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第7話

 春陽を帰したという連絡を、陽太は家の駐車場で聞いた。 「余計なこと喋ってないだろうな」と聞くと、『何度も見苦しいなぁ』と冗談混じりに返される。 『多分、陽太の印象は変わってないと思うよ。……むしろ変えようがないんだけど? どういう教育したら、あそこまでお前を信じられる子が出来上がるんだよ……?』  嫌味半分、そう言われる。「かわいいでしょ?」と本音を吐くと、「お前ねぇ……」と呆れられた。 「僕とひいの努力の賜物かな?」 『“努力”って書いて、“洗脳”とでも読むやつ?』 「酷いなぁ、そのままの意味だよ。……でもまぁ、はるの気が済んだなら、いいかな」  静人が電話の向こうで笑った。陽太変わったね、と。  通話を切って家に入る。自分の株も下がってなさそうだと思えば、足取りは軽い。  ただいま、と食堂に顔を出せば、「遅い」と苛立ちを隠さない陽月の声がする。  ……そうだった……こっちの問題が終わってなかった……。  春陽がTerrariumへ行きたいと言った時に、動揺しながら陽月に連絡を入れたのだが、詳しい話はしていなかったのだ。  ただでさえ冷ややかな陽月の瞳が、より一層冷たく陽太を見据える。 「何ではるに『Terrarium』行かせたんだよ? あれがはるにとってどういう場所か分かってるのか?」 「分かってるよ」 「じゃあ何で許可なんかしたんだよ?」 「だってぇ、はるが、“お願い♡”って……」  春陽の真似だろうか、可愛らしいポーズ付きで陽太は言う。 「……チョロすぎだろ……」  特大のため息を吐いて、陽月は項垂れた。もちろん、陽太の気持ちも分からなくはない。けれど、たったそれだけで言いなりにならないで欲しい。危険なところに行かせるなら、尚更だ。 「そんなこと言ったって、ひいだって同じように言われたら許すでしょ?」 「どうだか。俺は割と甘えられ慣れしてるからな」 「ほーら、そうやってマウント取る。ずるいんだから」  年甲斐もなく言い争いをする。春陽が帰って来るまで続くのだろうか、と雅明と加谷は半ば呆れ顔で見ていた。 「それで、春陽様は椎名様の件はご納得なされたのでしょうか?」  颯真が話題を変えるように、二人に投げる。 「……そもそも、はるは椎名の何を確認に行ったんだ?」  そう言えば、それすら聞かされていなかった、と陽月は思った。 「椎名さんが、客に“発情期を誘発する薬を使われた”とか、そんな感じだったと思う」 「何でそれすら曖昧なんだよ……」 「それどころじゃなかったんだもん。僕の保身に関わることの方が重要だし」 「ひなは保身もクソも、今更だろうが」 「ひいだってそうでしょ? 加谷を使ってはるとの約束取り付けたくせに」  うぐ……、と陽月は一瞬押し黙った。けれど 「だって……はるがそこにいるのに、行かない理由なんてないじゃん」  しょぼくれて言う陽月に、陽太の良心が痛む。言えなかったのは、当時の春陽の状態のこともあったし、瀬野家と三崎家の問題にしてしまった失態を隠したいからでもあった。 「……確かに、当時の春陽様は中々に予断を許さない状況でしたし、下手に触ると壊れてしまわれる可能性もありましたしね。とりあえず様子見、というのは、良い判断だったようにも思います」  さらりと口にする颯真に、「まるで見ていたみたいに言うね」と雅明は言った。 「僕は見ていないですが、翔様はちゃんと監視されてましたよ?」 「「えっ!? どうやって??」」  陽太と陽月の声が揃った。だって翔はずっと海外にいて、こちらの状況は言わなければ分からないはずなのだ。 「陽太様から連絡を受けて、Terrariumのデータベースから、春陽様の身辺を洗わせて頂きました。寿津彦さんが抜いた情報をもとに、学校や住所を特定するのは割と簡単でしたしね。それで、碧生さんに現場検証してもらった感じです」  二人とも、開いた口が塞がらなかった。加谷でさえ「知らなかった」とこぼす。 「あいつ、そんなこと一言も言ってなかったけど?」 「内密に、と翔様から指示されていましたから。碧生さん、密偵の素質あるんじゃないかなぁ。春陽様の日常生活、かなり詳しく調べて下さいましたよ。行きつけのスーパーでの歩き方とか、いつも買うものリストとか揃ってましたしね」 「ちょっとその“いつも買ってたもの”情報教えてよ」 「内緒です。陽太様に言ったらすぐ購入されるでしょう? さすがに春陽様に怪しまれます」  即却下され、陽太はしょぼんとなった。 「じゃあはるの日常生活は? 生活範囲の全部が知りたい」 「それは陽月様も加谷くんとお調べになられたのでは? 同じ情報しかお伝え出来ませんよ」 「じゃあ隠し撮りとかは?」 「陽月様がお喜びになるようなお写真はありません。だいたい疲れた表情か、“今日のお相手”ですからね。ご覧にならない方が精神的に良いと思います」  却下され、陽月もしょぼんとなった。 「……ちょっと待った。それ、まさか僕は撮ってないよね?」 「いえ、ちゃんと残ってますよ。ちなみに、加谷くんが初めて春陽様をお迎えに来たところで、調査は引き上げましたけれど。さすがに加谷くんと碧生さんをエンカウントさせるのは危険すぎますからね」  いや、そこまで知ってたらもう十分だろう、と四人は思う。 