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Episode32 夜ヲ越エテ【R18】
「――フィン、動いても、良いだろうか」
「ぁ……っ、……ゆっく、り……」
「――すまない、それは、難しい」
「ぁ、あっ……待っ、……んぁッ」
フィンの願いを聞いてやる余裕はなかった。限界まで引いた昂ぶりを、再び一気に奥へと打ちつける。
肌が擦れ合うたび、抑えの利かない熱が全身を巡り、理性の糸が焼き切れていくのが分かった。
「あ、あっ、や、ッ……ヴィル、ッ!」
身を捩りながらもしがみついてくる、その指先が背に食い込む痛みすら、私の欲を煽った。
角度を変え、腹側の粘膜を擦り上げるように幾度か穿つと、フィンはひときわ高く啼き、大きく身を跳ねさせた。
「――あぁ……っ!!」
白濁が、フィンの腹を濡らす。
――こんなにも、あっけなく。
久しく交わっていなかったからか、その呆気なさに、私は僅かな愛おしさを覚えた。だが、それを慮ってやる余裕は、もう私にはなかった。
絶頂に強張る身体を、私はなおも荒々しく揺さぶり続けた。
フィンの大きく見開かれた瞳が、懇願するように揺れている。
「ひ、あ、あぁッ……やっ、ヴィル、やだッ、待って、まっ、て、……!!」
「――すまない、フィン……!」
謝罪の言葉とは裏腹に、律動は加速していく。額から滴る雫が、フィンの胸元を濡らした。
きゅうっと締め付けてくる熱に、私はもう、抗うことができなかった。
「フィン……何処へも行くな……ずっと、傍にいてくれ……!」
「っひぁ……ぁ、あ、あっ、も、ダメ……だめ……ッ!!」
白濁を出し尽くした先端から、なおも透明な蜜が零れ続けている。最奥を突くたび、フィンは悲鳴のように啼いた。
――もう、戻れない。
霞んだ思考の隅で、それだけを理解していた。
あの血は魔性だと父は言った。狂わされると。
初めて父の言うことに頷ける気がした。
だが、狂ったっていい。壊れたって構わない。
フィンが傍にいるのなら、フィンと共に歩めるのなら、他には何も望まない。
私は腰を深く抱き込み、ただ、この愛しい存在を貪り尽くした。
一番奥に、想いのすべてを解き放つ。己の証を、深く刻み込むように。
「あ……ぁ……」
フィンは腰を震わせて、私の熱を受け止めてくれた。
最後の一滴までをも搾り取ろうとするかのように、内壁が収縮する。
促されるまま熱を出し尽くしたあと、私は肩で息を繰り返しながら、自身を引き抜いた。
赤く腫れたその場所から私の注いだ白濁が溢れ、あわいを伝い落ちていく。
そのひどく淫猥な光景を眺めながら、冷静さを取り戻した思考で、ふと考える。
この理性の及ばなさは、我ながら獣のようではないか、と。
こんなことは、初めてだった。これまではいかなるときも、頭の片隅にはひどく静かな自分が、俯瞰的に物事を見ていたはずだった。
それが今ではどうだろうか。ただがむしゃらに相手を求め、悦に溺れ、欲のままにその身を掻き抱いている。そこには理性など、ひと欠片も残されてはいない。
「……ヴィル……気持ち、よかった、ですか……?」
浅く速い呼吸を繰り返しながら、フィンが問うてくる。
どこか不安そうなその面持ちに、胸の奥を、何かがそっと掻き立てた。
「――あぁ。悦過ぎて、おかしくなりそうだ」
「……良かった……」
フィンは、安堵したようにほっと息を吐いた。
湛える微笑は艶麗なものでありながら、しかし消え入りそうに儚いものにも見えた。
「どうした。なぜそんなことを聞く」
フィンは何かを言いかけて開いた唇を、躊躇うように一度噤んだ。
そうして、ヴィル、と呼んだその声音は震え、掠れていた。
「――ごめ……なさ……」
フィンの瞳が、ふと揺れる。
「フィン……?」
「僕の身体は……綺麗では、ない、から。……この身は、もう、何度も……」
声は、ひどく震えていた。
「こんな身体で……あなたに触れられる資格が、あるのかと……そう、思ったら……」
その言葉に、私は思わず息を止めた。
フィンの呼吸が、先ほどとは違ったふうに乱れ、震える。
