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第12話

 春陽が急いで帰宅すると、陽太は特別室で待っていた。  広いベッドで一人静かに横になる陽月の顔色は、いつもよりもずっと白くて、息をしているのかすら怪しかった。  春陽は暴れそうになる胸を抑えて、恐る恐る陽月に触れる。  ……良かった、ちゃんと温かい……。  体温を確認して、詰めていた息を吐いた。 「何があったの……?」 「分からない……。父さんと、仕事の引き継ぎの話をしていて、倒れたって。倫にも確認してもらったけど、多分“堕ちてる”んだと思う……」 「っ……!」  堕ちている……つまりは、Sub dropの状態なんだと春陽も理解する。陽月はSwitchだから、その症状が出てもおかしくはなかった。 「お、俺が……ひいを、不安にさせちゃったから……」  正妻にならない……その言葉が、陽月を追いつめてしまったのだと、春陽は後悔する。 「春陽、落ち着いて」  陽太が春陽を呼んで、瞳を覗き込んでくる。強い陽太の瞳が春陽を捉えた。 「春陽まで引きずられるな。……落ち着いて。はるまで堕ちたら、助けられるものも助けられなくなるよ」 「……っ、うん!」  揺らぐ気持ちをしっかりとここに結び付けて、春陽は答えた。いい子、と陽太が褒めてくれる。 「はる、ひいの中に入れる?」 「えっ」 「ひいの中に堕ちて、ひいを引き上げて来れる?」  一瞬、陽太が何を言っているのか分からなかった。それでも、春陽は言葉を反芻して、必死に理解しようとする。 「えっと……俺がひいのSpaceに入ればいい、ってこと?」 「そう。出来る?」  出来るかどうかと問われれば、入ったことはあるので出来るとは思う。けれど、それは陽月が起きていてくれたからで、眠った中に堕ちるのは、さすがに春陽も初めてだ。  自信がない……などと、弱音を吐いている場合ではない。 「分かった。やる」 「よし。ひいを見つけたら、そのまま一緒に俺のSpaceに堕ちておいで」  それが帰り道だ、と陽太は言った。陽太のSpaceなら、春陽は慣れっこだ。「分かった」と強く首を縦に振る。  そんな春陽に、陽太は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。 「ごめんね。大変な事を任せて。……昔は、ひいも僕を受け入れてくれたんだけど、今はきっと、拒否されちゃうから」 「ひな……?」  そう言う陽太は、どこか寂しそうに見えた。成長ってやつだよ、と陽太は苦笑する。 「ひいは、もう僕を必要とするほど子供じゃないから。……干渉されるのは嫌がるんだ」 「うん……」  それは春陽も分かる。陽月は、春陽と違って強い。……一人でも、立てる強さが陽月にはあるから。 「ひな」 「ん?」 「俺は大丈夫だからね。ずっと、ひなが必要だから。ずっと、ひなのSpaceが好きだよ」  陽太の頬を両手で優しく包んで、春陽はこつんとおでこを寄せた。  あはは、と陽太が少し湿った声で苦笑する。 「ありがとう、はる……。大好きだよ」 「うん。俺も大好き。ひなも、ひいも、大好きだよ」 「うん。僕も……。はるも、ひいも、大好きだよ」 「あのね、ひな。帰ってきたら、二人に聞いてほしい事があるんだ」 「……分かった」 「俺、二人から離れないからね。ずっと一緒にいる。ずっと二人の隣にいるから」  しっかりと決意した瞳を向けると、陽太は嬉しそうに瞳を細めた。 「……うん。ありがとう……」  愛してるよ、と陽太はキスをくれる。ゆっくりと唇を離して、春陽は陽月と陽太の手を握った。 「ひいを迎えに行ってくるね」  そう言って、春陽は瞳を閉じた。  ※※※※  コポ……と、吐いた息が玉になって浮上していく。  身体が重い……。海底に沈んで行きながら、陽月はただそこに揺蕩う。  暗くて、寒くて、光の見えない場所。  懐かしい――と、そう感じる。  春陽がいなくなってから、陽月がいた場所だ。  目を開くと、最愛の消えた現実を直視することになるから……。悲しみに心が壊れてしまう前に、陽月が自分で作り出した場所……。  ゆっくりと底に到着する。しばらくは、ここに居たい……。  ふと、春陽の事を思った。  離れて、取り戻して、もう二度と離さないと決めた。