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2◆オプシディアン|辺境の地
「いやぁーとんだ爆弾だったねぇー」
朝一番に報告の為訪れた領主執務室で、俺を出迎えたのはやはり覇気のないいつも通りのラリマー卿の声だった。
別に盛大に褒めてほしいわけではないが、せめて危機感くらいは持ってほしいと思う。
という俺の内心はすぐにばれて、ラリマー卿は少々皺が目立つ眉間をほんの少し寄せて見せた。
「いやいや……私だってねぇ、さすがにちょっとくらいは焦ってるよ? 本当だよ? だってあの傾国のブローチ殿がまさか王族の白色持ちだなんて、ふふ……え、いや、困る……そういう面倒くさい話とは一切関わりたくないんだよ私……」
「なんでも今回のクーデターの原因はアラバスター様だという噂もあると……まあこれは隊長の世迷言なので、本当にただの下賤な噂でしょう、と、昨日までは俺もそう思っていました」
「俄然現実味を帯びちゃうよね。だって白は王族のみが持って生まれる色だものね。……少なくともあちらでは、そう信じられているわけだから」
「スタトゥアリオ前陛下が彼にご執心だった理由も、まさか、」
「いやどうかなぁ。前陛下には私もちらっとお会いしたことあるけども、物心つく前からアラバスター殿と随分と仲良くしてらした記憶はあるよ。子供が仲良くする理由に、跡目争いなんて関係ないでしょう」
「……幼い頃からの馴染みだったという話は本当なんですね」
「ほとんど兄弟のように育った筈だね。ただ私の記憶が確かならば、アラバスター殿は昔から鈍色の石を持っていた筈だけれども」
「それがどうも、意図的に毒気を身体に溜め込むことで、本来の石の色を誤魔化していた様子でした」
「………………うん? …………うん!?」
「はぁ、まぁ、そういう反応になりますよね……俺も正直久方ぶりに、目を疑いました」
不意の襲撃の後、バランスを崩したかの術師は川の水の中に思い切り落ちた。
清浄なる川は、この世界にうっすらと蔓延する毒気と呼ばれる毒を唯一洗い流せるものだ。
慌てて彼を助ける為に川に飛び込み、どうにか水から引っ張り上げた。しかしその時にはもう、鈍色だった筈の彼の宝玉は美しい白に変わっていた。
さすがに言葉を失った。
しかし俺よりも、彼の動揺の方がひどく、その様は見ていられない程だった。
とにかく、また刺客に狙われては困る。ひどく震え怯えるアラバスター殿に俺の上着を絞って被せ、船に戻った後は絶対に隊長の目に触れぬように窓のない船室の中にぶち込んだ。
思い返せば、少々手荒な仕打ちだったようにも思うがしかし、他に安全な運搬方法が思い浮かばなかった。
なんとか無事グラスウォールに辿り着いた頃にはもう日が暮れており、船室の客人は長旅の間に体力尽きて眠ってしまっていた。
纏わりつくシリシャスを『刺客の手引をした罪をお忘れか』といなし、客人を抱えて用意していた客室にぶち込んだ。熱が出ていた様子はないし、怪我をした様子もない。体力が回復すれば目を覚ますことだろう。
その際申し訳ないとは思いつつも、彼の首を絞めつける頸飾を拝借した。苦しかろうと思い外した瞬間、あからさまに呼吸が楽になったように感じたからだ。
「おそらくはこの頸飾が、毒を集める装置なのではないかと思われます」
「……え、毒気を? 自分で集めて? 自発的に宝玉を穢していたってこと? ……ええええ……なにそれこわい……」
「俺もさすがに初耳ですね。宝玉の色を穢そうなどという不届きものが明の国にまだ居た事実にも驚きですが、方法があまりにもひどい」
「毒気を集めるってことは、常に毒気病状態ってことでしょう? 頭痛と吐き気と身体の重さと耳鳴りと……え、もしかして常にずっと? ずっとその状態で暮らしてたの、彼?」
「はあ、まあ、おそらくは……」
