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1章(1)

別に決まっているわけではないのだが、呼び出される日はだいたい土曜日の夜だった。稀に金曜日になることも以前はあったが、最近はほぼ土曜日である。 それも不定期。 恋仲になってからもう十年になるというのに、会えるのは月に一、二回だけで、短い言葉を交わして後はベッドの中にいるのがいつもの流れである。それに満足はしていないものの、別に不満はない。 互いに二十代後半になり、多くの仕事を任されるようになってきたのだ。これまで以上にプライベートが潰されてしまうのは、まあ致し方ないことなのである。 加えて恋人はなにかと優秀で、順調に昇進の階段を昇っていっている。それは恋人として喜ばしいことであり、決して邪魔をすることはできない。 働き始めた頃は、上層部の一部が腐敗していることを嘆いていたし、それを変えるためにもどんどん上を目指そうとする彼を心から応援していたのだって自分だ。 会える時間が少ないことを許さないなんて思うほど子どもでもないし、自分勝手にもなれない。何せ自分も仕事を蔑ろにはできないからだ。 そんなこんなで、月に一回会えればまあ良い方かと自分に言い聞かせることにも、だいぶ慣れてきてしまっていた。 知人とそういう話になることもある。具体的な名前を出すことはしないが、もし遠距離の恋人ができたら、もし相手が単身赴任が決まったと切り出してきたら、といった「もしも」の世界を話したがる、他者の考えを聞きたがる人は多くいる。 それに正直に答えれば、「寂しいとかないんですか」と返されるのが大半だ。特には気にしない。寂しいのは当然だと思うが、自分はそれで何年も関係を続けてきた。 元より、想いを告げて交際を申し込んできたのはあちらからだったとはいえ、だからといって相手の方が想いが強いとは限らない。 恐らくは、愛情の比率で考えるのなら自分の方が上回っているのだろうと思う。 だから、どんなに忙しく仕事で遅くまで残って体力も気力も削られた夜であっても、月に一、二回ある土曜日の夜の呼び出しには必ず応じてきた。 それで体を重ねて、日曜の朝がやって来る頃には隣に恋人の姿がなくても、まあいいかと思えるほどには、恋人の全てを許せるほどに好いているのだ。 許そうと思えばなんでも許せるのである。 自分にとって、一番大切で愛情を抱いている人間であれば。 許せないことなんて、本当はそんなにないのだ。何故なら自分にとってはその人が一番だから。 ───許したくなくても、許さざるを得ないことが、いつしかできていたのは知っていた。 しかし、そのおかげもあり、これまで十年もの長い間ずっと関係が続いてきたのも事実なので、今更何も口出しはしない。 学生の頃の有り余った時間と自由は、大人になるにつれてなくなっていくものだ。それをいちいち嘆いていては今を生きるのが大変になってしまうだろう。 慣れた電車内のアナウンスを聞きながら、手に持った紙袋の中でそれの位置がずれていないかだけを確かめた。 特に何かを考えなくても、もう足が勝手に動きを覚えている。 僅かに揺れる空気の中で、ホームに足を踏み出す。 そのまま出口の方へ向かおうと歩みを進めて行けば、地下特有の湿り気を含んだ風が電車が去っていく動きに合わせて自分の髪を揺らした。 恋人が住むのは、都心の高級賃貸マンションだった。 と言っても、仕事人間のあの人自身が帰るのだって週に一度くらいであり、生活の場というよりはたまに利用できるひとりになれる場所程度の認識なのだろう。 あとは、まあ、手っ取り早く欲を発散させるのに丁度いい部屋、か。実際にそこに誰がいるのかは知らない。 勿体ないとは前は言っていたのだが、変えるつもりがないのか、それとも他へと移り住む時間すらないのかずっと変わらない。自分が口を挟むことではなかった。 今日はいつもとは違って、仕事が終わってすぐ恋人のもとへと向かうのではなく、職場の駅近くで時間を潰していた。 帰宅のピークは過ぎていたものの、その次は飲み会帰りや移動のピーク帯である。改札へ向かう人たちの足音が、不規則なリズムで響いている。革靴、ヒール、スニーカー。どれも違う感触の音が同じ方向へと流れていく。 既に日付をまたぐ直前にまで時計の針は進んでいた。電車を降りて、夜が更けこんでも行き交う人の数が多い駅のホームを歩いて行く。 改札を抜ければ、コンクリートの壁に映し出される広告の光が揺れていた。 外国語のポスター、そして数多のイベントの告知、目が滑るほどの情報量の多さが続いている。 それに対して目をくれることなく、階段を一つ二つと昇って行けば、地上の気配が近くなり耳に届く外の音が膜ひとつ分ほど大きくなってくるようだった。 ビルの谷間を縫うように吹く風に、香水、酒、車の排気ガス、そして人の熱気が絡みついていた。 四月末になったとはいえ、今年は異例の気温の温度差が激しい日々が続いており、未だ夜空の下を歩くにはコートは欠かせなかった。 特にここ最近は厳しい寒さが続いており、今夜もそれは変わらない。コートの袖から覗く手は、春だというのにすっかり冷え切っていた。

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