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第17話 声混線②

「よかった。ありがとうございます」  ようやくコップに口をつけたカナを見ながら、レイは続けた。 「ただし、いくつか協力していただきたいことがあります。まず、昔この部で活動中に亡くなった人がいないかどうか、調べられますか?」 「……はい。そういえば、だいぶ前の先輩にいるって聞いたような……ちょっと調べておきますね」 「お願いします。それから……どこか、皆さんがよく集まったりする場所はありますか? ラウンジとか、部室とか」 「あっ、部室なら俺が案内しますよ!」  レイは右を向いた。先ほどからこちらをちらちら見ていた男子学生が、ジンの向こうから身を乗り出していた。耳に、控えめな黒いピアスをしている。 「部室棟、けっこう複雑なんで。カナ、鍵もらえる?」 「はいよ」  チェッカーのキーホルダーがついた鍵を渡しながら、カナがにやっと笑った。 「どうしたのハル、急にやる気じゃん。筋肉はもういいの?」 「あほ、当たり前だろ」  小突くような仕草をしてから、レイが見ていることに気づいて、ハルは照れ笑いを浮かべた。 「俺の親友も、もう一月も休んでるんですよ。早く解決してあげたくて」 「なるほど」  レイは口元をゆるめた。学生らしい、青い優しさだ。だが、彼について立ち上がろうとしたとき、急に大きな影が割って入った。 「俺も行っていいよな?」  ハルは瞬きしたが、すぐに笑顔になった。 「もちろん歓迎です!ジンさんには、ちょっと窮屈なところかもしれないけど」 「何でもいい。案内してくれ」  ジンの口調は、驚くほど無愛想だった。レイは首を傾げたが、すぐに頭を切り替え、ハルの後に続いた。入り口に佇んでいた影が、後を追ってきた。  キャンパスの端には、縦に細長い建物があった。ミステリーサークルの部室は、五階の隅にあった。いかにも学生の溜まり場らしく、あちこちに本や紙の束が散らばり、飲みかけのペットボトルが放置されている。 「汚くてすいません。どうぞ座っててください。コーヒーでも淹れますから」 「いえ」  レイの目は、すうっと壁を抜けてきた霊に向けられていた。食堂で感じた通り、かなり強い霊だった。近くで見ると、服の種類までわかるほど、姿がはっきりとしている。落ち窪んだ眼窩が、ハルの動きをひとつひとつ追っていた。  それを見て、レイは右手の手袋を外した。 「お二人とも、少し外に出ていてもらえませんか」 「えっ?」  声を上げたのはハルだったが、詰め寄ったのはジンだった。 「何をする気なんだ?」 「危険なことは何も。ただ……話をするだけです」  ようやく声が届いたのか、霊の注意が初めてレイに向いた。黒いその姿を視界におさめたまま、レイはジンの視線を受け止めた。ジンはしばらくレイの表情を探っていたが、やがて大きくため息をついた。 「わかった。終わったらすぐに呼んでくれ」 「それじゃ、外にいますね。必要なものがあったら、いつでも呼んでください!」  二人の生者が出て行き、ドアが閉まった。急に濃さを増した静けさの中で、レイは落ち着いて霊に向き直った。  話はすぐにまとまった。数分後、レイが手袋をつけ直して再びドアを開けると、二つの顔がすぐに覗き込んできた。ジンは何かを言いかけ、結局口を閉じたが、ハルは興味津々でレイを見ていた。 「調査は終わったんですか? 話って、いったい誰と……?」 「必要なことは確認させていただきました。ありがとう」  レイは、ハルの全身をざっと眺めた。厚すぎず細過ぎない体つきに、不安より好奇心を強く映す瞳。やはり、部員たちの中では一番適任だ。先ほどレイが出した交換条件なら、霊も約束は守るだろう。  テーブルの横を漂っていた霊に、レイは目で合図をした。霊は、テーブルから離れてハルに近づき……その中に、吸い込まれるようにして、消えた。 「ハルさん」  レイは表情を変えずに言った。 「合宿まで、睡眠はしっかり取ってくださいね」 「えっ? あの……」 「それから、食事も。しばらくは、くれぐれも無理しないでください」 「……俺、何かしましたか?」 「いえ、単なる心配です。体調不良の方が多いと聞いたので」 「あ……、はい!」  澱みなく言うレイに、ハルは力強く頷いた。 「もちろんです。今動けるのは、もう俺含めて六人しかいないので……次の合宿まで、必ずみんなで耐えてみせますよ」 「その意気です」  レイは微笑んだ。空気が埃っぽいのか、ジンが小さく咳をした。  ハルははにかんだようにレイを見つめていたが、やがてなぜか目を逸らした。 「あの……レイさんって、恋人いるんですか?」  レイは瞬きした。 「急に、何の話ですか」 「いや、なんかいそうだなって」  ハルはさっと前髪を整えた。ジンがもう一度咳をした。 「いいえ、いませんよ」 「えっ、ほんとですか?」  ハルは、急に身を乗り出してきた。その拍子に、彼の輪郭の縁で、濃い影がゆらりとうごめく。あまり、良い兆候ではなかった。ハルは何やら喋り続けている。 「……ってか、良かったら今度飲みにいきません? 実は俺、探偵の仕事とかも結構興味あって――」 「落ち着いてください」  レイはさりげなく、ハルの方に一歩踏み出した。彼を宥めるふりをして、その背にそっと右手を置く。  背後で、息を呑む音がした。 「お話は一つずつお願いします。まず、探偵業務のことですが――」 「――レイ」  顔を上げるより早く、ジンの手がレイをつかんで、ハルから引き離していた。 「もう行くぞ。次の仕事があるんだろ」 「……え?」  霊の輪郭が安定したのを確認しながら、レイは面食らってジンを見上げた。 「いえ、今日の午後はこの件だけで――」 「いいから」  腕を掴む手には、荒々しい力がこもっていた。驚いている顔のハルをおいて、引きずられるように部室を出る。  後ろで、扉がバタンと閉まった。

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