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第8話

 階級社会は弱肉強食だ。繁栄も衰退も、すべてが家の在り方に直結する。  見苦しい姿は見せず、常に気品良く在ること。家が傾き始めたとしても、人にそれを悟られることのないように……。  大路杏奈(おおじあんな)も、小さな頃からそういう教育を受けてきた。大路家は他の上流階級に比べれば多少劣りはする。けれど、この学園に通えることは、少なくともその部類に入ると言うことだ。  だから、笑顔でいなければならない。……たとえそれが本意でなくとも。  世間では別れの季節と言われる頃に、杏奈もまた、相手の家から婚約を破棄された。  理由は明確でない。もともと、祖父同士が結んだものだ。本人たちが他界したのなら、それにこだわる必要はないだろう……と。  杏奈の父はそれを反論することなく受け入れた。もっとも、反論出来るような立場ではなかった、というのが正しいのだが。  ……階級社会は……弱肉強食だ。  それまで、大路家の中では、杏奈が一番大切にされてきた。自分たちよりずっと格上の家へ嫁ぐのだからと、家専属の執事を付けて、どこへ出ても恥ずかしくないよう、容姿も、教養も、誰にも負けないよう努力してきた。  それなのに、婚約を破棄された途端、両親の態度は変わった。これまで一番だった愛情は、婚約者のいる次女へと移ってしまった。家専属の執事から、執事学校を卒業したばかりの、頼りない者に変わった。  何度惨めな思いに、悔し涙を拭ったか……。杏奈に新しい婚約者が出来る気配は、まだない……。  いや、もうどこにもいないのだ。彼以上にすべてを捧げる価値のある相手など。  その家としては次男であっても、杏奈より年が下であっても、彼の婚約者であるというステータス以上に、自分を格上げしてくれるものなど他にない。  教室のドアを開こうとした手が止まる。 「ねえ、聞いた? 陽月様が番をお作りになられたって」 「聞いた聞いた。この前、クラスメイトの皆さんにお披露目されたんでしょ?」 「めちゃくちゃ美人だって聞いたわよ?」 「えっ? かわいいじゃなくて?」 「分からないけれど……。でも、杏奈以上の美人なんでしょ?」 「陽月様の隣で引けを取らないなら、きっとそうよね」  ……女子なのだから、恋の話や噂話が好きなのは杏奈も理解出来る。  カラ――と静かにドアを開ける。話していたクラスメイト達は杏奈の姿を見ると、そそくさと席へ戻って行った。 (言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいじゃない……)  内心苛立ちながら、杏奈も席に付く。  杏奈に婚約者がいた頃は、クラスメイト達も杏奈を持ち上げてきたり、気に入られようとする素振りが見られた。が、婚約破棄されたと知ってから、この有様だ。  結局、この世界では地位のある者が勝者なのだ。絶対的に揺るがない、地位のあるものが……。  いつも通り、何も気にしていないような涼やかな態度で本を開けば「ねぇ」と話しかけられる。 「杏奈さんは知ってる? 陽月様の番の話」 「……噂になっていることは知っているけれど、私もお会いしたことはないの」  にこ、と微笑んで言葉を返せば、そう、と彼女は前を向き直った。  だから杏奈も、手元の本に視線を戻す。  ……知るわけないだろう。それは、杏奈と婚約を破棄して以降の話なのだから。  杏奈だって、その噂は寝耳に水だった。  陽月は、杏奈に対していつも冷淡だった。いや、彼なりに配慮はしてくれていたと思う。恋人のような甘い空気はなくとも、ちゃんと“婚約者”としての扱いはしてくれていたのだから。  それがどうだ。流れてくる噂によれば、あの陽月の方が番に心酔している、なんて。 (……ありえない……何かの間違いよ……)  杏奈は小説の文字を追いながら思う。 ――「何故だ!? あいつより、私の方が……ずっとあなたに相応しいのに!」  本の中の人物が怒鳴り声をあげている。  杏奈は嫌気が差して、パタリと本を閉じた。  午後。本当に偶然にも、噂の彼と廊下で鉢合わせした。  学年が違えば、同じ学園内にいても頻繁に顔を合わせることはない。無論、彼は生徒会長なのだから、杏奈はよく顔を見るのだけれど。 「あら、陽月様。お久しぶりですね」  杏奈は笑顔で陽月に挨拶をした。彼は相変わらず「お久しぶりです」と、淡々と境界線を引くように言葉を返してくる。  数年だけでも婚約をしていた間柄なのだから、もう少し親密な態度でも良いのに……と、期待するだけ無駄な願いが頭を掠めた。 「噂、伺いましたわよ」 「噂?」 「番をお作りになられたと」  杏奈が言えば、陽月は「ああ……」と呟いた。 「ええ、まあ」  認める言葉は素っ気なかったが、表情はひどく穏やかだった。あなたそんな表情もできたのね、と杏奈が驚く程に。 「水臭いですよ。私にもご紹介してくださればいいのに」  思ってもいない言葉を吐いて、笑顔で言えば、「そうですね」と陽月は笑った。 「そのうち。正式な場でご紹介致しますよ」  それを聞いた杏奈は言葉が出なかった。いや、目の前にいる男が初めて見せる表情に、思考が固まってしまったのだ。  普段は冷たいその瞳に、温かな熱を乗せて。  冬の夜のような静けさは捨てて、春の木漏れ日のような優しさを纏って。  柔らかなたまご色の髪を揺らして、とても幸せそうに、陽月が微笑んでいたから。  思わず見惚れてしまった杏奈に「では」と会釈をして、陽月は立ち去る。後ろに控えていた執事も、同じように杏奈に会釈をして陽月の後に続いた。  見慣れたその後ろ姿でさえ、今は他人に見える。  杏奈は苦虫を噛み潰した。体の前で品よく重ねられた手が、わなわなと震える。 「……いつから……なの?」  いつから、彼はその番を欲していたのか……。婚約を破棄されたのは、その番のせいではないのか……?  「木本(きもと)」  後ろに立つ執事に声をかける。「はい。杏奈様」と木本は返事をする。 「……彼の番について、少し調べられるかしら?」  木本に視線を向けることなく、静かに指示をする。「かしこまりました」と、木本は恭しく腰を折った。  杏奈と別れて廊下を歩いていると、陽月の携帯が着信を知らせる。  陽月のプライベートな番号を知っている人物は限られる。急いで画面を確認したけれど、出るのを躊躇う。 「緊急の用件ではないのですか?」  聞いてくる加谷に、無言で画面を見せた。 『父さん』と、そこには表示されている。 「……逃げたって、どうせまたすぐかかってきますよ」  加谷に言われ、陽月は渋々電話を取った。 「もしもし」 『Ehi, Hizuki. Come stai?』 「……なんでイタリア語なんだよ?」  向こうから届く予想外の言語に、陽月は呆れた声で返した。 『Mh,……forse è perché mi trovo in Italia in questo momento?』 「じゃあ俺は日本にいるから、日本語で返すからな」 『OK! 元気してる?』 「まあ、普通に」  人が通るなら電話を切ろう――そう思いながら、陽月は廊下の壁に背を預ける。 『この前は大変だったね。ひな、だいぶご立腹だったろ? ひいは大丈夫だった?』 「うん。あ、寄付金の話、ひなから聞いた?」 『聞いたよー』 「金額的にどうなの? 安くない?」 『そうかなー、十分だと思うよ? 学校中のエアコンは新調出来るんじゃないかな?』 「安いよ。はるのためなら校舎ごと建て替えても良いのに」  陽月が言えば、翔は楽しそうに笑った。 「で、何? 突然電話なんかしてきて」 『あ、そうそう。ひい、来週のどっかで時間作れる? 話したいことがあって』 「話したいこと?」 『仕事の話。実家の仕事がそろそろ落ち着きそうだから、俺もこっちを引き上げようかなって』 「えっ!? 