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第31話 満ちゆく胎動①*

 やたらと物が多い。ジンの家の第一印象は、それだった。  亡くなった母親は資産家だったと、いつかジンは話していた。それをたしかに感じさせるモダンで広い家なのに、そこかしこに積まれた非常食やらトレーニング用具やらが、洗練された雰囲気を台無しにしている。出窓の隅に置いてある写真立てから、レイはそっと視線をそらした。  開いたドアから寝室を覗くと、キングサイズのベッドの上で、濡れた髪を無造作に拭いているジンがいた。 「私はどの部屋で眠ればいいですか?」  彼の瞳が、レイの黒い織物の寝巻きと、黒い手袋を順に眺めた。大きなため息をついて立ち上がり、入り口までレイを迎えにくる。 「あのなあ。あの流れで家に呼んで、一人で寝かせる馬鹿がどこにいるってんだ。あんただって、わかってただろう」 「……そうですね」  ジンが自然に追いつめるままに、レイは閉められたドアに背中を預け、力を抜いた。見上げると、ジンの静かな熱がレイの顔に注がれていた。昔の、嵐のような彼を思い出す。 「聞きたいですか」 「ああ。……でも」  驚いたことに、ジンはレイの腰に腕を回したまま、身体を半回転させた。ドアを背にしたジンは、真剣な顔をしていた。 「あんたにその気がないなら、俺はしないよ」 「あなたがしたいのなら、私は拒みません」 「そうじゃない。今日もし始めたら、俺はもう止めてやれないと言ってるんだ。最後まで……ここまでする」  熱い指先が、臀部の奥の窄まりをぐっと押しこんだ。レイの喉が小さく鳴ったのが、二人の耳に届いた。 「あんたはどうしたいんだ?好きにしていいとは言うが……俺と、ここまでしてもいいと、本当に思ってるのか?」 「私、は……」  喉からは、空気だけが出ていった。サービスエリアに寄るかどうかの比ではなかった。首を縦か横に振るという小さな動作が、焼却炉の穴に飛び込むよりもはるかに難しいことのように思えた。  見かねたジンが、助け舟を出した。 「なら、こうしよう。まだそこまで思えなかったら、十数えるうちに俺から離れてくれ。いいな?……十。九。八……」  ジンが、ゆっくりと数え始めた。腕がレイの腰を離れ、重力に従って下ろされる。反論する間も与えられなかったことが、レイはぼんやりと理不尽に感じた。 「七。六。五……」  見つめあったまま、レイはまだ動けなかった。それを察したのか、ジンが静かに目を閉じた。 「四。三……、二……」  間隔が、心なしか間延びしてきた。少し幼く見える彼の顔を、レイはじっと見つめていた。ジンの眉間に、切なげな皺が刻まれた。 「……一――」  不意にレイは、自分の右手が勝手に上がるのを感じた。黒い手袋の指先が、ジンの唇へ触れた。ジンが目を見開くのと、レイが自分のしたことに凍りついたのは、ほぼ同時だった。  背中がベッドに沈み、身動きが取れなくなった。ジンは唇でレイの顔じゅうをたどって温度を残しながらも、口にだけは絶対に触れなかった。脱がされていくことよりもその気遣いの方が気恥ずかしくて、レイは交差させた腕の間から息を切らしてジンを見上げた。 「いつまでも見ていないで、触るなら早く触ってください」 「……頼むから、俺にあんたを粗末に扱わせるな」  歯を食いしばった声が、胸元を抉る。性急さのふちで踏みとどまっているような手のひらが、腹をたどり、性器を絞った。レイは声を噛み殺そうとしたが、この男の前では呼吸をしているだけで全てが筒抜けだった。的確な刺激は、数度握って擦るだけで、レイをあっけなく限界へ導いた。  達した余韻に浸る間もなく、ジンは腹に垂れた白濁を指先ですくうと、レイの膝を掴んで持ち上げた。 「いいか?」  答える代わりに、顔をそむける。指が入ってきて、身体がこわばった。  自慰とも、これまでの擦り合いとも違う、全く馴染みのない感覚だった。身体の中に、異物がある。