「……そりゃあ、生きてるだけで手一杯にもなるよねぇ。何もできない傾国のお飾りじゃなくって、何かをする余裕なんてなかっただけじゃないの」
自らの色を隠すために、あの人は常に毒を飲み続けている状態だった。
その苦痛はいかほどか、残念ながら俺にはわからない。
ただ想像を絶する痛みであったことだけは確かだ。
「はーこわいこわい……宝玉の色を変える手段が常時デバフだなんて、とんだ脳筋フィジカルお化けだねぇ、ディアンと仲良くなれそうで良かったよ」
「いや、さすがに俺も引いていますよ……一緒にしないでいただきたい」
「ハンデをフィジカルでどうにかしようとするところ、そっくりだよ。まあ、彼の事情については本人が目を覚ましたらゆっくりと拝聴しようかね。私達がわーわー推測するより、直に聞いた方が早いし確実だものね」
「仰る通りですが、その……本当にまずい人物だった場合、アラバスター様の処遇はどうなるのでしょうか」
「うん? まずい人物ってどういう――ああ! 王都の政治に参加できるような重要人物ってこと?」
実際昨日、彼は命を狙われた。
王都の決定は『死罪』ではなく、『幽閉』でもなく、グラスウォールへの『追放』だった。となれば、その決定に不満がある何者かの差し金なのだろう。
アラバスター・フェルエナという人物を個人的に恨んでいるならばまだしも、王宮の勢力などに関わるのならば話が変わってくる。
そのような危うい立場の男を、グラスウォールに置いておいてよいものか。それは、グラスウォールが政治の争いごとに巻き込まれてしまうきっかけになるのではないか。
俺の危惧を感じ取ったラリマー卿は、やはり感情の分からない顔で息を吐く。
「あのねぇ、その、『いざとなったら汚れ役は自分が』みたいな顔よろしくないからね、仕舞いなさいね、そういう覚悟はいらないから」
「ですが――」
「彼は王都から捨てられちゃったんだから、もう戻すわけにはいかないんだよ。石流しって、まあつまりそういうこと。きみも知ってるでしょ? 捨てられた民をさ、二度も捨てるなんて、勿体ない。事情はどうあれ、王都は正式に彼をこの場所に捨てたんだから、正々堂々と歓迎してあげなくちゃ」
「しかしまた、刺客に狙われることがあったとしたら……」
「うーん。ウチの守りは結構頑丈だし、大丈夫だとは思うけどねぇ。そんなに心配なら、ディアンが彼の護衛になったらいいんじゃないの?」
「――え、いや、それは……」
「それがいいんじゃない? ほら、だって彼、とんでもない魅了持ちなんでしょ? 加護耐性があるきみならともかく、シリシャスあたりが近づいちゃったら人生狂っちゃうんじゃないの」
笑えない冗談だ。そしてありありとその様が思い浮かぶ己の、我が隊長殿への信頼の無さが悲しい。
「ま、あとの話はもう少し先伸ばししてもいいんじゃないかな。とにかく送迎、お疲れ様でした。あ、その怖い首飾りだけは預かっておくよ。テラヘルツがたのしく分析してくれると思うからね。……そろそろ朝食も終わる時間だし、客人の様子を見てきてもらってもいい?」
「承知しました」
面倒臭がりな上司は、とりあえず後回しにすることが得意だ。
しかし確かにこれ以上推測で話したところで、ただの雑談でしかない。いったん諦めた俺は礼をすると、ラリマー卿の執務室から出た。
朝一番の報告を終えた後の仕事は山積みだ。万年人手がないグラスウォールは、仕事の合間に仕事をしたとて手が追いつかない。
さっさと客人の生存を確認して、それから柵の修理の様子を見てから今日こそ倉庫の棚卸をしよう――頭の中で今日の仕事の段取りをしながら階段を上がったところで、廊下の真ん中にたむろする女中と兵士の姿が見えた。
グラスウォール私兵隊宿舎は、この地の中でも比較的広い建物だ。ラリマー卿を含む私兵隊百数人あまりが寝起きをしている場所故に、家事を手伝う専用の使用人も常駐している。