帰って来るってこと」  思わず声が大きくなる。隣では、加谷も同じように驚きを隠していなかった。 『そうそう。で、俺がこっちで新しく始めた事業は、ひいに譲ろうかなって』 「いらないよ」 『そう言わないで〜。日本にいながら回せるようにして帰るからさぁ。そのために一度ひいと話さないとなって思うから、とりあえず一度、そっちに帰るよ〜』  猫撫で声で言われ、陽月はため息を飲み込んだ。一体自分を何歳だと思っているのか。見た目は若くとも、中身は中年の親父なのだ。可愛らしく言われても、何も心に響くものがないのだが。 「……その話、加谷も一緒でいい?」 『うん。居てくれないと困るよ。緋津はひいの右腕だしね』 「分かった。スケジュール確認して、また連絡する」 『うん。よろしく。……で、はるの調子はどう? ちゃんと学校へは行けてる?』  翔の興味は次から次へと移ろいやすい。それは昔からなのだけれど。 「行ってるよ、大丈夫。なんなら、今日はひなも行ってる」 『えっ、なんで? ついに殴り込んじゃった?』 「三者面談だって。まぁ、ひなにしてみればこの前の件もあるから、半分殴り込みかもしれないけど」  なんて、思わず笑って陽月は言った。  ※※※  一年二組の担任である常田(つねだ)は、生徒の保護者を前にして、緊張で笑顔を引きつらせていた。  朝一番に校長室へ呼び出され、「瀬野コーポレーションの社長様には、重々失礼のないように」と念を押されていたからだ。  なのでてっきり、春陽の個人面談には、社長様直々にいらっしゃると思い込んでいた。 「春陽がお世話になっております」  丁寧に会釈をした彼は、柔らかな薄茶色の髪も相まってか、社長と呼ぶにも、保護者と呼ぶにも、いささか若すぎる。 (……瀬野くんの番さんなのかしら……)  入学したての頃の春陽は孤児だった。今は番が出来て名家で暮らしているのも、常田は分かっている。  一般社会では、それを「金持ちのαに権力で買われたΩ」と認識することがほとんどだ。教員である常田も、残念ながら一般人なので、二人の関係をそう結びつけるのは自然だった。  ならば、この面談に意味はあるのだろうか。就職するのか進学するのか、その方向性を確認するために設けられた時間なのに、春陽の中にはそんな選択肢など存在しないのではないだろうか。  だから、彼が提出した進路希望の調査書は白紙だったのだ。保護者の希望欄にも、印鑑しか押されていなかった。 (……どうやって切り出せばいいの? 将来も何も、“このまま檻に入れて飼います”とか言われたらどうしよう……)  一通り春陽の学校生活について話し終えると、常田は困って頭を抱えた。それでも、担任ならば確認せねばなるまい……!  常田は心臓をバクバクさせながら「それで……進路についてですが……」と勇気を振り絞った。春陽本人は俯いたままで顔を上げようとしない。  そうよね、自分の将来についての権限なんて、この子にはないんだもの……と、常田は春陽を憂いた。 「はるは将来について何か考えてる?」  番の彼が春陽に確認を取る。  それは事前に話し合っておくべきではなかろうか。きっとそういった会話はないのだろう、と常田は思った。 「えっと……その……俺、よくわかんなくて……」  春陽が彼を横目に見ながら呟いた。  そうよね、そんな話が出来る立場じゃないものね、と常田は内心で深く頷いた。 「そう。じゃあ僕の考えを述べてもいいかな?」  彼が言うので、来るぞ! と常田は身構えた。春陽がこくりと頷く。 「では。……こちらとしては結婚を前提に考えております」 「そうですか結婚…………けっ、結婚!?」  思わず常田が、声を上げると、春陽も同じように「結婚!?」と声を上げていた。 「なんではるまで驚くかなぁ? 当然でしょう?」 「と、当然なの……?」 「当然だよ。はるは僕たちの奥さんになるんだから」  上機嫌でそう語る彼と、予想外の言葉に驚きを隠せない春陽を見ながら、常田はぽかんと口を開いていた。  