6 / 20
4◆オプシディアン|秘密の家
正直なところ、爆弾どころの騒ぎではない。
王都から流されてきたブローチ殿は、誰もが目を見張るほどの有能術師だった。
「ええと、北部の柵の修理問題なく終了しました。これは長らく夜獣が巣を作っていたせいで近づけなかった箇所でしたが、アラバスター殿が巣を包囲、そのまま一掃、一気に片をつけた結果さっくりと作業が進行したという具合です。ついでに農具の軽量化加護のおかげさまで、今期の作付けの八割がすでに終わってると報告を受けています」
「そうか……まあ、今期は気温も随分と安定していたからな……」
「それだけじゃありませんよ。運送荷車に移動の加護をつけていただいたおかげで、運搬の労力が半減です。物を浮遊させるだけのおもしろ宝石術だと思っていたんですが、あんな使い方できるんですねぇ。王都ではアレが普通なら、そりゃ便利ですよね」
……いや、移動加護を軽量加護と同時につけてほぼ自動で動くようにする、などというとんでも宝石術は見た事も聞いた事もないが、口を挟むのも面倒なので黙っておいた。
原理としてはわからんでもないが、普通はそんなことに宝石術を使ったりはしない。
王都は人口のわりに小さく、重いものを運搬するような機会も少なく、かつ宝石術は比較的高貴なものとされている。民が楽をするために使うなど、基本的には許されない雰囲気だ。
刈った工作作物を束に縛りながら、アンバーは上機嫌に声を上げる。
「アラバスター殿がいらしてから、私兵隊の仕事もすんげー楽になりましたよ。農耕に全力を出す必要がないので、夜獣への警備などに時間をさけます。いやー有能術師様様ですねぇ~」
「……恩恵は確かに多いな。むしろ多すぎるくらいだが」
「え、多すぎると何か悪いんですか?」
「悪い、というか、面倒くさいな。確かに彼は有能だが、誰にでもできる仕事ではなく、彼にしかできない仕事が多すぎる。アラスタが居なくなったらどうする?」
「あー……確かに。でも、誰かに教えるってわけにもいきませんよね? 高位宝石術を使える人材なんて、ヴィーダくらいしか居ないじゃないっすか。……ヴィーダに移動加護と軽量加護を教え込むってことっすか?」
「ヴィーダにこれ以上無理を強いる気はないよ。彼女はやっと本業に力を入れられるようになったんだ。俺の武具もそろそろ新しいものがほしい」
「あ、それなら良かったっす。加護付けばっかで剣が打てないってめそめそしてましたから」
基本素材に乏しい明の国では、壊れかけの器具を何度も補修、補強して使う事になる。しかしあらゆる加護が効かず、ほぼ相殺してしまう俺は、加護で補強した武具農具を使うことができない。
なるべく頑丈な武具を作ってもらい、重さに耐えて振り回す他ない。アンバーの嫁であるヴィーダは、俺の事情を汲み、素晴らしい仕事をしてくれる鍛冶職人だ。
宝石術は、基本的に適正による。要するに生まれ持った才能がモノを言う技術だ。
鍛錬でどうこうなるものではなく、こと『王都に捨てられた出来損ない』であるグラスウォールの民は宝石術が苦手な者が多い。
明の民ですらない俺など、その最たるものだ。勿論俺は、宝石術など使えるはずもない。まあこの地には、そういう者も少なくはないので、なんとか怪しまれずに済んでいる。
そもそも――アラスタに、こんなに大量の仕事を押し付ける気など、毛頭なかった。
彼の扱いは慎重にすべきで、彼の魅了加護についても慎重に扱うべきだからだ。
しかし五日でグラスウォール領のほとんどすべての農具を直しきってしまったアラスタは、他に仕事はないのかとラリマー卿に詰め寄ってしまった。
迂闊だった。俺がその場に居れば、双方をどうにかして止めたものを、トリンが慌てて報告に来た時にはもう、アラスタは次の仕事を承って上機嫌だった。
……ラリマー卿はやり手の秀才であるが、無駄に民を信頼しすぎである。
五日ですっかりアラスタの能力を信頼しきった卿は、『顔を隠せば別に外に出ても大丈夫でしょ、護衛 もいるし』と言い放った。きみが居るから大丈夫だよね――などと、その信頼しきった顔でこちらをチラ見するのをやめていただきたかった。
ラリマー卿の信頼はありがたく、光栄だ。
しかしながら、同時に大変面倒で頭が痛い。
確かにアラスタの活躍で私兵隊の仕事にも余裕が出来、俺も今まで以上に時間に余裕ができたが――空いた時間でやりたい細々ととした仕事はごまんとあるのだ。アラスタの護衛に全てを費やすわけには……。
「失礼しますぅー……ディアン副長、いまちょっとよろしいですかー……?」