「僕は、ちゃんと……あなたを、悦ばせられていますか……?」
「っ、当たり前だろう」
「……あの方々の残り香が、まだ僕の中に、残っては、いないですか……?」
「フィン……!」
私はそれ以上フィンに話させたくはなくて、その頬を両手で包み込んだ。
濡れたサファイアの瞳を、至近に覗き込む。
「――私の、父が、兄が、すまなかった。……そして、私もだ。お前を虐げ、その心にまで傷を負わせた」
「殿下は、悪くありません。謝らないでください……」
「ならばお前も、謝るな。私はともかく、お前が謝るようなことは何一つない」
私は、フィンの額に、自分の額を押し当てた。
汗ばんだ肌から、確かな体温が伝わってくる。
「私が触れているのは、今、ここにいるお前だけだ。過去に何があろうと、それは変わらない」
フィンの瞳から、また新しい涙が溢れた。それは、確かな安堵の色を帯びているように見えた。
「――ヴィル」
ようやくその名が、震えることなく紡がれた。
私はその名を受け止めるように、深く口づけた。
その口付けはやはり、微かな塩味がした。
私たちはその後もこれまでにないほど深く、互いを求め合い続けた。
言葉は少なかった。だが、触れ合う指先の一つ一つに、これまで積み重ねてきたすべての想いが宿っているようだった。
初めての夜の暴力も、そのあとの自己嫌悪も、復讐の刃も、看病した夜も、過去の告白も——そのすべてを経て、今ここに辿り着いた互いの想いが、静かに肌を通して語られるようだった。
「……ヴィル……、ヴィル……っ!」
繋がっている間、フィンは涙を流しながら、何度も何度も私の名を呼んだ。
身分を示す呼称ではなく、ただ一人の人間としての、その名を。
名を呼ばれるたび、胸の奥が満たされていく。
――これが、愛というものなのだろう。
愛を知らなかった私は、ようやく、その答えに辿り着いた気がした。
罪も、過去も、消えることはない。
それでも、その重さごと受け止め合える相手がいることが、これほどまでに人を支えるのだということを、私は今、初めて知った。
どれだけの時間が過ぎたろうか。フィンは私の腕の中で、静かに寝息を立てていた。
三日三晩、ほとんど眠っていなかったはずだ。それを分かっていながら、私は無理をさせ過ぎた。
精を出し尽くし、最後は明確な吐精もないまま、ただ身を震わせていたフィンは、やがて糸が切れたように意識を手放してしまった。
私が与える刺激に、全身で応えてくれるフィンを前にすると、どうにも抑えが利かなくなる。
揺れる腰、仰け反る背、震える喉、指の力、強張る足、啼き声を零す唇――それらすべてが、私の理性を容赦なく打ち砕いていく。
労わりたいと思うのに、嗜虐にも似た感情が込み上げるのを止められない。
――私は、どこかおかしいのだろうか。
汗ばんだ額に張りつく髪を払ってやりながら、安らかな寝顔を見つめる。
涙に濡れた隈を指の腹でなぞり、その額に、そっと唇を寄せた。
「――ゆっくり眠れ、フィン」
泥のように眠る彼の耳に、私の声は届かない。
それでも、ほんの僅かに、その表情が緩んだような気がした。
私はしばらくの間、ただその寝顔を見つめ続けた。
かつて、復讐だけを胸に抱えて生きてきたこの男が、今はこんなにも無防備に、私の腕の中で眠っている。
その事実だけで、胸の奥が締めつけられるように熱くなった。
――この寝顔を、生涯、守り抜く。
誰にも脅かされることのない、穏やかな眠りを。
私もまた、微笑を湛えたまま、瞼を落とす。
瞼の裏に浮かぶのは、血に塗れた玉座だった。
先ずはその場所に至り、穢れを清めなければならない。
沁みついたものを落とすのは、容易なことではないだろう。
それでも、フィンが信じてくれた未来を、必ずこの手で実現させてみせる。
窓の外には、いつの間にか雲が晴れ、満天の星空が広がっていた。
シーツに流れるフィンの白金の髪は、夜空に燦めく星々よりも、遥かに眩かった。
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