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2章(1)
贈り物というのは、選んでいる間がいちばん幸せなのだと、いつか誰かが言っているのを聞いたことがある。
聞いた時はいまいちピンとこなかったものの、この時は確かにその通りかもしれないと思った。
相手の顔を思い浮かべて、その記念の日を思い描いて、普段持ち歩いている物を思い出して、既に持っている物とは被らないように、そして似合うものを探して歩く時間は、その人に渡す前から少しだけ贈り物になりうるものなのだ。
ただ、いつかの誰かは、渡せなかった場合の話まではしてくれなかった。
そして、渡せなかった後にどうなるのか、自分は想像すらしていなかった。
I'm home
肩書がひとつ変わった、と連絡が来たのは平日の夜だった。
文面は本当に簡素なもので、それだけである。どんな業務に変わって、どんなチームになるのか等の事細かな背景の説明はなかったものの、それに苦労を要することはない。この男は昔から余分なことを語らなかった。
あまりにも簡素なので、それだけを読むとおめでとうも言わせない素っ気ない温度を感じさせるものだが、こうして記録を残す形で報せてくるあたり、まったくの事後報告のつもりではないのだとわかる。すごいねと自分も一言で返せば、予想通りの当然だという一言だけ返ってきた。
これは何を飾っているのでも、落としているのでもなく、言葉通り当然のことなのだと思う。
あの人は学生の頃から、欲しいものへ最短の道を引ける人だった。そういう能力が突出していた。彼にとって必要なものも欲しいものも、必ずその手に収められるように巧みに場と人を設計していた。その道の上に今は仕事があるというだけの話で、彼が特別何か変わったわけではない。ただ道を歩き続けているのだ。
しかし、彼にとっては当然のことでも、自分にとっては心から嬉しかった。
単体従業員数で言えば六千名、国内外の子会社・事業会社まで連結すれば五万人ほどの数を誇る。名前を言えば誰もが反応する大手総合商社に入社してから、彼の毎日は目まぐるしかったはずだ。
中でも海外向けの産業機械・プラント案件の組成と取りまとめを担当していることは聞いていた。うちの会社は産業機械・重電・精密機器系の大手メーカーではあるが、プライムではなく供給側であるため、瑞樹の会社が海外案件で選定する国内メーカーの一つにうちがある。だから瑞樹はうちの会社にも何度か出入りをしている。しかし、自分の所属は技術管理課であるため瑞樹と仕事上の直接的な接点は一つもない。
技術情報の外部提供は、営業技術部門と海外営業部門が窓口である。商社側の担当である瑞樹が来ても、管理部門が何か同席するのは余程のこと以外はまずない。本社地上二十五階、地下二階の構造の中で自分の部署のフロアは中層階であり、営業部門や管理部門は低層階、来客は応接室・会議室のある四階までが行動範囲となる。
そして瑞樹の担当はうちだけではない。
うちを訪問した後、分単位のスケジュールの中でまた別の担当企業へ足を運ぶ。私的な時間でも仕事の時間でも、自分たちの間にまとまったものを作ることは難易度が高かった。
メールやチャットの受信歴には海外のものが混ざるように、一年のうちの百二十日前後は海外出張が入り、緊急案件があれば数時間後には空港にいるということも珍しくない。
休日という概念が潰れているのも、帰りの時間どころかそもそも何時から何時までが仕事の時間なのかの境界線すら曖昧な中で、あの膨大な仕事の全てが肩書の変化という形になっていくのなら、嬉しい以外の何ものでもない。上を目指すと言ったあの人を応援すると決めたのは自分である。決めたことを疑う理由は、どこにもなかった。
その時、贈り物というものが頭の中にふと降りてきた。
お祝いに何か贈りたいと思った。それは理屈ではなかったと思う。気づいたらそう思っていた。
そしてその時に初めて気がついたのだ。自分があの人に物を贈った記憶がないことに。
否、小さなやり取りや細かい過去まで遡れば見つけられるかもしれないが、そうした作業を要するほどには彼にはっきりとした贈り物をしていないという事実の証明だった。
誕生日には会えれば会うし、会えなければそれまでで、会えた時に二人の時間を大切にしていた。特別食べたり飲んだり、何か物のやり取りをしなくても二人の時間が成立していたので、何かを機会に物を贈り合うという習慣が二人の間にはあまりなかったのだ。
あの人は物より時間の人である。
だからこそ、たまには物でもいいだろうと思った。時間は、こちらの都合では贈れないのだから。
そう考えてから、自分の行動は早かった。
もともと、論理が立っていれば考えるのは早い方だったし、行動に移すのも早い方だと自覚している。
次の休みの日には、高級専門店に向かっていた。職場の同僚や友人の祝いの席で渡す物とは区別をつけてしまっていることに気が付いたが、仕方ないだろうとも思った。
選んだのは名刺入れである。
革の質が良く、ロゴも派手過ぎずスーツの邪魔をすることもない。
肩書が変わったのなら名刺も変わる。変わった名刺を、同じ入れ物に入れるのはあの人らしくない。
理屈で選んだつもりだったが、売り場に立ってみると理屈だけでは決まらなかった。
革の色から始まり、艶の加減、縫い目の緻密さ、開く角度など、店員が希望を聞きながらいくつか商品を見せてくれる。
店員は名刺入れをケースから取り出して、柔らかな革を傷つけぬよう両手で差し出した。
その動作も全く急いでいる様子はなく、少し目に留まる時間が長いものがあれば、ぜひお手に取ってと丁寧に促され触れることもできた。店員の手から受け取り親指の腹でゆっくりと表面をなぞれば、傷ひとつない革はわずかに硬く、指先に細かな凹凸が伝わってくる。開いてみると、新しい革特有の香りがかすかに漂った。
店員は距離を保ったまま質の保ちや色の良さ、収納枚数など、こちらが聞かずとも実用的に役立つ情報を説明していた。
決めたのは、黒に近い深い焦げ茶の一つだった。
夜の色を流し込んだような黒髪と瞳、均整の取れた身体。そして、普段身に着けるもの。順番に思い浮かべていった。鞄と、靴と、腕時計の革の色。名刺入れがその手に載せられる時に揃うであろうあの人の色合いだった。
そこに並べても浮かないものだと思ったのだ。
ただ、そこまで考えてから一瞬だけ動きを止めた自覚がある。彼の持ち物の色を全部言えることに気が付いてしまって、自覚した途端に気恥ずかしくなったからだ。
室温が完璧に調整されているはずなのに、少し体温が上がるのを室温のせいにしていると、店員はそのまま包装の確認に入っていた。
紙袋を両手で渡され、自分も両手で受け取る。
この自分の手の中に重さが渡った瞬間と、紙袋を提げて店を出る時に感じる浮ついた足取りだけは、何歳になっても変わらないのだと思った。
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