中庭で作業をしていた俺の背中に、おずおずとしたか細い声がかかった。
すっかり有能術師殿の側使えとなった女中、トリンだ。
彼女は一部の明人特有の亜人器官を頭の上に乗せていた。過去の先祖の名残、先返りとも呼ばれるもので、時折このような特徴を持つものが現れる。アラスタの側頭部にも飛禽獣の羽のようなものがある。
トリンの場合は、ぴんと立った夜獣に似た耳だ。今はその耳が、べったりと伏せられている。怯えている時の彼女の特徴だ。
「……どうした? アラスタ殿は今、ラリマー卿と歴史の勉学中では?」
「はい、あのぅ、今回はアラスタ様の件ではなくー……た、隊長のことなのですがー……」
「…………シリシャス?」
「はいー……その、こんなことを、副長にお伝えしていいものか迷ったのですが……アラスタ様に少しでも関わりそうなことは、なんでも報告してよいと、言っていただけたので、せ、僭越ながら」
トリンは元々、俺とはあまり話す機会はなかった。
俺は常に忙しく溢れるほどの仕事で手一杯だったし、彼女は引っ込み事案な質で会話を好まぬ様子だったからだ。
しかし魅了が効かない者を誰か一人アラスタ殿の側使いへ、と悩んだ結果、トリンが抜擢された。
彼女は王都での生活も長く、王宮についても知識がある。その上生まれ持った体質でアラスタの魅了加護に見事に耐えた。
アラスタの側仕えであるトリンと、何故か護衛扱いされている俺は、それなりに交流を持つようになった。
最初は嫌われているのかと思ったが、トリンは気さくなアンバー相手にもびくびくと怯えているので、別に俺が殊更ビビられているわけではないと知った。
何のことは無い、彼女は誰に対してもこの調子なのだ。アンバーが人見知りをしないように、アラスタが誰にでも誠実なように、それが彼女の性格なのだろう。
ただ、己の性格の怯えが原因で仕事がうまく回らない、という事態は避けたい。だから俺はまず、トリンにこう言った。
何を言われても決して怒らないし、どんなささいなことでも一向に構わない。
アラスタ殿に関わると思った事、懸念する事、気づいた事などなんでもいい。何かあれば、すべて教えてくれ、と。
それが彼女の仕事であり、そして間接的には俺の仕事であるのだ。
小さく縮こまるトリンは、ひどく言いにくそうに、しかし決意を固めた様子で口を開く。
「あのっ……さ、先ほど他の女中が話していたのです……シリシャス様が、今朝からとても頻繁に、水を求めてくると」
「………………」
「………………」
彼女の報告に、俺とアンバーは押し黙り、次いで深い息を吐いた。
「……シーズンか」
「シーズンっすねぇー……隊長、いっつもシーズンの初めにすげー喉が渇くそうですから……」
「は、はいー……女中も皆、その、隊長のシーズンが来たのではと噂していまして……それに、最近の隊長はとても、苛立っていらっしゃるご様子で――」
「まあ、それは、そうだろうな……有能な術師殿が、あまりにも有能すぎるせいで、己の手柄が霞むんだろう」
シリシャスがやけに不機嫌であることに、気がついてはいた。というかこれはアラスタが辺境地の仕事改革をしてしまったが故の面倒くささの一端だ。
我が私兵隊の隊長殿は、少々困った気質の男だ。
あれでいて身体能力はあり、仕事にきちんと向き合えば有能なのだ。ただ少々性格が幼稚で、やる気にムラがあるだけで……。
基本的に俺は隊長のことを、しつけのなっていないガキだと考えている。
子供はいつでも、自分が一番でなければ腹を立てる。
その苛立ちの矛先が、いつアラスタ本人に向けられるかわかったものではない――しかも、理性よりも本能が優先されるシーズンが来たとなれば、何が起こっても不思議ではない。
「ありがとう、報告助かった。きみのおかげで事が起こる前に動けそうだ。アンバー、あとは一人で頼めるか?」
「了解っすー。終わったら倉庫の帳簿の整理やっときます」
本当に返事だけは良いのだが、最近は進んで先の仕事をこなしてくれるので評価を上げてしまいそうになる。仕事が楽になった為、皆に精神的な余裕も生まれているのだろう。
トリンを下がらせ、足早にラリマー卿の執務室に向かう。
軽くノックをしたものの返事がないので声をかけて入室すると、机の前で唸るラリマー卿の姿があった。
対面に座って背を正している男は、件の有能術師殿だ。
「……辺境地の歴史について熱弁をふるう予定ではなかったのですか?」
どう見ても、駒取りゲームをしているように見えるのだが。