「……というか、何でそれぞれ別々に動いてんだよ? 効率悪すぎだろ?」  陽月がド正論を吐く。足並みを揃えていれば、もっと早くに春陽を回収出来ていただろうに……。 「それぞれの立場を考慮すると、情報共有するのが難しい問題でしたしね」  そう雅明が返した。  リリン、とベルが鳴って春陽の帰宅を知らせる。 「では皆さん。くれぐれも、この件は春陽様には内密に」  颯真が締めて、皆が頷きを返した。  帰宅すると、陽月が迎えに出てきてくれた。 「ただいま」 「おかえり。Terrariumはどうだった?」  陽月に聞かれて、春陽は少しだけしょんぼりとしながら言う。 「あ、あのね……。椎名さんは普通の子だから、特別扱いは出来ないよ、って……言われちゃった」 「そっか」 「うん……」  それは陽月にとって、当然と言えば当然の答えだ。けれど、春陽にとっては普通ではないのだろう。階級格差が春陽を傷つけることを陽月は分かっていた。だから行かせたくなかったのに……。  ぽんぽん、と慰めるように春陽の頭を撫でる。えへへ、と少しだけ無理をして、春陽は笑った。  一緒に食堂へ入ると「おかえり」と陽太が迎えてくれる。  Terrariumはどうだった? と陽月と同じ問いを投げかけられたので、同じ答えを返した。 「ごめんね。行く前に、僕がはるに伝えていればよかったね」 「ううん。そんなことないよ。久しぶりに店……静人さんとお話出来て楽しかった」 「そう。なら、良かった」  にこ、と陽太は微笑んだ。けれど春陽が視線を落としたのを見て、内心は穏やかではなくなった。 「あ、あの……ごめんね」 「な、何が?」 「ひなは俺のこと、いっぱい心配してくれたのに、俺全然気付かなくて……」  しょぼ……と反省するように言う春陽を、陽太は「そんなことないよ!」と全力で否定する。 「はるは一つも悪くないんだよ。僕たちがもっと上手に立ち回れていたら、もっと早く回収……じゃなくて、はるを迎えに行けたんだよ」 「でも……」 「そうだよ。全部ひなが悪い」  何故か自分を悪くする春陽に、陽月がきっぱりと反対を突きつける。 「ちょっとひいは黙ってて? とにかく、はるは何も悪くないんだからね」 「元はと言えば、偽名を使ってセコく近づいたひなが悪い」 「分かったから、ひいは黙ってて」  あたふたと、陽太は二人の間を行き来する。 「……おい、何でああなるんだよ?」  帰ってきた碧生に、緋津希はコソコソと耳打ちして聞いた。 「静人様が陽太様に連絡して、二人の仲を取り持った、ってことにしたんだよ」 「どう考えたって無理があるだろ……」 「静人様はああ見えて口がお上手ですからね。愛想も良いですし」  二人の会話に、雅明もこっそりと混ざってくる。分かる、と碧生は妙に納得してしまった。 「とりあえず、陽太様の威厳は守られたと言うことで」 「ずるいですよ雅明さん」  たまには陽太様も痛い目を見ればいいのに、と緋津希の目が訴える。すみませんね、と雅明の目が苦笑した。 「大丈夫。静人様は兄ちゃんのことも褒めてた」 「何で俺なんだよ……?」  褒められるような心当たりは緋津希にはない。首を傾げると、春陽がちょうどその話題を二人に振っていた。 「確かに、ひなは偽名使ってたけど……ひいだって加谷さんに嘘つかせたんでしょ? ずるいよ」 「でも、俺は偽名は使わなかったじゃん」 「使ってなくても、あの“瀬野”は架空のデータだったでしょ?」 「高橋だって架空のデータだったくせに」 「もう、何で二人とも、そんなに嘘つきだったの? 正々堂々と来てくれたら良かったじゃん」  春陽に言われ、二人は黙り込む。春陽が知らないだけで、お互いに、いろいろと言えない事情があったのは確かなのだ。 「では、春陽様はお二人が“正々堂々”と来られたら、お二人を信じられたのですか?」  颯真に聞かれて、春陽は「えっ」と驚いた。 「お話を聞く限り、当時の春陽様はあまり周囲を信じられていらっしゃらなかったのですよね? その状態で、陽太様や陽月様に“家族だよ”と言われて、春陽様は素直に信じられますか?」  颯真の口ぶりは穏やかではあった。けれど、春陽が当時を振り返るのには十分だった。  颯真の言う通り、あの頃の春陽は他人を信用なんて出来ずにいた。一人で立つしかなかった春陽にとって、今更“家族”だなんて、甘い幻想になりかねなかったから……。 「春陽様を傷つけないよう、陽太様はゆっくりと、春陽様との時間を積み重ねられたのですよね?」  颯真に問われて「そうそう!」と陽太は頷く。 「陽月様も、まだ未成年でいらっしゃいますから、店を通すのは些か難しかったのだと思います。だから加谷くんに頼んだのではないでしょうか。主のために動くのも、執事の仕事の一つですからね」  にこ、と颯真に視線を投げられて、うんうん! と全力で陽月は頷いた。 「ですので、みんな春陽様のことを思って動いた結果、春陽様に不信感を抱かせる結果になっても当然だと思います。それを許して頂きたいとは申しません。けれど、それが最善の方法だったことを、分かってくださいね」  優しく颯真に言われ「うん……分かった」と、春陽は謙虚に受け入れた。 「でしたら、この話は以上です。夕食に致しましょう」  颯真は全員を見回すと、笑顔でその場を締めた。

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