その手はしっかりと繋ぎ止めていたはずなのに……。  正妻には、ならないよ。  なぜ……そんな言葉を口にさせてしまったのだろう。  杏奈を見たからだろうか。陽月の正妻候補だったと、知られてしまったから。  それは丈之助が決めて来た。陽月の意思はそこになかった。けれど、断ることも出来なかった。  ……怖かったのだ。反論するのが。逆らえば、また大切なものを失うような気がして……。  陽月は、言葉にしないことが多い。否、言葉にしてしまうと、それが意思を持ってしまう。自分の希望だと捉えられて、否定されて、奪われるのが怖かった。素直に従っていれば、これ以上、傷つくことはないから……。  コポ……と、また息が玉になる。 「はる……はる……どこ? どこにいるの?」  小さな子供が、涙を拭いながら彷徨う。 「はる……お母さん……ねぇ、どこ……?」  探しても、探しても、ここにはいないと分かっている。 「どうしていないの? ……どうして、おれをおいていったの……?」  ぽろぽろと、瞳から溢れるそれは、空間に溶けて消える。 「陽月」  子供は、名前を呼ばれて振り返る。 「っ、ひなにいっ!」  広げられた腕の中に飛び込もうとする子供の腕を、陽月は引いた。 「もう、違うよ……。そこは」  小さな自分が、悲しげな瞳で見上げてくる。  どうして……? と聞く。 「どうして、甘えちゃいけないの……?」 「それは……」 「おれは……強くないよ……?」  息が詰まる。  ……そうだ、自分は、強くないのだ。  本当は、弱くて。甘えたがりで。一人でなんて立てなくて……。  だから、春陽が不安になるのかもしれない……。自分の正妻になることに、不安になるのかもしれない……。 「ごめん……」  陽月は子供に謝った。謝らないでよ、と子供は言う。 「おれは、強くなりたいのに。はるを守れるように、強くなりたいのに」  なんでお前が弱さを認めるんだ、と……。 「……ごめん」  ぽろりと、涙がこぼれた。  ……このまま……ここにいよう……。  陽月は目を閉じた。  弱い自分は……いらないから……。 「ひい……」  ふと、春陽の声がした気がする。  陽月の腕を振り払って、子供は走り出す。 「はるっ!」 「ひい!」  小さな春陽が、しっかりと自分を受け止めてくれていた。 「はる、はる……。あいたかった」 「おれも、あいたかった。やっとあえたね」  小さな春陽は、ぐずぐずと涙を拭いながら笑った。  小さな陽月も、同じように涙を拭った。 「ただいま、ひい」 「おかえり、はる……」 「ねぇ、やくそく、おぼえてる?」 「うん、おぼえてる」  春陽は、陽月の前にふわりと降り立った。ひい、と、子供たちと同じように陽月の名を呼ぶ。 「約束、覚えてるよ」 「うん……」 「俺は、ひいのだよ。ひいの赤ちゃん、産むから……」 「うん……」 「一緒にいるよ。ずっと、ひいと一緒にいる。もう離れない」 「うん……っ、はるっ」  ぎゅう、と陽月が抱きしめてくれる。温かくて、優しい場所。  なにも、迷う必要なんてなかったのに……。 「ごめんね。……俺、弱いから……ひいを不安にさせちゃった」 「違う……違うよ。はるのせいじゃない。俺が、弱いから……」 「ひいは弱くないよ」 「弱いよ……一人で、立てない……」 「じゃあ、一緒に立とう?」  ね? と春陽は誘う。陽月は驚いて春陽を見た。自分と同じ瞳が、強い輝きを携えて、陽月を見ている。 「大丈夫。俺も弱いから。……だから、ひいと一緒に立つよ」 「はる……」 「ひいとなら、大丈夫。もう何も怖くない」 「はる……」 「大好きだよ」  こぼれる涙は、行き先を知らずに、ただ陽月の頬を伝った。 「はる、ごめん……。もう二度と、離さないから……」 「うん」 「離れないで。俺から」 「うん。離れない」  春陽は陽月の腕を解くと、両手の指を陽月のそれに絡ませた。もう二度と解けないように。 「ひい……あのね、聞いてほしいことがあるの」 「うん……」 「俺、ちゃんと決めた。俺は、ひいのだから。ひいの隣に立つことを、もう迷わない」 「はる……」 「疑わない。信じる。だから……ひいも、俺のものでいて」  春陽が告げると、陽月の瞳が輝きを取り戻し始める。  暗くて、寒かった足元が崩れる。  光を取り戻した身体が、宙に浮かぶ。  