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Episode27 虚構ノ証言

殿下が連れ去られたあとも、僕はその場から動かなかった。 靴裏の鋲が床を叩く硬い音が、次第に遠ざかっていく。 静寂を取り戻しつつある廊下の真中で、僕は静かに瞼を閉じた。 ――まず、何を疑う。 殿下が拘束された理由は三つ。 昨夜、父帝陛下の私室を訪れていたとの証言。 「生かしておいてはならない」と発言したという証言。 そして、それらを密偵機関が裏付けたという事実。 どれも、あまりにも出来過ぎている。 「――いや、違う」 証拠が揃っているのではない。何者かに揃えられているのだ。 ならば証拠を作った者を探せば、自ずと犯人に辿り着くはずだ。 閉じていた瞼を上げ、静かに前を見据えてから、僕は意を決したように踵を返した。 殿下は昨晩、ずっと僕と私室にいた。皇帝陛下の元を訪れたりはしていない。 しかしそれを証明するものは、僕の証言が認められない以上何もない。 当然、昨晩殿下が私室から出ていないことを確かめた上で、虚構の証言が為されているということだ。 殿下の居所を証明することができない以上、やはり歪曲された事実の綻びを突くしかない。 着目すべきは、証言をしたとされる侍従だ。 先ず向かった先は、書庫だった。 過去数年分の宮廷記録、密偵機関の組織図、そして皇帝の私室付きの侍従たちの配置記録。それらを、片端から目に焼き付けていく。 一度見れば、忘れることはない。それが、僕に与えられた最大の武器だった。 だが、記憶力だけでは真実には届かない。すべてに目を通すだけの時間がない。 必要なのは、限られた時間の中で探るべき記録はどれなのかを見抜くことだ。 僕は侍従の勤務記録から手に取った。 もし証言が真実なら、その侍従はその場にいたはずだ。 記憶するべきと判じた箇所を、一字一句を漏らさぬよう、脳裏に刻み込んでいく。 侍従の証言には、不自然なところがいくつもあった。 記録によれば、その証言をしたとされる侍従は事件当夜、別の任務で私室から離れた場所にいたことになっている。 勤務記録に記載されたあの晩の配置と証言内容が、明らかに矛盾していた。 誰が何処にいたか。その事実はこの城内で働く以上、そう簡単に捻じ曲げられるものではない。 何故なら、城内にはありとあらゆる場所に人の目があるからだ。そしてそれらの目は、ほとんどが正式な記録として書き留められている。 城門の出入り記録、夜警の巡回記録、厨房への食材搬入記録、給仕の当番表、馬車の出入り、全職員の当番表、要室への入室記録――僕はすべての記録に目を通し、矛盾を拾い、彼の当日の居場所を揺るぎのないものとした。 複数の記録が、ひとつの事実であることを指し示していた。もはやそれは推測の域を超え、限りなく真実に近い。 だが、これだけでは殿下を救うことはできない。追い詰めるには、確かな証拠が要る。 僕は次に、密偵機関の記録保管庫へと向かった。 奴隷という立場は、こういう時にこそ役立つ。清掃中であるように振舞えば、誰も下働きの奴隷が書庫の奥を彷徨っていることに、疑いの目を向けはしない。 保管庫の奥、埃を被った棚の中に、僕は目当てのものを見つけた。 密偵機関の内部人事の記録だ。ここ数ヶ月の異動記録に目を通す。 ――やはり。 侍従の証言を取りまとめたとされる部署の責任者は、三ヶ月前、ルインハルト殿下の推薦によって現職に就いていた。これで、証言の出所は明らかになった。 だが、まだ足りない。 ルインハルト殿下の関与を示す、もっと直接的な証拠が要る。 僕は、記憶の中にある全ての情報を、頭の中で構築していった。 ノルヴィス様の失脚。皇帝陛下の崩御。そして今回の証言捏造。 すべてに共通する一本の糸を辿れば、必ずどこかでルインハルト殿下が下した指示の痕跡に行き当たるはずだった。 気づけば三日が経っていた。 僕はほとんど眠らずに、宮廷内のあらゆる記録を追い続けた。 食べることもしなかった。できなかったのではなく、没頭し過ぎて忘れていた。 ただ死なない程度に水分だけは摂りつつ、僕はひたすら書の頁を捲り続けた。 最後に、密偵機関の会計記録に手を伸ばす。 保存された会計帳簿は五年分で、何百頁にも及ぶ。 本来であれば気が遠くなる量を、僕は一頁ずつ、隅から隅まで漏らさぬよう記載された数字を追い続けた。 二年前。異常なし。 昨年。異常なし。 三ヶ月前――そこで手が止まった。 摘要欄に『情報収集費』とだけ記されているその金額は、決して大きくない。 だが同じ名目の支出が、短期間に幾度も繰り返されていた。 しかも受領者は、すべてあの侍従だった。 一介の侍従へ、これほどの金を渡す理由などない。 これは偶然などではないと、同じ真実を示す他の状況証拠が物語っていた。 覆せない論理は揃った。責任者の異動、証言の捏造、そしてその対価としての金銭の授受――これによって得をするのは、ただ一人を於いて他にない。 これを白日の下に晒せば、ルインハルト殿下の関与は、もはや誰の目にも明らかになるはずだ。 だが、僕はまだ動かなかった。 この証拠を、どこで、誰に、どのように突きつけるか。 それを誤れば、証拠そのものを揉み消されるか、あるいは僕自身が消される可能性すらあった。 ――慎重に。だが、迅速に。 殿下が拘束されている間、時間は決して僕の味方ではなかった。 窓の外には、雲一つない夜空が広がっていた。 浮かぶ月の姿を見上げながら、僕は次の一手を組み立てていた。 殿下を救うために。そして、この帝国からあの完璧すぎる仮面を被った男を引き摺り下ろすために。 城内の違う場所で、殿下も同じ月を眺めているだろうか。 星を散りばめた夜空は、焦がれて止まない彼の瞳と同じ彩をしていた。

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