2 / 21

第2話

初めて会った青年に一目惚れし、憐憫の情を抱いた。 俺も他人を心配できる立場じゃないけど、手足だけは自由に動く。思考すら奪われた彼からすれば恵まれてるから。 確か二階に亡くなった祖母が使っていた車椅子があったな……。 小柄だから大変だったけど、二階まではおぶって移動した。古いものの立派な車椅子に青年を移乗させる。 牢の鍵は受け取っていたが、使わずにポケットに仕舞う。 車椅子を押して、従者も入れない最奥の寝室へ連れて行った。 「これでよし」 自分のとき同様、不衛生な地下牢にいたら真っ先に感染症にかかりそうだ。 見てる限り呼吸は問題ない。ユノは彼を自分のベッドに寝かせ、窓を開けた。 「ふぅ。あそこは息苦しいですよね」 振り返り、瞼を伏せたまま反応のない青年に笑いかける。 ユノは自嘲し、可能な限り今のウェスタンド家について調べた。王族直属の神職であり、先代から主を引き継ぐ王子のことを。 リザベル・ウェスタンド。齢は二十八。一族きっての祝力の持ち主。容姿端麗で高材疾足、王族からの信頼も厚い完璧な祝術師。指輪はしてないが、婚約者がいる可能性もある。 予定ではもうすぐ現王の側に立つはずだったろうに、気の毒過ぎる。 レイスがかけた昏睡の呪いは術者以外には解けない、呪殺の次に強いものだ。自分がどれだけ努力したところで、彼を目覚めさせることはできない。 片っ端から書物を取り出し、祓いの方法を読み耽ったものの、手掛かりになるものは見つからなかった。 最悪レイスを脅して無理やり呪いを解くか。できなくはないけど、それをしたら確実に自分は死刑だ。 でも、このまま生きても良いことなんてない。……死ぬことになっても仕方ない。 朝になってから椅子に座らせ、彼の口に水を含ませた。普通の人間と違い神の加護があるから、生命力は強そうだ。 「あぁ……全部飲んでくれて良かった」 水を飲むという反応だけは示してくれる。それが嬉しいし、安心した。しばらく親族ともろくに話さなかったせいか、昏睡状態の青年に向かってついつい話しかけてしまった。 「散歩にお連れしたいんですけど、俺も外出禁止されてるから。……今日なんて良い天気だから、風に当たったら気持ちいいんですけどね」 木櫛を持ち、彼の綺麗な髪を優しく梳く。人形遊びのようだ。まさか二十歳になってこんなことをするとは。 でも、独りよりはずっと良い。……気がしてしまう。 「時々は喋らないと、筋肉衰えますからね。リザベルさんも」 喋るはずがないのに、事あるごとに声を掛ける。それはあっという間に定着した。結局ただの独り言なのだが、話しかける度に何だか愛しさが増す。 まるで旧知の仲のよう。彼は何も分かってない、思考すらできない状態だが、自分は勝手に親しくなれた気になっている。滑稽すぎて笑えてきた。 彼も困るだろう。まさか男にこんな世話をされてると知ったら……。 清拭はもちろん、一週間も経てば大体のことは慣れてしまった。もう呪術師なんてやめて別の職業で生きたいぐらいだ。 彼の呪いを解いて逃がしてあげられたら良いのに。自身の至らなさでそれができないことが歯痒い。 呪術を習得し、後継者に相応しい人間だったら叶ったかもしれないことだ。申し訳なくて、久しぶりに惨めな気持ちになった。 「呪術は全然上手くいかない。成人の儀も控えてるけど、一族の誰からも求められてない。何で生きてるのか本気で分かりません」 床に膝をつき、リザベルが座る椅子の肘掛けに顔をうずめる。スーツは汚れるが、そんなの構わない。 「俺は……いや」 夜、怖いほどの静寂に包まれる。この時ほど孤独を感じる。ひとりきりの世界に弾き出され、押しつぶされそうだ。 「俺が死んで、貴方が自由になれたら良いのに」 だから何も反応しない青年に本音を明かしてしまう。 「いなくなりたいよ。……早く」 泣き疲れて眠る夜を何度も過ごした。呪術について学びながら、同時にお祓いの分野も学んで。 彼の手に掌を重ね、寝落ちする日々。 雨の日も晴れの日も、彼の傍にいた。日が経っても彼の美しさは変わらず、それが尚のこと誇らしくなる。 落ち着け。俺のものじゃないって……! 段々危険な思考に傾いてきて、自身の両頬を打った。 栄養価の高いスープをリザベルに飲ませ、口元を布巾でぬぐう。ベッドに移動した後、ユノはシャツを脱いだ。 「何か今日は蒸し暑いな……」 いつも同じベッドに隣り合って寝ているのだが、リザベルの体温も高い気がする。 上だけ脱がせた方が良いかな。ちょっと申し訳ないというか、犯罪的だけど。 体はいつも拭いてるんだし仕方ない。ということにしよう。 ボタンを外し、リザベルのシャツを脱がせた。彼は普段から鍛えているようで、胸板は厚く、腹筋は締まっている。同じ男から見ても惚れてしまう、逞しい肉体をしていた。 彼を見ていると自分がいかに貧相か再認識するので、複雑だ。 「リザベルさんは絶対モテただろうなぁ」 自分はズボンも脱ぎ、床に投げた。ほぼ全裸の状態で、彼と寝転ぶ。それは充分犯罪的に感じた。 一族はリザベルに無関心だ。