陽月の世界が色づく。  再起動を始める。 「ひい! 大好き!」  満面の笑みで、春陽が笑う。 「だからね、一緒に帰ろう!」  繋いだままの手を春陽は引いた。こっちこっちと、陽月を導く。  二人揃って、そこへ飛び込む。  空間が、色彩を変える。 「ひな!」  春陽が呼ぶと、二人の下には陽太がいた。  両手を広げて二人を受け入れてくれる。  春陽と一緒に、陽月もそこへ飛び込んだ。陽月もよく知っている、優しくて温かくて、守られる空間……。 「おかえり」  陽太は二人を見て言った。ただいま! と春陽は笑う。 「……ただいま」  陽月も、照れながら告げる。 「おかえり……」  陽太は、昔と変わらない様子で陽月を受け入れる。  その間で、春陽は嬉しそうに声をあげた。 「ねぇ! 俺、二人に言いたい事があるんだ!」 「うん」 「なあに?」  陽月と陽太の顔を、しっかりと見つめながら、春陽は言葉にする。 「俺を、二人の正妻にしてください。……頼りないかもしれないけど、ちゃんと頑張るから」  ぼろりと、春陽の瞳から涙がこぼれた。それが、決意と幸せの涙だと、二人は理解する。 「うん……。大丈夫、はるは俺たちが守るよ」 「誰にも負けないくらい幸せにするから……。覚悟してて」  二人の宣言を受け取って、えへへ、と春陽は笑った。  重いまぶたがゆっくりと開く。目に飛び込んできた光が強くて、陽月は数回瞬きを繰り返した。  と、それを遮るように、陽月の顔に影が落ちる。 「……ひい?」  不安そうに自分を呼ぶ声。はる、と小さく呼び返す。  自分の身に何が起きたか……思い出そうと額に寄せた手に、ぽたりと雫が落ちてきた。それが春陽の涙だと理解するのに、時間はいらなかった。 「ひい……め、さめた……っ、よかったよぉ……」  ぼろぼろ、と大粒の涙を素直にこぼしながら、春陽は安堵の息を吐く。  どうやら、とても心配をかけたらしい。「ごめん」と呟くと、春陽はぶんぶんと首を横に振った。 「ひいが、悪いんじゃないよ……俺が……」  悪い、と言おうとする春陽を止めて、「はるは悪くないよ」といつものように返す。  体を起こすと、春陽は陽月に飛びついてきて、わんわんと泣いた。病み上がりの体でも、陽月はそれをしっかりと受け止める。 「気分はどう?」  ベッドに腰掛けながら、陽太が聞いてくる。状況をうまく整理出来ていないのが分かったのか、「倒れたでしょ」と続けた。 「心労からくるSub dropだろうって、倫が言ってたよ」 「……あぁ……」  そういえば、何となく思い出す。  翔に仕事の引き継ぎを受けていたのだ。ちゃんと聞いていたつもりだったのだけれど、意識はどこか遠かったように思う。 「どのくらい寝てた?」 「一日半くらいかな」  寝すぎ、と自分でも思った。迷惑をかけたとうつむく陽月の頭を、わしゃわしゃと陽太は撫でる。 「なっ、何……」 「心配はしたけど、それを自分のせいにしないの。……一人で抱え込まなくていいんだよ?」  怒っている訳ではない。ただ、本当に心配した、それだけなのだろう。  「ごめん」とこぼすと、「違うよ」と春陽は反論してくる。 「“ごめん”じゃなくて、“ありがとう”だよ。俺もひなも、ひいに謝ってほしいわけじゃないんだもん」 「はる……」 「いっぱい心配したけど、ひいの目が覚めて良かった」  そう言って笑う春陽の目が腫れぼったい。陽月が目を覚ますまで、何度涙を拭ったのだろう……。 「そうそう。はるなんて、心配してご飯半分しか食べなかったんだから。お菓子は食べれたけどね」 「お菓子って言ってもプリンだもん」 「マカロンとクッキーも食べたね」 「食べた……けどっ。……心配はしてたんだもん!」  苦笑しながら回想する陽太に、春陽は拗ねたように返した。 「ひいはどう? 軽く何か食べる?」  そう聞かれて、陽月は胃袋と相談した。もともと、陽月もそんなに多く食を必要としない。とりあえず、水くらいでちょうどいいかもしれないと思った。けれど、 「おかゆ食べる? 作ろうか?」  と、春陽が言うので、「作れるの?」と聞き返してしまった。 「おかゆくらいは作れるよ」 「じゃあ、それで……」  リクエストをすると、分かった、と春陽は部屋を出て行く。  その姿を見送りながら、春陽がおかゆを作れる事実を、陽月はゆっくりと噛みしめる。  