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第24話 飲み込めない花蜜①
ジンは吐きそうな顔をした。
「それじゃやっぱり、本当に死体があったんだな。それも、わざわざ俺たちに似てる人間を殺して作ったかもしれないって……?」
「はい」
レイはもう一つドーナツに手をのばした。
傾き始めた日差しが、テーブルを斜めに照らし出していた。七人の目撃者と、七人の失踪者の写真が、対応するように並べられている。冷房が、小さく唸りを上げた。ジンの目は、レイの口元に硬く固定されていた。まるで、その中からドーナツの欠片を取り出して、握りつぶそうとしているかのようだった。
「もちろん、他の理由で失踪していた人間もいたかもしれません。でも、誰かが、あなたたちに似た遺体を回収して、未来死体として見せていた可能性が考えられます」
「でも……何のためにそんなことをするんだ? 俺たちを眠れなくさせて何が楽しい?」
「あなたがさっき教えてくれたではありませんか。事件の翌週、保険の悪徳セールスが来ていたと」
手袋についた油分を拭いて、レイは静かにジンを見据えた。
「調べてみたら、他の目撃者たちもそうで、いずれも架空の業者でした。つまり、未来死体事件は、タナトフォビアの人々をターゲットにした架空保険詐欺だった可能性があります。そのための小道具として、あなた方に似た人間を殺して見せたのでは――」
がたんと音がして、ジンが急に立ち上がった。事務所の前で爆発音でもしたかのように、全身が緊張している。レイはわずかに背筋を伸ばした。
「どうしましたか?」
「いや……なんでもない」
ジンはゆっくりとソファに戻った。手のひらで顔を覆いかけて、すぐに姿勢を正す。
「あんたの話が事実なら、これは大変な事件だ。早く通報しないと……いや、悪い。あんたが自分でやりたいか?」
「……別に、謝る必要はありませんが」
レイは少し眉を寄せたが、そのまま手帳を開いた。
「ただ、その前にもう少し確かめなければならないことがあります。これは、まだ仮説にすぎません。幻覚ではなく実際に犯人がいるとして、なぜ人形ではなく本物の死体を使う手間をかけるのか。そもそも、犯人は誰なのか……」
「そうだよな。どうするつもりだ?」
「失踪者の最終目撃地点を順に回ります。もしそこが彼らの最期の地であったなら、〈残声〉が取れるかもしれない」
「場所は? ……ああ、俺が聞いていいならだが」
「そこの資料にあります」
テーブルの上に散らばった書類を、ジンは素早く改めていった。一枚めくるごとに、指先にどんどん力が入っていく。
「森田地区。埠頭に、倉庫街……治安の悪いところだらけだ。あんた、こんなところに……いや、」
またもや言いよどむ。
「あんた、一人で行きたいか? それとも、俺も行った方がいいか?」
「好きにすればいいでしょう」
レイは、手帳を置いた。ジンの眉間には、深い皺が刻まれている。やはり、今日の彼はどこかおかしい。
「ジン。何かありましたか? 先ほどから話しづらそうですが」
「気を悪くしたか?」
ジンは急いで言った。
「なら悪い。あんた、もう出かけるのか? 必要なものはあるか? 俺にどうしてほしい?」
「いえ、ですから……そうやって、いちいち確認するのをやめていただきたいのですが」
ジンの動きが止まった。それから、ソファにゆっくりと身を引いた。
「……わかった」
静かになった事務所で、レイはテーブルの上を片付け始めた。しかし、ジンの気配は妙にうるさかった。書類をファイルへ戻しているレイを見ながら、ジンは口を開きかけて、また閉じた。コンピュータの電源を落とそうと立ち上がると、つられたように立ち上がり、また座りなおした。鞄に資料を入れていると、手元を見つめて、また視線をそらす。そんなことを繰り返されて、レイはとうとう彼に向き直った。
「ジン」
「……なんだ?」
「いい加減にしてください」
レイは音を立てて鞄の口を閉じた。
「今日のあなたは極端だ。本当に、何があったんですか?」
ジンは唇を噛んだ。ソファを挟んで、二人は向かい合った。重い沈黙が、足を引きずって通り過ぎていく。
やがてレイは大きなため息をついて、鞄を取り上げた。ドアを出るところで振り返ると、ジンはまだその場に突っ立っていた。呼び止めたいのか、ついていきたいのかわからないような顔で、ただレイを見つめている。
レイは、声から感情を消した。
「何をしているんですか。ついてくればいいでしょう。早く行きますよ」
言うだけ言うと、レイはそれ以上時間を無駄にせず、事務所のドアを押し開けた。
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