客人をぶち込んだ部屋の前に佇んでいた者は、女中の少女と年若い兵士であるアンバーだ。
「……何してるんだ、そんなところで」
早く仕事をしろという気持ちを出さないように気を使いながら、なるべく緩やかに声をかける。
片目を眼帯で隠した風貌はとりわけ恐ろしく映るらしく、この地に来た当初はかなり怖がられてしまった。今もその時の習慣が抜けず、できるだけ柔らかい物腰を、と気を使ってしまいがちだ。
女中は頭の上の耳を立てて飛びのいてしまったが、アンバーはいつも通りのからりとした顔で朝の挨拶を繰り出した。
「あ、おはようございます副長! あと、お帰りなさい!」
「おはよう。で、何してるんだ? もう朝礼は終わった時間だろう?」
「それがですねー、彼女がなんだか困ってたみたいだったので、ラリマー卿か副長を呼んできた方がいいんじゃないのって話してたところなんですよ。なっ!」
「へ、はっ、はいー……あの、お、お客様が、扉を開けてくださらなくてぇ……」
「客室には鍵なんかない筈なんですけどね、ドアノブ回んないんすよ。これ向こうからどうやってロックしてんですかね?」
「……そういうことか」
まあ、川の上に石の防壁を築くことができる御仁だ。扉のロックくらいは造作もない事だろう。
身の危険を感じている彼からしてみれば、おいそれと知らぬ民相手にドアを開けるつもりがないことも理解できる。俺もラリマー卿もこの建物内は安全だ、と断言できるがしかし、昨晩はそんな説明をしている余裕も機会もなかった。
「客人には俺が対応する。その朝食を持っていけばいいのか?」
「あ、ありがとうございます……! それとあの、新しいお召し物と、お薬をっ」
「承った。きみたちは仕事に戻っていいぞ。アンバー、あとで柵の修理の状態を見るから、直した場所を報告しておいてくれ」
「了解です!」
返事だけは完璧な部下を見送り、二人の姿が見えなくなったところでノックをするために手を振りあげる――そのタイミングで、かちゃり、と目の前のドアノブが回った。
ゆっくりと開いたドアの隙間からこちらを睨む男は、やはり美しい白い髪をしていた。
「朝食をお持ちしました。開けていただいてもいいですか?」
「……入れ」
スッと身体を引いた白い人に許可を得て、丁寧にドアを引いてそっと閉じる。瞬間、ガチッと硬質な音が響き、ドアノブが白い石のような素材で固定された。
……彼の宝石術は、思いのほか便利そうだ。
「それで、僕の身ぐるみを剥いだのはきみか?」
乱れたベッドの前に佇む彼は、頭からすっぽりとシーツを被ったいで立ちだった。いたずらを仕掛けている途中の子供のような恰好だったが、笑ってはいけないと表情を引き締める。
「濡れたままでは具合を悪くするでしょう。衣服は洗って乾いたらお返しします。それまではこちらの服をお使いください」
「成程。では僕の首飾りを誘拐したのもきみか」
「……勝手にお借りしたことについては謝罪しますが、あのようなものを付けていては死にますよ」
「やはりアレの作用を知っての上か。グラスウォール私兵隊の隊長殿はひどいぼんくらだが、副長殿は聡明で抜け目がない」
「…………あー……聞いていましたか」
「嫌でも聞こえる、壁一枚じゃないか。昨日は従者と誤解し随分とぞんざいな態度を晒した非礼を詫びる。というかどう見ても従者だっただろう、きみたちの隊長の態度はどうなってるんだ……」
「はは、耳に痛いお説教ですね。仰る通りですが、アレでもいいところはあるんですよ。……一応」
「信じられない話だな。出来れば僕はあの男とは一生顔をつき合わせずにここでの暮らしを終えたいと願う」
「なかなか難しいご相談ですね。グラスウォール領は広いですが、私兵隊宿舎は残念ながらここだけですから」
「……きみたちは僕をこの場所に幽閉するつもりか?」
「は? ……何故そのように思うんです?」