未だ誰も何も言ってこないから、地下牢へ様子を見に行った者は皆無だろう。 今回得た莫大な報酬で贅沢三昧をしている。人を呪い、殺すことすら良しとして。自分達さえ良ければいいと本気で思っている。 そんな中で育ったから、俺も同じなんだ。本当は、彼らと一緒に退治されるべき存在。 でも、どうせ殺されるなら……リザベルさんにお願いしたいな。 「今日もお疲れ様です」 彼の方に向き直り、顔を寄せた。綺麗にしているから良い香りがする。でも、男らしい匂いもする。 相反する誘惑に、やがて身体は火照っていった。息が苦しくて、脚の間がむずむずする。 あ……。 下に手を伸ばし、布の上から股間をまさぐった。 いつぶりだろう。……勃起してる。 ていうか、いくら意識がないとはいえ男の前で勃つなんて。羞恥心で目眩がした。 最悪過ぎる。けど一度ついた火を消す術は知らない。下着を下ろし、硬くなった性器を取り出した。 「ん、う……」 今度こそ一糸纏わぬ姿で、彼に抱き着きながら性器を扱いた。最初は控えめに擦っていたけど、快感がヒートアップしていく。 やばい。やばい。どうしよう。 リザベルの胸に顔をうずめ、綺麗な唇に吸いつく。 男であること以前に、ずっと大切にしていた宝物への愛着が生まれてるのかもしれない。 彼の腹の上にまたがり、覆い被さる。そして割れた腹筋の中心に自身の腫れた性器を滑らせた。 硬い筋肉に擦りつける。馬鹿みたいだけど、意識が飛びそうなほど気持ちよかった。みだらに腰を振り、何度も彼の腹に先端を打ちつける。 「あっ、気持ちい、リザベルさんっ」 やば過ぎる。 最低、じゃ済まない。今すぐやめなきゃと思うのに、身体はもうコントロールを失っていた。赤く尖った乳首を擦りつけるのも気持ちいい。 涙を流しながら、彼の綺麗な頬にキスをする。 「……触って……っ」 不意に、そんな言葉が口から溢れた。 触るはずないのに。そのとき、わずかに彼の右手の指先が動いた気がした。 「?」 でも見間違いだろう。じっと確認したものの、その後は何の反応もなかった。 目覚めるわけないのに、俺は何を期待してるんだ。涙をぬぐい、もう一度彼の額にキスする。 もし自分が本当の王子なら、眠ってる彼を起こせるのに。 現実はもっと惨めで、醜い。 再び彼の腹に性器を擦りつける。何度目かの摩擦で達してしまった。 「ああぁっ!」 勢いよく溢れ出る精液が、彼の綺麗な腹を汚す。 「ん、は、ぁあ……」 痙攣はしばらく続いた。強すぎる快感の余韻は、脳を駄目にする。ユノはあられもない恰好のまま、リザベルに抱き着き眠ってしまった。 心地良い。 こんなの初めてだ。人の肌の温もりが、こんなにも心地いいなんて。 こんなに気分が満たされたのは生まれて初めてだ。 視界は徐々に閉じていった。黒い幕が完全に下ろされたとき、意識も波に攫われてしまった。 身体が……いや、下半身が熱い。 処理しないで寝てしまったから、内腿はぬれて気持ち悪い。 でも、優しく撫でられている気がした。内腿からなぞっていく大きな掌は、どんどん上へと伸び、柔らかい部分を揉みほぐす。思わず身を捩ると、今度はその上を握り込まれてしまった。 『あ……っ!』 そのまま上下に激しく扱かれる。やだやだと手足をバタつかせるも、簡単に押さえ込まれてしまった。 慣れているのか、その手技は簡単に快楽を引きずり出した。先端をグリグリといじめ抜き、奥に隠れた小さな入口を開こうとする。 ぐ、と力を込められた途端、またなにかを勢いよく吐き出してしまった。 宙に浮いてるみたいだ。腰の感覚がなくなっている。……気持ち良すぎて。 何だこれ。誰かに抱き締められてる? 弱いところを攻められて、涙が溢れた。瞼は開かないものの、目元を優しく撫でる熱を感じていた。 全身が震える。俺の全てを手に入れたと言わんばかりに吸いつく舌も、擦り上げる指も……もう、打ち勝つことなんてできなかった。 『……ユノ』 何も見えない。 けど、かすかに聞こえる声。 『可愛い子だ』 掠れた声で囁くそれは、暗然とした世界でいつまでも反響していた。 「……ん」 眠るまでは長いが、意識を手放せば夜は一瞬だ。 窓の隙間から射し込む朝日に顔を顰める。ユノは鳥達のさえずりで目を覚ました。 ……。 寝ちゃったのか。ぐっと背伸びしたものの、寝るまでにしていたことを思い出して飛び起きる。 やばい。後始末もせずに寝たんだった……!! 戦慄しながら自分の姿を確認する。すると、しっかりシャツとズボンを着ていた。 「あれ?」 隣を見ると、リザベルもちゃんと着衣していた。 おかしいな。そのまま寝た気がしたけど、服着せたんだっけ? ぼうっとしたまま欠伸をする。色々限界だったから、記憶が飛んでるのかもしれない。ひとまず慌てて入浴し、部屋を換気した。 「……ゴホン!」 しかし、罪悪感が半端ない。 意識のない相手を自慰に使うなんて。もうどんな凄惨な最期を迎えても文句言えない。 墓場まで持ってく秘密になるし、この青年に対して一生償っていかなければならない。自己嫌悪に苛まれつつ、いつもの百倍丁寧にリザベルの衣服を整えた。

ともだちにシェアしよう!