろうけど、俺はもうアルファに利用されるのは真っ平なんだ」 そもそもオメガを利用しなければ素晴らしくなれないってことは、今、素晴らしくないってことだろ、と見下すように言われて、カールはカッとなった。最愛の兄を冒涜されたのだと思った。利用しようなんて思ってない、運命のつがいなのだから当然のことを、この人はどうしてわかってくれないのかと憤慨した。 「貴方は、自分の運命のつがいがより素晴らしいアルファになることを、嬉しく思わないのですか?!」 「思うわけないじゃん。赤の他人だもん」 ジョナサンは子ども相手だと配慮することを放棄した。五人子どもを産んだけれど、ひとりも自分で育てていないので、子どもだからと忖度する意識が希薄なのだ。今はさらに、薬の作用が拍車をかけている。 「数えきれないほどの男どもに身体を好き勝手にされて、産みたくもなかった子どもを無理矢理に五人も産まされて、さらにまたアルファに利用されてくださいとか、冗談も休み休み言えよ。自分が俺と同じように何十人もの男に犯されて殺されて、それでも同じことが言えるか、試してみれば?」 「兄さん、子ども相手にそれはちょっと言いすぎだよ」 そばではらはらしながら見守っていたジェフリーが口を挿む。 「だってこいつ、あまりにも世間知らずで呆れたし。自分は直接関係無いのにごちゃごちゃ首を突っ込んできて、自分の思い通りに動かそうと指図する奴、俺、大っ嫌いなんだわ」 ジョナサンはクライヴたちを産んだけれど、自分で育てたわけではなかったので、理論とか義務としての子どもへの接し方しか知らない。それに、不遇な半生を生きてきたから、カールのように深窓で大切にされてきたオメガとは、あまりにも価値観が違いすぎる。 「もういいだろ。帰る」 ベールマーに言って、ジョナサンは席を立った。 「御足労有難うございました」 おそらくはこうなることをわかっていたのだろう。ベールマーはカールを一瞥して言う。 「今からでも学校に行くべきじゃないか? お前は世の中のことを、もっと勉強したほうがいいぞ」  帰りの車中。 「母上、ぼくや兄上たちのこと、産みたくなかったのですか?」 目にいっぱい涙を浮かべて言うサミュエルに、遮断剤の効果が薄れて正常にもどりつつあるジョナサンはしまったと思った。 「あ~、さっきの、聞こえてたのか」 僅かの間に全力で考えて、決めた。あれは出任せだった嘘だ、本当は大切だとか可愛いとか言うのは簡単だけれど、そうやってこの場をしのいでも、サミュエルの不安を払拭できないだろう。この子たちはとっくにすべてを知っていたのだから。キレイごとで取り繕うことなど、意味が無い。 「今は、お前たちが大事だし、可愛いと思う。でも産んだ時はさ、嫌なのに無理矢理妊娠させられて、胎を利用されて産まされた、って状況だったから、望んで産んだ、とは言えないだろ?」 「・・・それは、父上の時もですか?」 サミュエルは異父兄たちと違ってリチャードを父として生まれた。だから母は望んで産んでくれたのではないかと、思っていた。  思いたかった。  しかし、子ども相手でも嘘を言う気が無いジョナサンは、言葉を選びつつ、真実を言った。 「ヒート誘発剤ってわかるか? 使われると夜盲症って病気になって、いずれは失明する、違法薬物だ」 俺はそれを使われて強制的にヒートにさせられたんだよ。リックは俺のヒートのフェロモンに当てられてラットになって俺を抱いたんだ。だから・・・、望んだ子どもだったわけじゃない、とはさすがに言えなくて、憶えてないんだ、と言葉を濁した。 「今はさ、リックが前世を思い出してくれたから、一緒にいて幸せだし、お前たち五人、とても愛しいよ。でも、お前が胎の中にいた時はまだ、俺自身も前世の記憶なんて無かったから、リックのことも手前勝手にオメガを利用するクソアルファとしか思わなかった。だからお前を産んだ直後に、俺は死のうとしたし、実際に死んだ」 正確には、殺されたのだけれど、ジョナサン自身が死ぬつもりで森に行った。 「そういう意味では、お前たち全員、俺の意思とは関係無く妊娠させられて産まされた状態だった。でも、お前たちは自分の父親の所業をきちんと理解した上で、その父親にどう対応するか、自分がどう生きたいのか、俺とどういう関係でありたいのか、自分で決めただろ?」 クライヴは、絶縁はしなかったけれど実の父親を見限り、リチャードを義父と呼んでいる。実父を反面教師とすることで我が身を奮い立たせる糧とした。ヒースフィールド家は軍人の家系で、だからヒースフィールド姓のままで軍内部のオメガ差別を撲滅する存在になりたいと意志をかためている。セドリックは実父と絶縁し、ロバートとアーサーの庇護下で、自分の生きる道を模索している。ギルバートは父親の過去を許したわけではなかったが、謝罪を受け入れた。少し前にアルファを発現し、実父と異母兄との協議でも堂々と渡り合って、家のために利用されない人生を保証させた。 「妊娠したんじゃなくてさせられた、って意味では、五人とも同じだよ。俺の父親はオメガを家畜だとか奴隷だと思っているようなクソ野郎だった。その父親に売春とか代理母をさせられていたんだ。俺には自由なんて無かった。閉じ込められて、メシも満足に喰わせてもらえなくて、暴力を振るわれて、どんなに嫌でも、言われたとおりに大勢の男に身体を差し出すしかなかった」 お前たちは自由なのだから、俺のことよりも自分がどうしたいか考えろ、と言われてしまえば、二の句が継げなくなる。生母の壮絶な半生を知った上で、クライヴたちは自分がどう生きるか、実父と、義父と、生母とどのような関係性を作っていくのか、自分で判断している。ロジャーとサミュエルはまだ少年なので、全部自分で決めるのは難しいかもしれない。  子どもというのはいつまで子ども扱いすればいいのか、ジョナサンはわからない。サミュエルにこんな風に話すのは、早すぎたかもしれない。

ともだちにシェアしよう!