結婚……ちゃんと人権のあるやつだ。 「それで、確認のためお伺いしたいのですが」 「あっ、ああ、はい。何でしょう?」 「こちらの校則として、学生結婚は可能でしょうか」  にこ、と穏やかに笑いながら、とんでもない質問を彼はしてきた。  そもそも、学生結婚などという考えが常田の脳内にはなかった。なので、「校則云々など知らん」である。 「もちろん、学生内での結婚が不可なら卒業まで待ちますが、こちらは年齢さえ達しているならすぐにでも……と考えております。学校側としてはいかがでしょう?」 「えっ、や、えーっと……」 「先日も、私の無知により、この子の持ち物について、学校側にご迷惑をおかけしてしまったようですし……。ここはきちんと確認を、と思いましたが」 「そ、そう、ですね……。すみません、そのようなご質問を頂いたことがありませんで……」  曖昧に答えると、「決まってはいないと?」と彼は首をかしげた。常田は冷や汗を流す。  ど、どうしよう!?……そんな校則あるのかしら……本当に分からないわ……。 「……まぁいいです。こちらで後日確認いたしますので」  答えることが出来なかった常田に、少しだけ落胆したように彼は言った。  申し訳ございません、と常田は頭を下げるしかない。  そんな常田に、ですから、と彼は話題を戻すように続けた。 「春陽の進路についてはご心配頂かなくて結構です。無論、卒業まではきちんとした生活態度で臨ませますので、そこはご安心下さい」  成績も、ね? と、春陽に優しい笑みを向けて告げた。春陽は少しだけ戸惑いながら「あ、うん……が、ガンバリマス……」と答えた。 「苦手な数学もね?」 「う……」 「たまには僕が教えてもいいよ?」 「それはだめ。ひなの声、眠くなっちゃうんだもん」 「あはは、残念だなぁ」  ほわぁ〜と、二人のやり取りから、お花が飛ぶような空気が常田に届く。 (いや……本当にこの二人、どういう関係性なの?)  春陽たちが教室を出ると、次の家庭が待っていた。 「あ、お待たせ」  春陽がクラスメイトの女子に告げる。 「瀬野くんお疲れー。バイバイ」  そう手を振ってきたので、バイバイと春陽も手を振り返す。  隣では陽太が、彼女の母親に「お待たせ致しました」とにこやかに告げる。  「ああ、いえ…お疲れ様です」と母親も驚いたような顔で陽太を見ながら返した。  教室の外で待っていた雅明と碧生も、陽太に習うように軽く一礼をして、二人の後に続いて歩み出す。  その背を見送って、常田は安堵の息を吐いた。 「ちょっと今の誰ぇ? めちゃくちゃ格好良いんだけど。芸能人?」  母親が女子生徒に聞く。「瀬野くんの保護者さんでしょ?」と彼女は答えた。 「じゃあさっき廊下にいた二人は?」 「女の人は瀬野くんの執事なんだって。αなのかなぁ? 女の人なのにめちゃくちゃ格好いいよね。……ってことは、一緒にいた人は瀬野くんの保護者さんの執事さんなのかなぁ?」 「というか、どこ見てもイケメンしかいなかったね……目の保養だわぁ……」  ぽーっと頬を緩ませて、母親は呟く。 「瀬野くんの周り、やばいくらいにイケメンがインフレしてるわ。瀬野くんの番さんも超イケメンだし、羨ましぃ〜」  何気ない生徒の言葉を聞いて、常田は目が飛び出そうなほど驚いた。 「えっ!? あの人が瀬野くんの番さんじゃないの!?」 「違うと思いますよ? この前、“番です”って迎えに来た人、瀬野くんと同じ金髪だったし、学生服着てたもん。あの人どう見ても大人じゃん」  えっ……じゃあさっきの空気は何? ……何だったの?  廊下を見つめても、そこにはもう誰の姿もない。常田は狐につままれたようだった。  夜、春陽は勉強道具を抱えて陽太の部屋を訪れた。  昼間は否定したけれど、そう言えばまだ陽太に勉強を教わったことなかったな、と思ったから。  世界史の資料集をパラパラと捲って、懐かしいな、と陽太は呟いた。 「ひなは世界史得意だった?」  