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第7話

リザベルの溺愛ぶりに心も体もとけそうだ。何が彼をそうさせるのか分からないが……時間が経てば嫌でも冷静になる。 「死にたい……」 ユノはガウンを身に纏い、大きなガラス窓に額を当てていた。 「ユノ、脱水になるよ。水を飲みなさい」 真後ろでは、リザベルが爽やかな顔でグラスを差し出していた。有り難く受け取り、一口飲む。 「貴方、どうしてそんな落ち着いていられるんですか」 「え? だって無事街に戻れたし、お風呂も入ってサッパリしたし」 「……」 想像していた回答とはだいぶ違った。 ここまで来ると大らかなのではなく、大雑把。超がつく鈍感だ。 それか天然? 何にせよ、互いに性器を擦り当てていながら平然としてられる神経に感服する。 それとも慣れてるんだろうか。普段から周りの男性と夜遊びするタイプか。 「むくれてるね。せっかく自由の身になったのに」 「そこに不満があるわけでは……貴方の考えてることが分からなくて、困惑してるだけです」 思わず言い返すと、彼はふむ、と顎に手を添えてソファに腰かけた。 「それもそうか。限られた人間としか関わらなかったら、見ず知らずの私は怖いよね」 「……」 「君が愛でてくれた、動かない人形とは違う」 リザベルの言葉は、なにか含みがあるようだった。 まるで、可愛がってた人形が突然喋りだしたことに泣き出す子ども。……とでも言いたげに思えて。 いや、あながち間違いでもないか。彼が昏睡状態だった時は自分だけが彼を愛して、守ろうと思った。 でも目を覚ませば当然一人の人間で、確固たる意志と地位があって、人々に求められている。 急に惨めになって、寂寥感でも覚えたんだろうか。 「はぁ……」 彼の言う通りせっかく自由を手に入れたのに、自己嫌悪が止まらない。 額を押さえて俯くと、手招きされた。 「何ですか?」 「いいからおいで」 無視しても良かったが、大人しく彼の前まで歩く。すると手を強く引かれ、無理やり抱き込まれてしまった。 「ちょっと……!」 用があるなら普通に言えばいいのに、一々スキンシップをとってくるのは何なんだ。 頬を膨らましていると、耳朶を触られた。 「ユノ。嫌かもしれないけど、このピアスは外した方がいい」 「え?」 見ると、リザベルは真剣な表情をしていた。いつもと違う雰囲気を感じたものの、彼の手を押さえる。 紅いピアスは一族の証。だが市民はそこまで知らないだろう。別につけていても困らないはずだ。 「そうですね……そのうち捨てます。ご心配なく」 起き上がり、彼の太腿をよけて座面に膝をつく。配慮したつもりだったが、これだと彼の膝の上に座り、押し倒してるような体勢になった。 先ほどの激しい情事を思い出し、不意に頬が火照る。 「分かった。じゃあとりあえず、しばらくは私とこの部屋に籠ろう」 「は、はい?」 しかし意味不明な提案をされ、露骨に眉を寄せた。 「どうして? 貴方は早くご家族の元に戻るべきですよ。行方不明の身なんだから、心配されてるはずです」 「大丈夫。私は強いから、死んだと思ってる者なんて一人もいないよ」 「呪いをかけられたのに?」 「油断してたんだ。私は神の加護を受けてるし、最悪殺されても天国行きは決定してる。だから死に対して恐怖はないよ」 天国って……胡散臭いことこの上ない。 でもクリスタッドは宗教に熱心な国だ。加えて祝術の力を極めたリザベルなら、魂は並外れて浄化されてそう。 でも浄化されてるのにあんなやらしいことをしてきたのか、と毒を吐きたくなる。 「呪いが解けたのは本当にラッキーだったけど。……もしかすると、理由は他にあるのかもね」 「?」 鋭い視線を突きつけられ、つい後ずさる。 彼にとっても、俺は未知の存在なのだろう。呪いの力を持つ人間と一緒にいて、彼に悪影響は及ばないのか。正直気になるところでもある。 しかし下手なことは言えない。例え一族からは裏切り者と思われても……リザベルが絶対的な味方、とも言えないから。 いざとなったら自分の身は自分で守らないと。 口を閉ざしていると、リザベルは軽く首を横に振り、俺を抱きかかえて立ち上がった。 「ま、それはおいおい考えよう。アリヴァー家が君を追って街を彷徨く可能性もあるし、当面はここに身を潜めよう」 「いやいや! 俺は独りで逃げるから大丈夫です。それより貴方は自分の家に帰った方がいいですよっ」 全力でツッコんだ。こんなに誰かと長時間話したのは初めての為、喉が痛い。ちなみに頭も痛い。 「三ヶ月後に王の戴冠式があるんでしょう?」 「お、よく知ってるね。もちろんそれまでには絶対戻るさ」 リザベルさんは微笑み、切れ長の瞳に強い光を宿した。 「アリヴァー家のことを考えると、ギリギリまで私は表に出ない方がいい。そうすれば彼らも油断するし、陛下にも危険が及ばずに済む」 「……貴方って、見た目によらず豪胆ですよね」 「それは褒めてくれてるの?」 「さぁ……」 とにかく、枠にはまるタイプではないということ。 