「僕の首飾りを奪うのならば、僕は外に出ることはできない。この白を曝け出して通りを歩けるわけがないだろう」
「王族の白だから、ですか?」
「……そうだ。この国では、白い宝玉を持って生まれる者は、王族のみだ」
「では、アラバスター様も王族なのですか?」
「…………きみ、デリカシーという言葉を知っているか?」
「事実確認はさっさとした方が良いでしょう。腹を探り合って遠回しに嘘を翳したところで得るものはありません。まずは座ってください。朝食の準備をしましょう」
抵抗するかと思いきや、ふー……と息を吐いたシーツの塊殿はそのままの格好でテーブルチェアに腰かけた。
下着までは剥いでいないので素っ裸ではない筈だが、まあ半裸で飯を食うのも確かにおかしい。先に服を着たらいいのにとは思うものの、別にそこまで指図するつもりもない。俺も彼の真向かいに腰を下ろす。
この国の朝食は簡素だ。
食事は一種類のみ。ミールと呼ばれる作物を粉に挽き、それに水を混ぜて溶かしたものをスープとして摂取する。これを朝夕二回ほど摂る。
ほんのりと白い液体をぐるぐると混ぜ、粉っぽさが無くなったところでカップを渡す。大人しく座ったものの、食事に口をつける様子はない。
だが話をするつもりはあるらしい。
「……僕は見た通りの白の宝玉持ちだ。だが、王族ではない。僕の母は宮廷術師だった」
「母体が授かった宝玉の色は――」
「母は麗しい赤の宝玉持ちだった。子の宝玉は同じ赤を選んだと言っていたよ。それなのに、生まれてきたのはまさかの白色だ。こんなことはありえない、これは凶兆だととんでもない騒ぎになったと聞いている。結果母は宮廷術師の座を追われ、僕は王宮で忌み子として隠されて育てられた。あの頸飾を手に入れるまでは、外に出ることすら許されない生活だった」
「子供の頃から、ずっとあの頸飾を?」
「ずっとだ。吐き気も頭痛もどんな不調ももはや僕の一部だ。早急にあの頸飾を返してほしい」
「それはできません」
「……何故?」
「グラスウォールは宵の国に近い位置にあります。王都は清廉な空気で満ちていますが、この地は毒気も強い傾向にある。普通に暮らしている分には微々たるものですが、あんな呪いのような首飾りを常時身に着けていては、本当に死んでしまします」
「死にそうになったら外せばいい。自分の限界くらいは知っている。船の上で死にそうになっていたのは、枷が邪魔で外せなかったからだ。とにかくアレがないと――」
「お返しできません」
「…………成程、こちらの要求を一方的に尽きつけても無駄か。それならば取引を提案する」
「取引?」
シーツの塊殿は、その麗しい瞳をすっと細める。
そしてまるで仕返しのように、俺の秘密についてデリカシーのかけらもなく指摘した。
「きみ、宵人だろう?」
「――――……ッ!」
思わず、立ち上がりそうになったが耐えた。しかしこの動揺は、さすがに無表情では流せない。
宵人。それは、明の国に居るはずのない、宵の国の民の総称だ。
「……何故、そう思うんです?」
「宵人は漆黒の瞳と髪を持つ。が、僕と同じように髪色と瞳の色を誤魔化す方法が無いとは限らない。それに僕は、明の国の王宮で、密かに暮らしていた宵人をよく知っている」
「――カイヤ妃、ですか」
「そう、名君と呼ばれた賢妃、カイヤ妃だ。僕は彼女が亡くなるまで、とてもよくしてもらった。そして彼女の秘密を打ち明けてもらった。カイヤ妃は宵の国から輿入れしてきた宵人だ――勿論これは、特別な秘密だった」
確かに、深い藍色の石を持つはずの彼女が亡くなった際、その身体は石を残さなかったという逸話は有名だ。
宵人と明人は、根本的に別の生き物だ。
宵の国の民は死んだところで、宝玉を残したりはしない。ただ骨になり、朽ちるだけだ。繁殖の方法も、食事や生活様式もまるで違う。そして一番の違いは、生活の場所だ。
宵と明は決して交わることはない。
