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第3話
「ユノ様。やはり札は染まってませんね」
「うん」
明くる日も、呪物の生成をしていた。今作っている呪符は力が宿ると黒く染まるはずなのだが、白のままだ。
「うん、じゃありませんよ。恐らくこの呪符を作れなかったのは、歴代で貴方だけです」
「本当に申し訳ない」
監視役は頭を押さえ、うんざりした様にもらした。ここまで来ると笑えてくる。笑えないけど……。
とりあえず、彼に迷惑をかけていることが心苦しい。
「ごめんな。もう一度やってみる」
新しい札をとろうとしたその時、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「おい、ユノ! あいつをどこにやった!?」
現れたのはレイスだった。烈火のごとく詰め寄る彼に、監視役も青い顔で後ろへさがった。
「あいつって?」
「とぼけるな! ウェスタンド家の王子だよ!」
強引に襟を掴まれる。机に並べていた薬瓶も倒れ、床に溢れた。しかしそれを気にする余裕はなく、怒り狂ったレイスに向き合う。
リザベルを匿っていたことがバレた。いや、彼がいなくなったことにようやく気付いたようだ。
「早く言え! クリスタッド政府から通告が来たんだ! 下手したら一族全員王宮に呼ばれて罰せられるかもしれない!」
かもしれない、って。王族お抱えの要人を拉致したんだから、罰せられるに決まってるじゃないか。
今ごろ焦りだした従兄弟になんと言えばいいか分からないが、ひとまず宥めることにした。
「落ち着いて。彼は生きてるから大丈夫だよ」
「本当だな? ああ良かった……!」
レイスはユノの襟から手を離し、胸を撫で下ろす。
こちらも、てっきりリザベルにかけた呪いを解くつもりなのだと思っていた。だから安堵していたのだが、彼が次に放った言葉に愕然とした。
「それならあいつを人質にして、国外に逃げ果す身代金を得られるかもしれない」
何を言ってるのか、一瞬本気で分からなかった。
今彼を無傷で帰せば罪が軽くなるかもしれないのに、レイスはさらに恐ろしいことを考えている。
「レイス、冗談だろ? 気が動転してるだけだよな?」
「はっ、冷静だよ。もちろん、俺達に被害が及ばないよう今回の依頼人を交渉役に使うつもりだ」
そんなこと、依頼人だって引き受けないだろう。アリヴァー家が誘拐したことが政府にバレた時点で、この依頼は失敗なのだ。だから本来報酬金も返すべきだ。
「悪いことは言わないから、今すぐ彼を王城に連れて行こう。後遺症もなく、必死に謝れば死刑は免れる……かも」
「お前は本当に意気地なしだな。そんなんだからいつまで経っても呪術を習得できないんだよ!」
強く突き飛ばされ、本棚に背中を打ちつける。反論する間もなく髪を掴まれた。
「早く言え! あいつはどこだ!?」
「……っ!」
言ったら、今のレイスは彼に何をするか分からない。
呪いを解くつもりがないなら尚さら、無抵抗の彼を差し出すことはできなかった。
唇を噛み、沈黙する。レイスは痺れを切らし、足元に転がる薬瓶を手に取った。
「出来損ないが作った薬でも、ないよりはマシだな。言わないなら全部飲ましてやる」
「レ、レイス様。さすがにそれは……」
監視役は制止したものの、レイスは構わずにユノの首を押さえ、口元に瓶を当てた。
「……!!」
いつ死んでもおかしくないとは思ってたけど、まさかこんな終わりを迎えるとは。予想外にも程がある。
でも、もういいか。初めから味方なんて一人もいない。
守りたい人はできたけど、自分の力じゃとても守ることはできないから。
リザベルさん。
……ごめんなさい。
黒々とした液体が唇に触れる。
瞼を伏せて口を開いた。だがその瞬間、瓶に入っていた薬液は全て鈍い音を立てて蒸発した。
「な、何だ!? 何をした!」
……?
