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Episode13 皇帝ノ玩具【R18】

この身体がどれほど傷つこうと、僕の心だけは、この男には決して渡さない。 それだけが、僕に残された、最後の抵抗だった。 そんな僕の心を読んだわけではないだろうに、皇帝が僕の瞳を覗き込んできた。 顎を掴まれ、視線を逸らせなくなる。 「震えているな」 皇帝は、薄く笑った。血の通わぬ絵画のような微笑だった。 「あれは来ない」 瞳が揺れ、視線が一瞬ブレた。 「来たくても来られん。あれは私の息子だからだ」 静かな声音は恐ろしいほど穏やかで、まるで息子を想う父親のそれのように錯覚させた。 「私に逆らえば、地位を失う。兵を失う。命を失う。あれは、その程度のことは分かっている」 皇帝は愉快そうに目を細めた。 「だから、お前はここにいる」 喉が震えた。 泣くな。僕は自分に強く言い聞かせた。 泣くな。絶対に。この男の前で涙を見せるな。 至近に迫る皇帝の虹彩は、氷の彩を思わせる。 息子である殿下のものとは、似ても似つかないほど冷え切った色をしていた。 「あれのことだ。迎えに行くとでも言ったのだろう。弱い者ほど、約束を口にしたがる。――守れぬ約束ほど、残酷なものはないというのに」 僕を見下ろす皇帝の双眸が、一瞬だけ遠くを見た。 まるで、僕を通して何か違うものを見ているかのように。 だがその真意など、今の僕に分かるはずもなかった。 僕は、唇噛み締めた。口内に、鉄錆の味が広がる。 殿下は、迎えに来ると言った。 僕にとっては皇帝なんかの言葉より、殿下との約束のほうが遥かに重いものなのだ。 「ふん……父親と、同じ眼をするか」 「――っ……!」 明らかな動揺を見せた僕を、皇帝は冷ややかに、しかし愉悦を湛えた目で見下ろしていた。 「お前の父王も、最期まで折れぬ眼をしておったわ。屈すれば、命ばかりは残してやったものを」 「――貴……ッ」 貴様、と口にしそうになったのを、寸でのところで理性が遮った。 頭の芯を殴りつけられたような衝撃だった。 意識がぐらぐらと揺れ、視界がおかしなくらいに歪んだ。 呼吸が乱れ、指先から痺れていく。 皇帝はそんな僕を悦に満ちた眼で見下ろしながら、行為をよりいっそう荒々しいものにさせていった。 両腕をきつく縛り上げられ、寝台に固定された。 爪が食い込み、新しい傷が古い傷の上に重なっていく。 痛みに意識が朦朧とする。 それでも、涙だけは、決して零さなかった。 ――絶対に、泣かない。 この男の前でだけは。 やがて、皇帝は満足したのか、あるいは飽きたのか、行為は終わりを告げた。 乱れた寝台の上で、使い古された人形のように、僕はただ横たわっていた。 括られていた手首を解かれてなお、指一本動かす気にもなれなかった。 「存外、しぶといな」 皇帝は自らのほとんど崩れていない身形を整えながら、僕を一瞥した。 「貴様は強い。痛みにも、恐怖にも、顔色一つ変えん。だが――」 双眸を細め、興味深そうに呟く。 「あれの名を出した途端、目が揺れた」 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。 「なるほど」 皇帝は満足げに頷く。 「人は守りたいものができた瞬間から弱くなる。あれは貴様を守れない。守ろうとすれば、自らを滅ぼす」 ――やめろ。 僕は皇帝の言葉を、絶望の中で聞いていた。 ――殿下を巻き込むな。 自分の所為で、彼の立場が危うくなる。それだけは、避けなければならない。 自分が彼の足枷となる。そうは、なりたくなかった。 ならば、僕はどうあればいい。 この身を投げ出してでも、彼の前に立ちはだかる盾になること。 この男の目に、決して『弱み』として映らないこと。 それだけが、今の僕にできる、唯一の贖罪であり、抵抗だった。 この身など、どうなっても良かった。 第三皇子ヴィルヘルムを殺せなかった自分は、昨日死んだのだ。 ならばこの先、何のために生きるのか。 その答えは、もう決まっていた。 「玩具として弄ぶには、悪くない」 踵を返しかけた皇帝は、一度半身だけ振り返った。 「――その様子だと、あれはまだ知らんようだな」 何が愉しいのか、肩を揺らして嗤っていた。 「あれの初陣を飾ったのだ。お前の父も、光栄であろう」 煽るような声にも、僕の心はおかしなくらいに凪いでいる。 去っていく足音を、僕は何処か遠いもののように聞いていた。 独りになった部屋で、震える呼吸を整えた。吸って、吐いてを意識的に繰り返す。 吐くことに意識を集中させたなら、次第に手の痺れが和らいでいった。 こういうときどうすれば良いのか、何度も繰り返した経験から学んだことだった。 涙は最後まで出てこなかった。 昨晩で、出し尽くしたのかもしれない。 或いは、あの男にだけは泣かされてなるものかという意地かもしれなかった。 「――……」 彼の名前だけが、音にならないまま、僕の唇の上で震えていた。 声を上げて、呼びたかった。 けれど、その名を口にすれば、今にも泣いてしまいそうだった。 彼は、迎えに来ると言った。 その約束だけが、砕けそうな僕の心を、かろうじて繋ぎ止めていた。

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