明の国で、宵人が暮らせるはずがない。明の国にとって宵の国は、野蛮で汚らしい途上国のようなものなのだ。
「誰かに似ている、と思っていたんだ。きみは、カイヤ妃と少し似た雰囲気がある。その上きみは、僕の魅了加護が効かない様子だ。宵人には、明人の宝石術は一切効かないと聞いたことがある」
「…………根拠はそれだけですか?」
「それだけだ。確証はない。だがこの国の民は残念ながら少々噂に踊らされる傾向にある。僕が王都に戻りグラスウォールには宵の民が隠れ住んでいると叫べば、十人のうち一人くらいは本気にして騒ぎ始めるだろう。きみたちはそういう諍いを好まないのではないか?」
「俺を脅すつもりですか?」
「交換条件を提示しているつもりだ。僕は頸飾を取り返したい。アレを返してもらえれば、きみが宵人だなどと吹聴することはしない」
何と面倒なお人か。
はー……と息を吐くと、目の間に座ったシーツの塊は少し表情を曇らせる。おそらくは他の民が目にすればあまりにも美しく魅力的な顔面なのだろうが、生憎と俺にはただ少し整った美人程度にしか見えない。
面倒な美人は、どうして人の話を聞かないのか。今のは俺が悪いのか? いや、こちらは比較的冷静に話をしていた筈だ、俺は悪くない、たぶん。
……とはいえ、お互いに秘密を暴き合ってしまった事実は変わらない。
面倒だが、放り出すわけにもいかない。
ラリマー卿の言った通り、二度も捨てるわけにはいかないのだ。ここは、捨てられた明人たちの、最後の砦なのだから。
腹に力を入れ気合を入れなおすと、しっかりと美しい瞳を見据える。
彼が暴いた通り、俺には明の民の加護は一切効かない。
「強引にあなたの持ち物を奪った事をお詫びします。それと、先に代替案をお伝えしなかった事も」
「……代替案?」
「そうです。こちらの薬が、貴方の頸飾の代替として我々が提案する物です」
俺が差し出した薬は、先ほど女中から預かったものだ。グラスウォールを知らない客人は、大きな思い違いをしている。
彼は知らないのだ。
白色の宝玉持ち自体は、実はあまり珍しいものではないということを。
「これはグラスウォールで開発された、宝玉の色を変える薬です。副作用として少々の眠気を伴いますが、常時毒気を体内に溜め込むことに慣れた貴方ならば、眠気如きどうということはないでしょう」
「…………ま、待て、待て、何故そんなものが……いいのか、そんなことをして!?」
どの口が、と思ったが言わずに我慢した。俺はえらい。
彼は、宝玉の色を変える行為がいかに不敬でそして危ない行為か、身をもって知っているからこそひどく動揺しているのだろう。
「勿論バレたらまずいですね。しかし、ここはグラスウォール、明の国の辺境地にして国境のゴミ捨て場です。一度こちらに送られた民は、二度と王都に戻ることは無い。その上王都からの干渉もほとんどない状態です。川を下るのはまだしも、上るとなるとかなりの労力ですから――まあ要するに、放置されているわけです。つまり、バレません」
「そういう、もの、なのか……?」
「そういうものです」
「だが……何故、そんなものを作ったんだ……?」
「それは勿論、石流しされてきた白色の平民の為です」
「…………なんだって?」
そう、シーツの塊殿は知らぬだろう。彼は王宮で生まれ、ほとんど外の世界を知らぬまま育ったというのだから。
明の国の民は、宝玉を抱いて生まれる。しかし時折、母体に与えた宝玉の色が変化することもあるのだと言う。
「特殊変異と言うそうです。王族の色とされた白い宝玉は、時折平民の間でも生まれます。そしてその白い子供たちは、王都での生活を許されません。白は王族のみの特権色ですからね――。だから、白色の子は密かに流されて、ここに辿り着く」
「……証拠隠滅の為に、流されるのか……? 生まれたばかりの子供が」