レイスは驚いているが、自分は何もしていない。何が起こったのか分からずにいると、廊下から焦げ臭い匂いがすることに気付いた。
「レイス様、一階で火事が起きたようです! 早くお逃げください!」
「な、何だ……さっきから何が起きてるんだ……!」
廊下から顔を出した使用人に、レイスは困惑している。仕方ないので彼に窓の外を見るよう促した。
「煙が上がってる。今は逃げた方が良いんじゃないか」
「……!」
幸い我に返ったらしく、レイスはユノを床に突き飛ばし、大慌てで部屋を出て行った。
取り残された監視役も後に続こうとしたが、ハッとして振り返る。
「ユノ様? 我々も早く逃げましょう」
「ち……ちょっと腰抜かしちゃって。すぐに行くから、先に降りてくれ」
「なら手を貸しますから」
「いや、大丈夫。レイスのせいでズボンもぬれちゃったし」
床に転がった薬瓶達を指し示して苦笑する。彼は困ったように頷き、部屋を出て行った。
ふぅ。何とか誤魔化せた。
火事が起きたことは想定外だから、急いで引き出しから鍵を取り出す。そしてコネクティングとなっている寝室の扉を開けた。
ベッドには、静かに横たわるリザベルがいる。
大ピンチだけど、二度とないチャンスだ。今ならこの混乱に乗じて、彼を救い出せるかもしれない。
本当はレイスに呪いを解いてほしかったけど、もうなりふり構っていられない。祓う方法は救い出してから考えよう。
問題はどうやって外に連れ出すかだ。
ここは二階。彼を背負ってまた一階へ行くことになる……けど……。
( それだとレイス達に捕まる )
他の抜け道を探さないと。でも窓から飛び降りたらタダじゃ済まないし、どうするかな。
頭を抱えて考えていると、廊下の奥に外階段があることを思い出した。ただ普段は施錠されており、鍵がどこにあるのかも知らない。
煙が入ってきたら本当にまずいし、これ以上悠長に構えることはできない。人命優先でリザベルをおぶろうとしたが、
「えっ!?」
手を取ろうとしたのに逆に腕を掴まれ、引き寄せられた。バランスを崩し、リザベルの上に豪快に倒れてしまう。
「いたた……え?」
倒れ込んだまま、必死に考えた。
ひとつの推測が頭を過ぎる。
まさか。いや、あり得ない。……でも、間違いなく抱き締められてる。
何度かまばたきして、恐る恐る顔を上げる。
「初めまして。……って言うのも変な感じだね」
夢じゃないかと思う。降りかかった声を聞いても、まだ呆然としていた。
しかし声の主は優しい音を奏で、俺の唇を指の腹で撫でる。
「でも嬉しいよ。やっとこうして触れられる」
そう言うと、上体を起こした彼は微笑んだ。
「な、な、な……」
リザベル。彼はとても自然な動作で目を覚ました。
「何で起きられるんですか!?」
「何でだろうね。私にも分からない。でも……」
リザベルは軽く首を傾げた後、思いきり腕を伸ばした。
「そのことはまた後で。騒ぎが聞こえたけど、逃げないといけないんだよね?」
「あ、そう! 下で火事になってるらしくて……」
けど、表から出たら捕まってしまう。
「外階段があるらしいんですけど、鍵がどこにあるか分からないんです」
「なるほど。大丈夫、とりあえずそこに連れて行ってもらえるかな」
彼はベッドから起き上がり、俺の手を引いた。
改めて見ると、とても長駆の青年だ。つい見惚れてしまいそうになるが、慌てて現実に戻る。
「こ、こっちです」
普段は誰も入らない部屋を抜け、朽ちたドアの前に立った。するとリザベルはポケットから道具を取り出し、そう時間もかけずに解錠してみせた。
「闘うのは苦手だけど、こういうのは得意なんだ」
「すご……」
いや、普通にすごい。ひたすら感心していたが、手を引かれて外に飛び出た。
空は暗かったが、飛び込んできた景色に目を奪われてしまった。
あ……。
風が頬に当たる。
頬だけじゃない。全身で感じている。
絶体絶命の状況なのに、外の世界に踏み出したことに衝撃を受けていた。
「足元気をつけて」
「はい……」
腰に手を添えられる。空いた手は繋がって、エスコートされてるようだ。
城の正面はやはり騒がしかったが、俺達は反対に更に奥へと突き進んでいった。
城から離れられたことにはホッとしたけど、今度は静寂が不気味に思えた。息も上がっていたので、適当な場所で休憩する。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、目覚めの運動になった。君は? 怪我はない?」
「大丈夫です」
頬や手を触られ、何だか恥ずかしくなる。
正直まだ慣れないし、どう接したらいいのか分からずにいた。
ずっと一緒にいたけど、“初めまして”の人。
気まずい気持ちもあって、ついつい距離をとろうとしてしまう。
こちらの心中を察したのか、彼は困ったように笑った。
「私と一緒に勢いで逃げたこと、後悔してるかい?」
「いえ! ……後悔はしてません」
白衣についた土埃を落とし、静かに応える。
「俺はあそこで生まれ育ったけど、死んでるようなものでしたから。……死に場所ぐらいは自分で決めたいです」
そう告げるとリザベルは目を見開いた。わずかに視線を逸らした後、俺の手を取る。
「それも大事なことだと思うけど。もっと大事なのは、君が自分らしく生きられる場所を手に入れることだ」
「自分らしく……?」
「そう。君はこれからたくさん楽しいことを経験して、生きないといけないんだよ」
……っ。
まさかそんなことを言われるとは思わず、驚いてしまった。
生きるだけでも大変なのに、“楽しむ”なんて。
思わず呆けていると、彼は優しく微笑み、俺の手の甲にキスをした。
「わわ……な、何ですか?」
「うん? ただの挨拶だよ」
手とはいえ、ただの挨拶でキスをするのか?
なにぶん世間の普通が分からないので、「へぇ……」としか言えない。狼狽していることがバレないよう、毅然と返した。
「挨拶。そうだ、自己紹介が遅れましたね。俺はユノ・アリヴァー。呪術業のアリヴァー家の嫡子です」
ご存知だと思いますけど。
内心どきどきしながら待っていると、彼はどこか嬉しそうに口端を上げた。
「アリヴァー家のことはよく知ってる。その正統後継者とこんな風に出会えたことに運命を感じるよ」
「あ、そうですか……」
運命というか、因縁じゃないのか。
困惑しながら腕を組むと、彼は突如その場で片膝をついた。
「私はリザベル・ウェスタンド。ウェスタンド家当主、カルドの長男だ。改めてよろしく、ユノ」
「よ……よろしくお願いします」
想像以上に丁寧な挨拶をされ、見事に動揺してしまった。
これ、俺も片膝をつかないと失礼だよな。でも両者片膝ついてるのなんて見たことないし……そもそも互いに身分差とかないし……。
頭の中でぐるぐる考えていると、リザベルは徐に立ち上がり、笑いかけてきた。
「それで、ユノ。君はアリヴァー家に背く意志がある、ということで間違いないかな?」
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