ふと、陽太を見ると、当然のように「ご相伴にあずかります」という顔をしていた。それがなんだかおかしくて、陽月は笑う。 「何?」 「いや、何でもない」 「何でもない、って態度じゃないじゃない」  拗ねたように唇を尖らせる。そういえば、昔は陽太のこんな姿なんて見たことがなかったな、と陽月は思った。 「……はるが迎えに来てくれた……?」  そう聞くと、「うん」と陽太は答える。 「僕が呼んでも、ひいは嫌がるだろうと思って」 「それは……まぁ……」 「はると一緒なら大丈夫かなって。……一種の賭けではあったけど」  結果オーライでしょ? と笑う。  本当に、春陽に危険なことはさせないでほしい……。けれど、ああでもしないと、自分は帰って来れなかったかもしれない、とも思う。 「……ひな」 「ん?」 「ありがとう。ひなのSpace、懐かしかった」  何年ぶりに飛び込んだそこは、あの頃と変わっていなくて……。でも、春陽が一緒にいたから……昔よりずっと安定していた気もする。 「たまに入ってきてもいいよ?」 「嫌だよ」 「はると一緒においでよ」  まるで友達の家に遊びに行くように陽太は誘う。  春陽と一緒に、たまになら……と陽月は返した。  しばらくすると、春陽が戻ってくる。  熱々のおかゆを小さな鍋から器に取って、春陽は陽月に手渡そうとした。  食べさせて、と甘えるように口を開くと、春陽はスプーンに軽くおかゆを掬う。 「あ、熱すぎるとやけどしちゃうよね」  言って、ふうふう、と息を吹きかける。 「はい。あーん」  陽月は、差し出されたそれを素直に口に収めた。 「美味しい?」 「うん」 「なら良かった」  春陽は安心したように笑みをこぼす。 「ひいばっかりずるいよ」と、陽太もそれを欲しがった。 「ひなは元気じゃん?」 「元気だけど、元気じゃないの」  なにそれ、と苦笑しながら、春陽は陽太にも同じようにおかゆを食べさせてあげる。  陽月と、陽太と、交互に口を開けてくるから、まるで鳥の餌付けみたい、と春陽は笑った。  翌朝、顔を合わせた加谷は、真っ先に陽月に謝罪をしてきた。陽月の心労が蓄積していることには、加谷も気づいていたから。 「ご無理をなされないよう、止めるべきでした」 「ううん、そんなことないよ。分かってて無理をしたのは俺の方だから。加谷にも心配かけた」  ごめん、と言いかけて、陽月は止まる。 「ありがとう」  礼を伝えると、加谷は驚いたような顔をした。 「こういう時は、ごめんじゃなくて、ありがとうだって、はるが」  穏やかに言うと、「左様ですか」と加谷は笑みを浮かべた。 「春陽様は、ちゃんとお心を決められたのですね」  だから陽月も安定出来るのだと、加谷は思う。本人たちが理解している以上に、もっと深くお互いにリンクしてしまうのを、加谷は分かっていたから。 「……はるが、俺を迎えに来てくれた。俺と一緒に立ってくれるって……」 「……はい」 「加谷のアドバイス通り、はっきり言ってみて、良かった」  以前よりもっと近い距離に、春陽が来てくれた気がするから。 「ああ、そうだ。俺、加谷の気持ちが分かった気がしたよ」 「私の? 何がですか?」 「プロポーズの、あれ。はるに“ひいも俺のものでいて”って言われた」 「ああ……返しのことですか?」 「うん。いつも俺が言う側だったから。言われるのも悪くないなぁ、って思ったよ」  苦笑交じりに言うと、「そうですね。たまには」と加谷も笑い返した。  揃って食堂へ向かうと、すでに春陽がいた。見慣れたジュエリーボックスがテーブルにある。春陽が家に戻って来てからずっと使っていたものだ。学校から注意された髪飾りが収納されている。  どうした? と陽月は聞いた。学校用に新しく用意したものは、それとは違う箱のはずだ。 「えっと……今日はここから選んで欲しくて……」 「ここから? 良いのか?」  怒られたから髪飾りはいらない、とまで言ったのに、どういう心境の変化だろう……。 「うん。ここからが良い。こっちの方が、可愛いの、いっぱいあるから」  だめ? と陽月の顔色を伺いながら、春陽は上目遣いで聞いてくる。 「はるがいいなら、いいよ」  そう答えると、やった、と春陽は笑った。 「あのね……俺も、我慢するの、やめようかなって、思って……。