「いやー……うん……それがね、彼ってば事前に予習をたんまりしちゃってね、私が教えるような事はもうなかったんだよねー……時間余っちゃったからね、こう、一局お相手いただこうかと思ったんだけど」
「……詰んでませんか?」
「詰んでるんだよねぇ。ふふ……いやお見事だよねぇー、久しぶりに負けちゃったよ。アラスタ殿は優秀で困るねぇ」
「とんでもない。手加減をしていただいた故のまぐれです」
「またまた~ゴリゴリに追い詰めてくれちゃって、私途中からマジだったよ~。よい暇つぶし見つけちゃったね、また遊んでね。で、ディアンは血相変えてどうしたの? またシリシャスがやらかしたの?」
「残念ながらやらかしそうだったのでその予防です。どうやら隊長がシーズンに入った様子です」
「え。早くない? もう少し先だった筈じゃない?」
「彼のシーズンは不定期ですから……」
「えええ……困るー。彼この前パートナーと別れたばかりでしょう? また女中と問題起こしたら困るんだけどなぁー今の子たち優秀だから、辞めてほしくないし」
「……あの隊長殿は、シーズン中にところかまわず女に手を出すタイプなのか?」
アラスタが顔を上げて俺に問う。こちらとしては、苦笑いで誤魔化すわけにはいかない。
「さすがにそこまで恥知らずではないですよ。所かまわず発情するというような事はありません。ただ、かなりこう、情緒が安定しなくなりますね」
「すでにあまり安定しているようには見えないが……」
「手厳しいですね。仰る通りですが」
シリシャスシストのシーズンは厄介だ。
あれでいて民を傷つける男ではないが、とにかく感情の振れ幅が広くなる。よく笑い、泣き、そして怒る上に頭の悪さは据え置きだ。己の行動が何を招くか、微塵も考えずに突っ走る。
人恋しさに耐えられず、手当たり次第に女中を口説きまくるのも彼のシーズン行動の定番だ。比較的顔が良いのもよろしくない。女癖はお世辞にも良いとは言えないので、シーズンが終われば用済みになった女と必ず揉めることになる。
勝手に揉めているだけならばまだしも、ラリマー卿の言う通り女中と喧嘩をして辞める辞めないの話になると面倒だった。
本能に抗えない馬鹿が、うっかり目の敵にしているアラスタを傷つける事も、逆に顔を見てしまい熱烈な恋を錯覚してしまう事もありえる。
「正直、何が起こるかわかりません。魅了加護を押さえる薬ができるまでは、警戒しておくべきでしょう」
「そうだねぇ、まあ、仕方ないねぇ。まーでも、ほら、アラスタ殿のおかげ様で皆手は空いてるからね。うん。三日くらいはアラスタ殿軟禁しても問題ないでしょう」
「……軟禁……? え、僕は軟禁されるんですか? 僕が? 隊長殿ではなく!?」
「いやー本来はシーズンで迷惑かける方をね、牢にでもぶち込んでおくべきなんだけどね、なんていうかー……話の通じる方に穏便にお願いしたほうが早いでしょ?」
正直、かなりずるいやり方だ。
シリシャスを監禁するより、アラスタに頼み込んでしばらく姿を隠してもらった方がはるかに簡単だ。納得できない――というアラスタの表情も、まあ、わかる。
何の落ち度もないのに他人のシーズンに振り回され、不便を強要される方はたまったものではない。
「それにほら、きみ働きすぎだから。ちょっと休んでおくべきだよ」
「それは、あの、しかし、南区域の橋の修理をなるべく早く――」
「後でいいよーあの橋元々壊れて放置してたんだし。てーかね、何でもかんでもきみがぜーんぶやっちゃうと、他の人達がきみの仕事に甘えるのが当たり前になっちゃうからね。勿論きみの有能さはとってもありがたいんだけど――有能なんだから、その分たくさん遊んだっていいんだよ。しっかり仕事した子は、しっかりサボるべきなんだから」
「サボるという表現はどうかと思いますが、休むべきという意見には俺も同意します。というわけで、アラスタ殿、こちらへ」
「は? こちら……?」
懐疑的な顔を晒しながらも大人しく差し出した手を掴む。少々素直すぎて不安になるが、まあ今は素直に従ってくれた方がありがたい。
「この私兵隊宿舎は堅牢ですが、それは外部の敵に対する話です。生憎と仲間相手にはザルも等しい。というわけで、誰にもバレていない秘密の場所にご案内します」
「ひみつのばしょ?」
「俺の秘密基地です」
アラスタの怪訝な顔は、より一層険しくなる。
本来なら、誰一人寄せ付けることは無い。ラリマー卿ですらも、無作法に寄り付くことは無い。
そこは俺が唯一この明の国で、宵人をしての本性を隠さずに過ごせる場所だった。
ともだちにシェアしよう!

