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第11話 生存確認

「……待ってください、ちょっと――!」  ジンとの間には、蹴り上げられる隙間すらなかった。レイをおさえこんだまま、大きな手が身体中をまさぐり始める。肌を隔てているはずの服が、まるでレイのもう一つの皮膚になったようだった。薄いシャツにシワがよるたびに、内臓がよじれ、指先がジンの胸を引っ掻く。むせかえるようなバラの香りが、脳に赤いかすみを張り始めた。 「……脈が速い」  ジンは瞳を半分閉じて、一心にレイへ耳を傾けていた。 「呼吸も、速い……体温が、上がってる……」 「それは、こういうことをされたら――!」 「もっと聞きたい」  すでにレイの言葉は、ジンに届かなくなっていた。低く掠れた声は、まるで何かに取り憑かれているようだった。 「もっと……聞かせてくれ」  心臓の真上に、長い指が食い込む。 「あんたが今、ここにいるって……あんたが今、生きてるって――!」 「――!」  視界いっぱいに広がったジンの表情に、レイは息を忘れた。縦に広がった瞳孔の中に映っていたのは、世界を飲み込んでしまいそうなほどの恐怖だった。〈英雄〉の仮面を失った男が、巨大な闇のふちで溺れそうになりながら、必死にレイへ縋ろうとしている。 「……どうして、」  レイの喉が動き、呆然と声が落ちた。 「どうして、あなたはそこまで――」  そのとき、人の話し声が聞こえてきた。急に膜の外側の世界を認識したように、二人は同時に動きを止めた。足音が、小道の角を曲がって近づいてくる。  レイは、急いでジンから離れようとした。彼の脇の下をくぐり抜け、何も考えずに、棘だらけの茂みへ足を向ける。――それが、致命的な大失敗だった。  ジンの声から、ふつりと何かが消えた。 「――ダメだ」  足が宙に浮いた。近くでドアが手品のように開き、数枚の花弁と一緒に中へ押し込まれる。暗くてよくわからなかったが、そこは狭い倉庫のようだった。どこかから差している月明かりが、床の一部を四角く照らし出している。  観察できたのは、そこまでだった。すぐに背が再び壁へ押し付けられ、脚の間に膝が割り入ってきた。服を乱す手が下へ降りてきて、信じられない場所を探られる。久しく忘れていた他人の熱は、生々しい肉の感触がした。 「は……どこを、さわ……っ」 「あんたは、いつもそうだ」  強引に姿勢を固定する腕とは裏腹に、陰茎を包む手つきは奇妙に優しく、だが容赦がなかった。返事を促すように扱かれ、形を取り始めた快楽の輪郭から、目を背けられなくなってくる。不快さよりも焦りが、レイを混乱の渦に突き落とした。 「そうやってすぐに一人で、真っ暗なところへ帰ろうとする。ダメだ。そっちに行ったらダメだ。——俺と、こっちにいてもらわないと」 「あ、駄目……!」  届いたのは声ではなく、残酷なほどに素直な性器の水音だった。それを合図に、体勢が変わった。壁に向いて膝をつかされ、後ろから彼の膝で脚を割り開かれる。ひどい格好に、とっくに無くしたと思っていた羞恥心が、レイの顔を赤く染めた。しかし、ジンがこぼした吐息は、場違いなほどの安堵に満ちていた。 「ああ……こうすればあんたも、ちゃんと反応するんだな」  熱い手がシャツをたくしあげ、肌を隅々までたどった。 「ちゃんと感じて、ちゃんと垂らして……汗の匂いもするし、ここがずっとどきどきしてる……」 「いやです、聞かないで……見るな……!」  肉の衝動を思い出すのも、それをつぶさに観察されるのも、我慢ならなかった。口を覆おうとした手を、ジンが素早く捕まえる。目だけで振り返れば、ジンは切なげに眉を寄せていた。 「隠すんじゃない。もっと全身で、気持ちいいって言えよ……俺が聞きたいのは、それだから」 「だから私は、それが嫌だと……!」  再び性器への刺激が始まり、言葉が端から崩れていく。レイは何度も首を振り、声を押し殺そうとした。この感覚を気持ちいいと認めるぐらいなら、乱暴にさっさと犯された方がまだましだった。しかし、ジンはレイに、一片の痛みも許さなかった。色のついたレイの声が押し出されるたびに、満足と切望のため息が鼓膜を震わせた。  脚で無意識に彼の膝を締め付けると、ジンの呼吸が早くなった。ベルトが外れる音がして、尻の間に脈動する彼の質量を感じる。長い指が穴の縁を押し、触診でもするようにそこを確かめた。 「レイ——挿れたい、」  うわごとのような声が、耳元で囁く。 「あんたの中を、感じたい。一番奥までこじ開けて、あんたの中が音を立てるのを聞いて、俺のがあんたの心臓に届くまで……!」 「は……、あ……っ」  月の光が床を移動し、脱げかけた靴の踵を青白く照らしていた。レンガの壁をひっかく手袋に、ざらざらとした砂がつく。だが、どれだけの抵抗感をかき集めてみても、自分よりよほど苦しそうなジンに、自然と息が詰まった。好き勝手に昂ぶらされて、苦しいのはこちらの方だ。それなのに、どうして彼はそんな顔をしているのだろう。どうして彼は、そんなに必死で自分を求めるのだろう……。 「こっちを向け……レイ、」  呼吸を誘導しようとしたのだろう。ジンはレイの頬を掴んで、自分の方に顔を向けさせた。  目があったとたん、ジンがしようとしていることを悟って、レイの全身が震えた。今にも触れそうになった唇を、黒い手袋が間一髪で塞ぐ。 「……だめです、」  手のひらに彼の熱を感じながら、レイは息も絶え絶えに喘いだ。彼に何を奪われようと、これだけは絶対に譲れなかった。 「手も、だめだけど——口は、絶対に、だめ……!」  歯を食いしばったジンが、代わりに喉元をきつく吸い上げた。脚が外から閉じられ、股の隙間に長大な肉棒がぬるりと入り込んでくる。そのまま始まった抽送が、快楽以外の感覚と思考を、強制的に弾き出していく。仰け反った背に当たるジンの鼓動も、レイと同じぐらい早かった。 「レイ……レイ、感じるか?」 「はい、いいえ……ううんっ」  自分が何を言っているか、レイはもうよくわかっていなかった。 「最後まで、聞かせてくれ……あんたの息、あんたの声、あんたが出すもの、全部……!」 「ああっ、だめです、だめだ、——ジン……!」  無意識に彼の名を呼んだとたん、背後で息を呑む音がした。次の瞬間、窒息しそうなほど強く抱きしめられて、胃の底がぐっと持ち上がった。白い虚空の中に、丸裸で投げ出される。  全身から力が抜け、レイはたくましい腕の中にくずおれた。レイの胸に手のひらを当て、未だ荒い呼吸を繰り返すジンの足元には、無言の赤い花弁が散っていた。

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