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2章(5)
あくる日から、問い詰めることを考えた。
自分の場合、考えるという工程は仕事のやり方とそう変わらない。変更がひとつ入れば、そのひとつだけで済むことはまずない。どこに影響が出るのかを最初から洗って、関係するもの全部に反映して、最後に整合が取れているかを確認する工程であり、毎日やっていることでもある。
目的を決めて順番に組み立てていく。そうしながら、日時と場所も考えていた。
いつ切り出すか。何から訊くか。
訊くだけで終わらせるつもりはなかった。どうしてあんなことをしたのかと、責めるつもりでいた。
あの人は聡明なので、一つ言えば十を理解して、言葉を二十にまで増やして返答することができる。
昨日見たとだけ言えば恐らく通じる。自分が何を見たのか察する。それか場所まで言うか。時間も言った方が確実ではあると思った。
昨日の夕方、瑞樹の会社に行ったんだけど。
ここまで言えば、あの人の理解力を考えれば足りるどころか情報過多なほどだ。昨日の夕方、の時点で彼は全てを繋げて理解する。
この一行だけは、日が変わるたびに直した。昨日が一昨日になり、一昨日が三日前になる。三日の間で修正をしていたのはそこだけだった。
言い訳をされたらどうするか。
どんな言い訳だったら良いのだろう。それより、どんな言い訳の言葉が並ぶのかがちっとも想像つかない。言葉の使い方が恐ろしいほどうまい人なので、思わず納得してしまうような数多の言い訳があの口から紡がれるかもしれない。
言い訳をされなかったらどうしよう。
無言か、頷くだけか、一言「やった」と返してくるのか。理由をつけて言葉を返してくるのか。
影響の及ぶ先を、綺麗に順番に洗い出していった。
組み立てている間は作業だったから、泣かずに済んだ。あの日から今日までの間で、一番楽に呼吸ができた時間だった。
几帳面で、数字と長年付き合い続けた自分でも、並べたもの同士が衝突しない、綺麗なものができあがる。本当に紙に起こしてデータにでもすればそれらしいかもしれないが、頭の中に留めた。
しかし、三日かけてできあがった整合性は、最後のひとつで合わなくなった。
問い詰めた時の反応だった。否、反応の先だった。
あの人が、そうだと答えたら。女性との関係を隠さず肯定したら、その先を確かめる必要がある。
でも、そうだと答えた後に、それで?と静かに訊き返されたら。
───それで、お前はどうしたいんだ?
どうしたいのだろう。
問い詰めた先で、自分は何がしたいのだろう。
別れたいわけではなかった。
では何のために問い詰めるのか。事実を確認して、それから理由を知りたいのか。でも、それは結局同じところに辿り着いてしまう。理由を聞いた後に、自分はどうしたいのか。仕方ないと納得できる理由さえ貰えれば自分を満足させることができるのだろうか。あの時の行動に、頷かざるを得ない理由などあるのだろうか。
自分の気持ちだけは、何度直しても変わらなかった。
別れたくない。
終わらせたくない。
このまま、一緒にいたい。
なら問い詰めた先に、その理由を知った先に果たして何があるのか。
謝らせれば気が済むのだろうか。それとも、もうやらないと誓わせれば満足するのだろうか。
やめさせて、それで元と同じ関係になるのか。
ならなかったら?
もし、元通りに、三日前の朝、カーテンを開けて気持ちの良い朝日を浴びたあの瞬間の関係に戻れなかったら。
問い詰めたことが最後の一押しになって、この関係ごと終わってしまったら──…。
そこまで考えたとき、目の前が暗くなった。
比喩ではなかった、本当に視界が暗くなる感覚があった。
あの人のいない先のことを、自分は一秒も想像できないのだ。想像しようとしただけで、足元が崩れ落ちていくような、今自分が立っている床が抜けてしまうような感覚に襲われる。足先から冷えて、それが喉まで這い上がってくる気がした。
そうして、三日間かけて整えたものを、自分の手でなかったことにした。
一番最初に消えたのは、責めるつもりでいた言葉の方だった。
自分の頭の中で道筋を立てて準備した言葉を一つも使わないまま、元からなかったものだったかのように消えていく。勇気がなかったのだと言えばそれまでである。
ただ、あの暗さをもう一度覗くことを勇気だと言うのであれば、自分はこの先もずっと勇気を持てる気がしなかった。
瑞樹を、失ってしまうくらいなら。
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