春陽が聞くと、陽太は「うーん、どうだろう……」と苦笑した。 「あまり勉強で苦労した覚えはないんだよね。何ていうか……“まぁ、そんなものか”って感じだったかなぁ」 「良いなぁ……俺わかんないことだらけだもん」  唇を尖らせて言うと、陽太は「それで良いんだよ」と春陽の頭を撫でた。 「僕たちは“出来て当たり前”を求められていたから……もちろん、それを窮屈とは感じなかったけれど……。一般的な教養の他にも、芸術とか、センスとか……個人の才能が出る部分は、僕よりひいの方が上な気がするよ」 「そうなの?」 「うん。株とか資産運用とか。一度、ひいとカジノに行ってごらん。こっちが引くほど稼ぐから」  苦笑しながら陽太は言った。カジノなんて、自分には不似合いすぎて想像も出来ないけれど……ドラマなどでよく見る、あの綺羅びやかな空間は、確かに陽月に似合うかもしれない、と思った。 「はるは何が得意?」 「えっ!? お、俺? 得意な物なんてないよ」  二人のように、誰かに自慢出来るような才能なんて、春陽は持ち合わせていない。 そもそも、ここが人より優れている、なんて春陽は考えたこともない。いつだって、自分は社会の底辺にいると思っているのだ。  もちろんそれは、周りが“そう思い込ませるような対応”を春陽にしてきたせいもあるけれど……それに気付くことも、春陽は出来ずにいるのだろう……。少なくとも、陽太はそう感じている。  春陽の優しさは木漏れ日のようで、可憐さは風に揺れる花のようで、感受性は心地よいぬるま湯のようだ。楽園が存在するのなら、こんな風に穏やかな場所なのだろう、と思う。 「はる」 「ん?」 「大好きだよ」  そうこぼせば、春陽は、ぽっ、と頬を染めた。 「なっ、何、突然……」 「なんとなく言いたくなって」  その言葉には理由なんていらない。つけるのは野暮だろう。  なんとなくって……と呟きながら、春陽はティーカップに手を伸ばすと、一口紅茶を飲んだ。  その何気ない動作すら可愛いと思える。陽太は、自分がそんな感情を持つなんて思ってもみなかった。  瀬野家にとって、損か得か……そんな物差しでしか、伴侶を選ぶ基準が、陽太にはなかったから。  春陽の担任の前で『学生結婚』という言葉を出したのは、些か品位に欠けてしまったかもしれない。けれど、陽太はそれでも良かった。自分と陽月の間に立つ春陽は、容易に想像出来るから。 「ねぇ、はるはウエディングドレスはどういうデザインがいい?」 「う、うえでぃんぐどれす??」 「やっぱりプリンセスラインが可愛いかな? あ、式はAラインにして、披露宴はプリンセスラインもありかな。お色直しで和装もありかも」 「ちょっ、ちょっとひな!」 「なあに?」 「お、俺、結婚式なんて恥ずかしいよ」 「……したくないの?」  聞けば、春陽はうーん、とうつむいてから、静かにこくりと頷いた。  まだ人前に出る自信がないのかな、と陽太は思う。確かに、春陽は瀬野家に帰ってきたばかりなのだから、社交界のマナーも勉強中だ。婚姻出来る年齢には、まだ時間がある。ゆっくりと身に付けてくれたら良いだけの話である。 「ね、ねぇ……」 「なに?」 「俺って、二人と結婚していいの?」  春陽はおずおずと陽太に聞いた。「出来るよ」と、陽太はけろりと答える。 「αとΩ同士なら、多重婚が容認されてるからね」  お互いの特性上、それは致し方ないのだ。  実際に陽太の周りでも、正妻とは別にΩと婚姻関係を結んだ上で、側室として入れる家も多い。古くから続く家制度の名残りでもあり、αが親権を持つためだとか、そんな程度のものではあるけれど……。  血縁関係にあっても同じだ。それこそ『運命』であるなら、それに抗うことなど不可能なのだから。  「安心していいよ」と陽太が言えば、春陽は少しだけホッとしたように「そっか」と笑った。

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