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9◇アラバスター|明と宵

「やぁ、初めまして、明の方々! 兄がいつもお世話になっています!」  城主である、と紹介された黒髪の男は溌剌とした最高の笑顔で僕達を歓迎した。  連れてこられた時の対応がまるで嘘のようだ。  ディアンが牢を出てから数刻後に、僕達はあっさりと解放された。しかしすぐに帰って良し、とはならず、城主に謁見するように求められてしまった。ここは宵の国唯一の城であり、要するに首都だと聞く――つまり城主とは国王に他ならない。  濡れたままだと不快だろうと渡された着替えは、明の国では疎まれる黒色をしていた。広い部屋で再会したディアンもまた、黒い服を纏っていた。自分が着るとなると抵抗があるが、彼には黒が設えたようによく似合う。  どうやら彼の交渉は、うまくいったらしい。  部屋の中央にはデカいテーブルが置かれ、黒いクロスが掛かっていた。  明の国では工作作物(マテリア)からすべての生活用品を作り出す。布もその一種であり、マテリアの色は基本白い為大抵のものは白を基調としていた。それと同じように、この国では基本の素材が黒いのかもしれない。  机の前に並べられた椅子に座るように促され、僕はディアンの横の椅子を引く。無理やり名乗らされた後、上機嫌に目を細めた城主は大袈裟に両手を広げた。 「改めて自己紹介をしよう。私はコンドライト・アーレスライト。一応、宵の国で一番偉いというか、そういう役割をこなしている者だ。そしてきみたちの友人であるオプシディアンの腹違いの弟にあたる」 「……腹違い……? ああ、母体が違うが父は同じ、ということか」 「驚かないね。兄はきみに身の上を打ち明けていた?」 「いや、知らない。それに十分驚いている。とはいえ、まぁそれなりの身分なのだろうな、と予想はしていた」  思い返せばオプシディアンは、かなり紳士的な身のこなしをする男だった。  王都から流された民ではなかったとはいえ、宵の国を追放された荒くれものとは思えない。僕が過ごしていた王宮に紛れ込んでいたとしても、おそらくは遜色なくなじむだろう。 「宵の国の元王族が、よく辺境私兵隊などに入隊できたな……」  呆れて隣の男を見やると、いつもの苦笑が零れる。 「それは、まぁ、そうですね……俺の上司の心が広すぎるせいでしょう。もしくは、働きたくないばかりに部下の能力主義を徹底しすぎているせいかもしれません」 「わらかんでもない話だ。そうでなければ、傾国のブローチも変態薬師も積極的に採用されるはずもないか……」  ラリマー卿ならば、仕方ない。あの方はあまりにも温厚な能力主義者なのだから。  僕達の会話を見守っていた城主――コンドライト王は、テーブルに肘をつきにこにこと目を細める。正直初見ではかなりきつめの顔に見えたが、脂下がった目元からは素直な無邪気さが垣間見える。  ――カラカッタ王女とは、対照的な印象だ。 「いや~元気にしていた、とは言われたけれど、本当にちゃんと元気に生活していたみたいで嬉しいね。いやほんと、あの兄さんにこんなに気安く、そしてきちんと敬意をもって接してくれてかつちゃんと評価してくれる人がいるなんて……ああ、ありがとうね、ジェット」  ジェットと呼ばれたおかっぱ頭の部下から手巾を手渡されたコンドライトは、少々大袈裟に涙を拭いてみせる。感極まっている様子は演技には見えないのだが、その後すぐにサッと表情を整えるところが少々恐ろしい。  ディアンの身内だから、と安心してはいけないのだろう。  彼は、曲がりなりにも一国を背負う王なのだ。 「さて、積もる話も聞きたい話も山ほどあるのだけれど、まずはその中から頭の痛い話を選択しなくてはならない。そう、私達がきみたちを襲った所以だ」 「……襲った、と認めるんですか」 「兄さん、敬語はよしてくれ、ちょっと気持ち悪い。そう、私達は間違いなくあなた方を襲った。腹の探り合いは面倒くさいから単刀直入に言おう。理由は明の民を拉致し、尋問するためだ」 「尋問……?」  王との会話はディアンに任せた方が良いだろう。  そう判断して黙っていたものの、眉を寄せたディアンと同じ戸惑いが僕にも湧き上がる。 「尋問、というか、まあ話を聞かせてほしいと思っただけだ。