誰かが頭の中に手をつっこんで、脳みそを掻き回しているようだった。 「思ったよりやわらかいな。力が抜けてるのは、さっきのがよかったのか……だが、まだ狭い。俺の指に、吸いついてくる……」 「いちいち、言わないで……!」  違和感と羞恥心に耐えかねて、レイは呻いた。ジンの息が浅くなった。 「それなら、あんたが言ってくれ。今、自分がどうなってるのか。俺に、どうされたいのか。言ってくれ……教えてくれ、聞かせてくれ……レイ、」  バラ園での、空き教室での切実さが、再びジンの声に滲み始めていた。内壁をやわく引っ掻く指が、レイの声を求めてわななく。ジンの要求は、先ほどからずっと同じだった。レイに選ばせ、レイに言わせる。しかし、彼によって開いていく身体は、レイの躊躇いすらも徐々に霞の中へ溶かしていった。 「……へんな、感じがします」  ついに溢れ落ちた呟きに、ジンがぐっと身を乗り出した。 「どんなふうに?」 「わかりません……、骨の中を、触られてる、みたいで――ふっ」 「これか? ここが、気持ちいいのか?」 「あ……っ、たぶん、ううん……」  ようやく引き抜かれた指の代わりに、ジンが自分のものを押し当ててきた。体内にめり込んできたそれは、外で見るよりさらに巨大に感じる。自分の身に内蔵が詰まっていることをまざまざと感じ、それが押し上げられて首を絞めるようだった。  実際、レイは息が詰まりかけ、頭がぼうっとし始めていた。死の闇に似た、灰色の「無」がすぐそこにあった。このまま、意識をあそこへ飛ばしたら、楽になれるのかもしれない……。 「――レイ。こっちだ」  深い声が響いてきて、胸の真ん中に手のひらが置かれた。肌と肌を触れ合わせたまま、手のひらが軽く肺を圧迫し、力を解放して空気を入れる。誘導されるままに呼吸が始まり、無が遠ざかっていく。  焦点が再びあったとき、そこには目じりを下げて微笑む、ジンの顔があった。 「挿入った」  レイは思わず、腹に手を当てた。身の内で、自分とは違う命が、どくどくと脈打っている。それは、想像以上に恐ろしい感覚だった。まるで燃え盛る松明のように、埋め込まれたジンの肉が、自分の肉体に火を灯していく。指先が、血管の一つ一つが、強制的に眠りから目覚めていくような感覚に、レイは激しい戸惑いを覚えていた。 「ジン……あついです」  かすれた声で言うと、ジンが汗ばんだ肌を少しだけ離した。 「悪い。エアコンつけてなかった――」 「そうじゃなくて」  自分が彼の腰に足を絡めたことすら、レイは気づいていなかった。 「……私の身体が、あついです」  ほとんど、泣きそうだった。 「熱くて、焼けてしまいそうで……どうすればいいですか?ジン……私は、どうすれば……」 「……それでいい」  ぐっと引き結んだジンの口が、レイの唇の横をもどかしくかすめる。 「あんたは生きてるんだから……それぐらい、熱くていいんだ」 「ああっ……!」  ジンが律動を始めた。最初の数回はレイの様子を見て、すぐに早く、力強く、獣のような動きになっていく。身体どころか、感覚も、意識も揺さぶられて、自分という人間が地平を離れていく。盛り上がった筋肉に黒い手袋の指先が食い込み、結合部で混ざり合った粘液が激しく泡立った。 「レイ、聞こえる……感じるか? 気持ちいいか?」 「はぁっ、気持ちいい、です……、ジン、気持ちいい……」  うわごとのように繰り返しながら、レイはようやく悟っていた。この数百年間、そこにあるだけだった肉体が、ジンによって甦らされていく。ずっと頑なに忌避していたその感覚は、信じられないほど抗いがたいものだった。自分の内にあって、自分でないものに身をゆだねられる、圧倒的な安心感。そんなものを知ってしまったら……自分はこの先、今までと同じように生きていけるんだろうか。  右も左もわからない荒波の中で、彼にしがみついている手から力が抜けるまで、レイはジンの名を呼び続けた。

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