ひなが新しく買ってくれたのも嬉しいんだけど、やっぱり前から持ってるやつの方が落ち着くし……。それに、今度からはちゃんと、“嫌”って、言えそうな気がするから……」 「はる……」 「だからね、大丈夫。遠慮せずに、ひいが好きなの選んでくれたら嬉しい」  そう言われて、春陽の横に並ぶと、一緒にジュエリーボックスを覗き込んだ。  優しい色合いの物、小さくても本物の宝石があしらわれた物、職人が丁寧に作った一点物……どれも一般の高校生が持つのには高価で、らしくないかもしれない。けれど……。 「はるに、よく似合うよ」  きらきらと光を反射する花の髪飾りを春陽にかざして、陽月は満足そうに微笑んだ。  ※※※※  雅明から受け取った仕事の進捗状況を確認して、陽太はほっと胸を撫で下ろした。  正直、この年末の多忙な時期に休暇を取るのには不安があった。それでも、陽太にとって今は二人の方が優先順位が高い。  だから、二人が元気になったら今度は馬車馬のように仕事をせねば……と思っていたのだが。 「余計な事はしてなさそうだね」  顔を上げてそう告げると、陽太の執務机に座った翔が、「余計な事ってなぁに〜」と聞いた。 「ついでにこれも、って上乗せするでしょ」  陽太が手を空けている間、その仕事は一時的に翔が引き受けていた。向こうにとんぼ返りするよ、と言っていたはずなのに、今もこうして寛いでいるということは、陽太が思っているほど、翔は忙しくないのかもしれない。 「だって一気に片付いたら楽じゃない」 「質が落ちたら意味がないでしょ。まぁ、今回はそんなこともなさそうだから良いけど」  陽太が泳がせていた案件も、翔は決定してしまっていた。何か他の意見が出るのを待っていたのだけれど、そろそろ潮時だったのは確かだ。  翔は椅子から立ち上がると、陽太の所までやってきて、そこから書類を取り上げた。 「本当はさぁ、これとこれ、合わせて同時進行したら良いんじゃないと思ったけど」 「はぁ?」 「達臣が“駄目”って許してくれなかった」  そう言われて、陽太は達臣に視線を投げる。 「……確かに出来なくはないでしょうが、陽太様はお好きではないと判断致しましたので」 「OK、さすが達臣。一緒に行ってくれて助かったよ」  素直に礼をすれば、いえ、と達臣は謙遜する。 「都度、雅明には確認しつつ進めておきましたので、大きな問題はないかと思います」 「はい。こちらでも改めて確認致しました。陽太様がお困りになるようなことはないかと」  二人が言うのなら、陽太も安心出来る。 「じゃあ父さんは、帰って来てからはちゃんと達臣も連れて歩いてね」  陽太の言葉に、翔も達臣も「え」と声を上げる。 「嫌だ〜、俺こっちの仕事なんてしないよ」 「何言ってるの。当主でしょ?」 「器じゃないもん。早々と定年退職する予定なのにー」 「当主に定年はないでしょ。死ぬまで働いてよ」  えーっ、ひなの鬼ー! と翔はぶーぶー騒ぐ。 「あの、陽太様……私は……」  翔様とは、ちょっと……と達臣は言葉を濁しながら拒否をする。 「どうして? ちゃんと出来るじゃない」  きょとんと陽太は達臣を見る。正直、達臣をブレーキ役に置いておかないと、陽太も心配ではある。  うーん……と難色を示す達臣に、陽太は「そう嫌がらずに」とはっきり言った。 「達臣ぃ〜やってよ〜。お願い」  甘えるように小首を傾げて、陽太は達臣を見る。出た……と雅明は思った。 「……それは誰の真似ですか?」 「はるかな?」 「妙な事を学習なさって……」  達臣はため息をつきながらも、しょうがないですね、と受け入れる。 「そうですか。では達臣さん、よろしくお願いします」  これ、と寿津彦はにこにこと笑顔を浮かべて、達臣に翔を押し付けようとする。 「何言ってるんですか寿津彦くん。私はあくまでも手伝いで同行するだけですよ。翔様の執事はやりませんからね」 「そう言わずに」 「嫌ですよ」 「ちょっとぉー、何で二人して嫌がるんだよぉ」  ひどーい、と翔が拗ねる。  そんな三人を見て、陽太も、多少は肩の荷が降ろせそうだと思った。 「雅明、父さんに押し付けられそうな仕事、見繕っといて」  こそ、と持ち掛ければ「かしこまりました」と雅明も頷きを返した。

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