密かに感心してると、唇を指でなぞられた。 「色々言ったけど、最終的には君と一緒にいたい。それだけだ」 ……っ。 視線に犯される、なんて生きている間に味わうとは思わなかった。 彼は俺をどうしたいんだろう。わりと真剣に身の危険を感じるんだけど。 王様は安全だけど、俺がやばいんじゃないのか、これ……。 彼の執拗な手を振り払って顔をそらす。しかし今度は顎の下に手を入れられた。 「君が家出したのと同じように、私も少しだけ家出してみたいんだ。何年も真面目に働いてきた末にようやく手に入れた休暇だから、許してほしい」 「しばらく休ませてほしいと言えばいいんじゃ……?」 「そういうわけにはいかない。次期当主としての務めがあるからね」 少し休むことも許されないのか。 ……立場があれば尚さら、面と向かって言えないことが増える。彼が背負う責任の重さは俺には理解できない。だからそこに口を挟むのは違うと思った。 どんな人にも、逃げる権利はあると思うから。 「お好きにしたらいいんじゃないですか」 結果的に、かなり冷たい台詞になってしまった。 普通に、自分の思うままに生きればいい……みたいに言いたかったのに、駄目駄目だ。 けど彼は気を悪くするでもなく、俺の腰に手を添えた。 「うん。生まれて初めて、好き勝手に生きちゃおうかな」 「……」 何か、それはそれで怖い。 黙り込んだ自分の背中に手を回し、せっかく止めた紐を解く。 「欲しいものは我慢せず手に入れて。ドロドロにとけるまで可愛がる」 「わっ!」 また後ろから強く抱き留められた。彼は可愛いものを愛撫するように、俺の髪の生え際に口付けする。 「うん。自由っていいね、ユノ」 「い……いやいや……」 貴方は自由かもしれませんけど。 俺は逆に、また囚われの身になったのでは────? 満面の笑みを浮かべる目の前の青年に、恐怖しかない。 そうしてまた、朝まで色濃い時間を過ごすのだった。 ◇ (意図せぬ)ホテル缶詰生活が始まった。 生活において、特段困ったことはなかった。お風呂もあるし洗濯は任せられるし、食事も三食部屋に届けてもらえる。 ある意味古城にいた時と変わらない。違うのは、呪術の特訓をしなくていいこと。そして、身内から弄られずに済むこと。 とは言え、傍にリザベルがいることはかなりのプレッシャーだ。 「ユノ、森で怪我した部分はだいぶ治ったね」 ソファに座っていると、リザベルは床に膝をつき、俺のズボンの裾を捲り上げた。まるで彼を跪かせているようで、非常に気まずい。 「捻挫以外は全部掠り傷ですよ。……貴方こそ、怪我はなかったんですか?」 城で面倒を見ていたときの外傷は確認済みだ。けど城を出てからのことは分からない。彼のことだから、深い傷を負っていても自分には言わない可能性がある。 しかしリザベルはゆっくり首を横に振り、隣に座った。 「無傷だよ。心配してくれてありがとう」 「……っ」 心配……なんだろうか、これは。 よく分からない感情に支配されてると、リザベルは脚を組み直した。 「ユノは優しいね」 「えぇ? 御冗談を……」 優しいなんて初めて言われた。およそ自分とは縁のない言葉だと思っていたが、彼は俺の肩に手を添え、抱き寄せた。 「分からない? アリヴァー家のやり方に疑問を覚える時点で情に厚いと思うよ」 「どうなんでしょ……俺はただ、何も悪くない人に呪いをかけるのが嫌なだけで」 そう。リザベルさんの件も同じだ。 頼まれたから、目障りだから。そんな理由で人の命を奪うなんて、正気じゃない。 でも父や従兄弟からすれば、俺の考えの方が理解できないんだろうな。 「でも俺は失敗ばかりで、当主の息子なのに出来損ないでした。あそこに残っても、誰かを呪い殺したりはできなかったかもしれませんね」 苦笑すると、リザベルさんはわずかに目を細め、俺の頭を撫でた。 「……でもそのおかげで私は君に救われ、こうして共に過ごしてる。だから本当に感謝してるよ」 ……! あまりに真っ直ぐな瞳で見つめられ、息を飲んだ。 確かに……役立たずだったから彼の世話を任され、結果的に一緒に逃亡できた。 逃げた後もこうして匿ってくれて、リザベルさんが優しいこともよく分かった。 運が良かった、で終わらせることもできるけど……それ以上に、全てが彼のおかげなんだ。 「ありがとうございます。俺も……リザベルさんに感謝してます」 セクハラしてくるから真面目な雰囲気になれなかったけど、ちゃんと御礼を言いたかった。上半身だけ向き直り、彼に頭を下げる。 彼相手だと、いまいち素直になれない。そんな自分も不思議で、ずっと悩んでいた。 でもそれは、甘えちゃいけないと気を張っていたからかもしれない。 「貴方がいたから、思いきって家を出る決断ができた」 「……そうか。ならお互い共犯……じゃない、同志だね」 家出だから不良仲間か、と彼は笑う。何だか可笑しくて、つられて笑ってしまった。

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