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第3話 未来死体③

「あなたが見たのは、本当にご自身の遺体だったんですか?」  大柄なレスキュー隊員は、室内で見るとより威圧感があった。革張りの来客用ソファはそこそこの高級品だったが、彼を受け止めるにはいささか窮屈そうに見える。 「間違いない」  コーヒーをテーブルに飾ったまま、男は腕組みをした。 「身長、髪型、体格。あれは絶対に俺だった。だいたい、救助服も時計も俺のものだったんだぞ。自分のことなんだから、わからないわけがないだろ?」 「そう、ですね」  レイは曖昧に頷き、窓のあたりに再び目をやった。先ほどからそこを漂っていた死者の霊が、男を避けるように半分ほど壁にめり込んでいる。……やはり男は、自分とは違うようだ。レイは、静かに目を伏せた。 「これは何かの前触れだと、俺は思う。近いうちに、この街で何か深刻な事件が起きるに違いない。テロか、自然災害か、とにかく大勢が亡くなるような……」  想像力豊かに紡がれていくシナリオを、レイは黙って聞いていた。 「ダメだ。そんなことはさせない。俺は暮雨レスキューの〈英雄〉だぞ。絶対に、何があっても、俺の前では誰も死なせない……」 「あなたの責任でなく、それが起こってしまうこともあるでしょう」  思ったままを呟くと、男の瞳がぎらりとよくない光を放った。レイは、口を挟まなければよかったと思った。 「だから何だ? どんな原因だろうと関係ない。とにかく、このまま何の対策もせずに、俺を……誰かを、死なせてたまるか。何としても、俺の未来死体を手掛かりに……」  未来死体――生きているはずの人間が目撃した、自分自身の死体。マリに急ハンドルを切らせたという、不思議な現象もそれだった。あの時は幻覚だろうと流したが、こうも続くと少し気になってくる。  少し細くした目で、レイは男を観察した。使命感にあふれる凛々しい表情とは対照的に、関節が白くなるほどこぶしを握りしめている。ここまで極端な反応は、彼の性格や、職業的な危機感によるものだろうか。あるいは……。 「ああ。だから、あんたの協力が必要なんだ。俺の〈残声〉を調べて、どんな些細な情報でもいいからその時の状況を教えてくれ。対策はこちらで組み立てる」  レイはため息をこらえた。 「先ほども申し上げたが、まだ生きている人間に〈残声〉はないのです。ただ……その『未来死体』を見たという人が、実はあなたの他にもおりましてね」  膝の上で、手帳を無意識に数ページめくる。日付とともに延々と記録されているのは、生と死の境界で起きた揺らぎの話ばかりだ。黒い手袋に包まれた手をしばらく見つめてから、レイは顔をあげ、男に向かって頷いた。 「ですから、探偵として、調査は引き受けましょう。近日中に私も現場を確認しに行きますので、目撃した場所を教えてください。それから、ええと、あなたは……」 「これは失礼。名乗りもまだだったな」  男は、ようやく表情を緩めた。ソファに身を引き、きちんと居住まいを正す。 「俺は|迅《ジン》だ。よろしく頼む」 「……レイです。こちらこそ」  大きな右手が、テーブルの上へ差し出される。レイはその手を、何気なく握った。  ――とたんに、レイは悲鳴を上げた。  いったいどうやったのか、いつの間にかレイはテーブルを越えて、ジンの隣に座らされていた。呆然と見上げれば金の瞳につかまり、そびえ立つ体躯に圧倒されて、凍りついたように動けなくなる。  だが、真にレイを硬直させていたのは、その手だった。挨拶のために、握り合った右手。その手袋で覆いきれていないレイの手首に、ジンの長い指が二本、直接置かれている。 「ああ、よかった」  瞳を細めて、ジンがゆったりと笑った。そうしてレイの襟元に鼻を寄せて、獣のように匂いを吸い込む。まるで獲物を味わうように、低く、長く、満足げなため息をつかれて、レイの全身が総毛立った。 「――あんたはちゃんと、生きてるんだな」  レイの口が、はくりと動いた。ありえない距離にある顔がどれだけ整っていようが、どうでもいいことだった。それよりも、手が。自分の素肌に、それもこの手に、他人の命が触れている。  心臓が、干上がりそうに冷たかった。触れている指が、火傷しそうに熱かった。数十年……いや、それよりはるかに長く経験してこなかった感覚に、全身があわ立ち、息が止まりそうだった。 「は……なせ、」  やっとのことで絞りだしたかすれ声が、徐々に体の呪縛を解いていく。 「絶対に……私の手に、触るな――!」  こうして二人が出会った日、レイが最初にしたことは、ジンの下腹部を蹴り上げることとなった。

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