「そうです。だからグラスウォールの民は知っています。王族ではない白色が、ごく普通に存在することを」
とはいえ、ごくまれに王都の民が訪れることもある。
危機を遠ざけることができるのならば、勿論用心するに越したことは無い。頭と目と宝玉を隠して生きるよりも、薬を欠かさず飲む方がはるかに楽だ、と我々は判断した。
「貴方の事情は、もう少し複雑であることは理解しています。根拠のない風評に晒されていることも、何故か刺客に狙われていることも。故に、俺とラリマー卿、そして世話係の女中以外は貴方の本当の色を知りません」
そこまで話した後、彼の反応を伺うために一度口を噤んだ。
シーツの裾をぐっと掴んでいた美人は、しばらく呆けたように口を開いたままでいたが、徐々に机の上に沈み込むように屈みこみ、やがて両手で顔を覆った。
「…………僕は……僕は、……取引だなどときみを脅した非礼を詫び……いや詫びて許されるものではないだろう…………」
……なんと。素直に自責し出してしまった。
「あー……いや、別に、そこまで気にしていただくようなことでもないですよ……。貴方は卑怯な手を使ったわけでもなく、洞察力だけで俺の正体を暴いたわけですから」
「いや、なんで認めてしまうんだ。きみは馬鹿か。いや馬鹿ではないが、証拠もないのだからそこはあやふやにしておくべきだろう……!?」
「まあ、俺の特性を知っていた方が貴方も安心するでしょう。その魅了の加護は随分と強力なご様子ですし」
「…………きみは本当に、宵の民なんだな」
「半分だけですがね」
それでも俺には、宝石術の加護は効かない。
故に最新の加護付き防具などは俺にとっては無意味だ。頼れるものは堅牢な古めかしい武具と、そして己の体術のみとなる。
明の国で暮らす上で、これほどまでにキツいハンデはないと時折嘆いたものだが、魅了ごときに本能を誑かされない、という利点があるとは知らなかった。
たっぷりと自己嫌悪に浸り終えたのか、机の上で溶けていた彼はすーっと息を吸うとがばりと起き上がり、被っていたシーツから頭を出す。どうやら頭以外を隠す気はないらしく、上半身が半分程見えていた。
……顔に似合わず、思いのほか鍛えられた身体から、そっと目を逸らす。いや、他人の裸体は普通直視を避けるものだろう。
本当に先に服を着てほしかった。まあ、本人が気にならないなら、別にどうでもいいことではあるが……。
俺のささやかな動揺など知る由もなく、真剣な顔の術師殿は恭しく床に膝をついた。
「え、あの、何を――」
「非礼を詫びたい。できることならば、何かひとつ僕に命じてほしい。あなたの秘密を暴いた咎を恥じ、僕はその命に従おう」
「いや……そんな、大袈裟な……」
「大袈裟なわけがあるか。僕は与えられてばかりで、まったく対等ではない。何が取引だ、数刻前の自分を殴って口を縫い付けたい思いだ」
「…………あー……成程、貴方は、なんというか……思っていたよりもまっすぐな方なんですね……」
「しなだれかかって誘惑するような男であってほしかったか?」
「いいえ、さっぱりした気質でありがたいです」
「なら良かった。で、僕はあなたに償うために何をしたらいい?」
「別に何も――」
「何もないは無しだ。どう考えても僕はあなたに対し過ぎた真似をした」
「……それならば、グラスウォールに尽くす、と誓ってください」
やれやれと息を吐く。
この人は随分と面白く、そして堅実すぎる人なのかもしれない。
「グラスウォールに?」
「はい。ここは俺の生まれた場所ではありませんが、今や故郷と言える場所です。グラスウォールに尽くし、この辺境の地を豊かにするために力を惜しまないと誓ってください。それが俺から貴方に求める『贖罪』です」
「……わかった。アラバスター・フェルエナは今この時より、命を終えるまでグラスウォールに尽くすことを誓う」
「ありがとうございます。よし、それじゃあ一度立っていただいても?」
