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1章(11)
ふと、目が覚めた。
まるで自分を逃がすまいとしているかのように、恋人が身体を密着させ腕で囲って抱きしめていることに気付く。間近にある寝顔を覗けば、深い眠りに沈んでいることが分かった。
この恋人は、疲れていても、熟睡していても寝姿まで綺麗なのだ。
「……」
その寝顔を見ながら、指先で本当に軽く、頬にかかっていた黒い前髪を払ってやった。
お互いに仕事詰めで、疲労困憊だったのだろう。
本当なら、こんなにも近くに他人の肌があることも、ましてや寝顔を見せることすら抵抗を感じる人間であるというのに、無防備な姿を自分に見せているあたり、相当に疲れが溜まっていることを伺い知れた。
いつまでも見ているわけにはいかず、視線を外す。
一糸纏わぬ姿でいることに気付いて、とりあえずは恋人の腕から逃れる。それでも、まだ起きる気配はない。
行為に没頭し、そのまま寝落ちたのだろう。体液でまだ身体が濡れているところがあった。
シャワーを浴びたい気持ちはあったが、それは自分の部屋に帰ってからにしようと考えなおし、ベッドの周囲に置き去りにされた自分の衣服を次々に回収して身に纏っていく。
立ち上がり、身なりを全て整えたところで脚の間をどろ、とした感触が流れ落ちていくのを感じて一度動きを止める。
行為に耽る度にされていることだというのに、中に出されたことをすっかり忘れていた。
伝い落ちてくる精液の感触に、ひとまず鞄の中に入れていたタオルでそれを拭い取る。
この男は、存外に仄暗い欲を抱いているのだ。
もしかしたら、男の本能なのかもしれないが。
まるで自分のものであるかのように、身体をきつく抱きしめ押さえつけるようにしながら体内で精を吐き出すことを好む。自覚の有無は分からないが、支配したがるのだ。そして自分はそんな男を受け入れる。もう、十年も続いた関係性だった。
それを嫌だと思うことはなかった。理由なんて、知らない。
始発まで電車を待っていては後処理に時間をかけられないと考えて、結局タクシーで帰ることにした。
世間が休日であっても、自分や恋人には仕事があるのだ。
年度初めは恐ろしく忙しいため、日曜であっても時には仕事をすることがある。出社しなくても、自宅にパソコンさえ持ち帰れば仕事はできてしまうものだ。
仕事に支障が出ないように早めに帰り、少しでも睡眠をとって回復させてから業務に取りかかろうと考えて、ふと、あの受付嬢の顔が思い浮かんだ。
鞄を手に取り、寝室から出る。
廊下に行って、しおれてしまった花束の残骸が床に転がったまま放置されているのを見つけた。
「───……」
一度だけかぶりを振った。
その場にしゃがみ込んで、散らばった花びらと花束を、両手で全て綺麗に拾い集める。
メッセージカードだけは、中身を見ることなく花束から抜き去っておく。
恐らく、あの人は捨ててしまうだろうが、自分が持っているわけにもいかない。
リビングに置いてあるシックなテーブルにそっとカードを置いてから、再び玄関まで戻った。
あの女性に、その想いに、その想いを託された花に罪はないのだ。
たった一度だけの関係であっても、相手にとっては何ものにも代えられない思い出となる可能性を考え付かないのだろうか。手を出しておきながら、こうしたものすら受け取らないだなんて、本当に──…。
(ほんとうに、…どうして)
その先の言葉を、自分は持たなかった。持つことを、とうの昔にやめた。
膝をついていた床から立ち上がり、軽く服の皺を伸ばすように手で軽く払った。
罪滅ぼしというべきか、偽善だと言われるものか。
このまま…醜い姿のまま捨て去られるのはあまりにも自分の気持ちが納得できないだろうと思って、持ち帰って自分の部屋で少しだけ生けようと決めた。
床にそのままにされていた質素な紙袋の中に花束を収めて、もう一度その姿を見れば、持って来た時よりもだいぶ大きさが縮んでいるように見えた。
恋人が起きる気配はない。
やるせない思いを抱えたまま、来た時と同じように扉に手をかけて、たった数時間だけの滞在だった部屋を後にした。
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