半裸の彼を立たせると、今度は俺の方が彼の前に跪いた。自己紹介が中途半端なままだったことを思い出したのだ。
「申し遅れました。俺の名はオプシディアン・アレスです。グラスウォール私兵隊副長として、貴方を歓迎します」
「……オプシディアン、殿」
「ディアンで結構ですよ。敬称もいりません。貴方の配属はおそらく私兵隊ではない筈ですから」
「それならば僕の名もアラスタでいい」
「中字抜きの略称は蔑称では?」
「王都のルールなど知った事か。僕は僕の大仰な名が好きじゃないんだ、ぜひとも軽々しく呼んでくれ」
そう言われてしまえば、断りにくい。それではと許された愛称を口にしようとした時。
コンコンコン、と、軽いノックの音が響いた。
「アラバスター殿~~~そこにウチのディアン居ますかね~~~ちょっと開けても、あれ、ノブ回んないね? この部屋鍵ついてたっけ?」
……まったりとした声は、ラリマー卿のものだ。
慌てた様子でドアノブを固めていた宝石術を解いた術師殿――アラスタは、すぐにラリマー卿を部屋の中に招いた。
「ああ、まだお話し中だった? 話終わった? ていうかなんで半裸……え、何してたのきみたち……?」
「何もしてませんよ。彼は着替え途中だっただけです」
「あ、そうなの? そういうものなの? なんかちょっと納得したら駄目な気もするけど時間ないからまあいいよ……。アラバスター殿、お初にお目にかかります今後貴方の上司になるラリマーですよろしくね。ええとね、ちょっと早速なんだけどね、頼みたい仕事があってぇー」
「え、待っ……あの、ラリマー卿、ぼ――私は、まだ正式な刑罰を、伺っていないんですが……!」
「刑罰? なにそれ、あっ、そういえば追放っていう体だったんだっけね! そっかそっか、うーん、いやでも別にあなた、何か罪犯したわけじゃないんでしょう?」
「罪、は、まあ、その……しかし、民を顧みない王を止められず結果、政権の混乱を招いたことは事実で――」
「そういう責任を取るのは役職についてた人でしょう。私の認識だとね、あなたの存在は王都では手があまるから辺境に流しちゃいましょそうしましょって感じだったんじゃないのって思ってるよ。つまり罪なんかないわけ。無罪。そう、ただの民。ただの民はね、罰なんか受けるよりももっと大事なことがあるんですよ。ディアン、何だと思う?」
「労働、ですか?」
「そう! 労働! いやぁーどうやら有能な術師さんみたいだし、本当に助かるよ~。実はね、ウチは万年人手不足でね、ただ飯をくらう罪人なんて抱えてる余裕はないんだよ。……ごめんね、働いてもらうよ」
何でもないようにまったりと言い放ったラリマー卿は、またあとで執務室来てねと言い、踵を返してしまう。
「あ、でもまずは服着てね? あと薬、嫌じゃなかったら試してみてね。きみの怖い首輪より、たぶんずっと楽だろうからね」
ばたんと締まったドアを、アラスタはもう施錠しなかった。
ただ茫然と佇む彼が、ひどく興奮していたことは、その高揚感に満ちた顔面から容易に見て取れた。
何も成さぬ、傾国のブローチ。自らそう自虐していた彼は今この時から、ただの辺境地の労働者になったのだ。おそらく、いや……俺には想像できぬ程、彼の胸の内は様々な感情で溢れていたことだろう。
「……ディアン殿、聞いたか?」
「殿はいりませんよ。何をですか?」
「…………僕はここで、働いてもいいらしい」
泣いてしまうのではないかと危惧してしまうほど、アラスタの表情は感極まっていた。普通に心配になる。ただでさえ、思っていたよりも好人物だというのに、その感じで外に出してもいいものかと不安になるので落ち着いてほしい。
もしかしたら彼はかなり素直で面白く、そしてとても分かりやすい人なのかもしれない。
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