とはいえ、きみたちの土地は私達にとっては危険な場所だ。申し訳ないが、一回こちらにご足労いただき、話をしたい。そう思っての蛮行だ」 「ああ……蛮行だという自覚はあるのか……」 「あるとも。だがお互いに関係性が拗れて断絶してからあまりにも時間が経ちすぎた。正直なところ我々は、明の国がどの程度拡張し、今の王都がどこにあるのかも知らない。隣国のが宵人と笑顔で握手してくれるとは思っていない」 「コンドライト、それは明人への蔑称だ」 「私個人がどう思おうと、宵の民はみなそう呼んでいる。そういう関係性なんだ」 「……だから、手順を踏まずに拉致を?」 「兄さんがこういう手段を嫌うことは知っている。ただ、勿論話を聞いたらお帰りいただく予定だった。別に取って食う気もなければ、飼う気もない」 「そういう感覚がそもそも――いや、今はいい……貴方たちは、一体明の民を捕まえて、何を知りたいんだ?」 「それは勿論、」 「……行方知らず……?」 「なんだ、やっぱり兄さんは知らないのか。……ここ最近、民の行方不明者が急増しているんだよ。野垂れ死んだり、逃げ出したりした民ではないことは確認済みだ。みな健康で、そして若く、何より見目麗しい者ばかりだった」 「その者たちは、明の国に関わりがあると?」 「みな国境付近で消えているんだ。ひとりふたりなら、川に落ちたのかと思うところだが、三十人を超えるとさすがに疑わざるを得ないだろう?」 「それは……俺達が捕まった場所で、か?」 「いや、もう少し川の上流だ」  上流。つまりオールウォールとの境あたりか。  あの辺りはグラスウォールの端である。何もなく、ただ荒涼とした枯れた大地が広がる。そんな場所、明の国の民ですら近づこうと思わない筈だ。  ただ――貨物運搬用の川を下れば、容易に行きつく先である。辿り着く手段がないわけではない。 「私だって疑いたくはない。正直なところ、明の国とは関わりたくないんだ……何といっても、面倒くさいからね。彼らは当たり前のように土地を汚し、私たちを荒れた地へと追いやった。今更、喧嘩を売る気も買う気もない。だがそれも、宵の国の民に被害がなければの話だ」 「明の国が、宵の国の民を誘拐していると考えているのか? そんなことをして何になる……? 宵人は加護もきかず、宝石術も使えない。ただの労力ならば明人に劣るだろう」 「労働力ならそりゃそうなる。我々はミールのみで生きることはできないし、明の民よりも燃費は悪い。より多くの食事、休息、睡眠が必要だ――だが、?」 「…………明の民が、宵の民を飼う、というのか?」 「あり得ぬ話じゃないだろう。何せ私達は、彼らにとって得難い感情を与えられるらしいと聞く」 「そんなものは迷信では……」 「兄さんは本当にそう断言できる? あなたはあちらの国で生活していたんだろ? 兄さんは正しく潔癖でとても用心深い人だから、ほとんど誰とも触れ合わず真面目に生きてきたんだろう。だから知らないだけではないの? 宵の民は、」 「………………」  ――ああ、と思わず声が出そうになった。  とんでもない話だった。全て初耳で、信じられない話だ。しかし僕には少々、思い当たる節がある。  初めてディアンに会ったあの船上で、僕は大量の毒気に当てられ体調を崩していた。しかし彼に手を引かれ介抱された時、妙に気分が楽になった記憶があった。  あれは外の空気に当たったせいではないのかもしれない。  僕が訝しんでいると、ディアンとは逆の位置に座った薬師が『あ』と声を上げた。 「……それたぶん本当だ」 「テラヘルツ?」 「ぼくさっきサァ、そこのおかっぱおにーさんの手を掴んだの。いやぁ掴みたくて掴んだわけじゃなくってぇ、さすがに毒気がすごくてね? うーん動くのしんどいかもって思ってたら、躓いちゃって――ふふ、うっかりドーンってね、おにーさんとぶつかっちゃったわけ。そしたらなんかねぇー……毒気がちょっとだけ抜けた、感じしたんだよね」  宵人に触れると、明人は安心を得る――毒気が抜ける?  それは一体、どういう原理だ? このことを、王宮の人々は知っているのか?  そして知っていたとしたら、まあ、馬鹿な民が暴走する可能性は、ゼロではないのが辛いところだ。なにせ我が国の民は少々短絡的というか、頭が悪い傾向にある。  口を開いたついでとばかりに、テラヘルツはだらだらと喋る。 「明の民ってサァ、特に王都の人達なんかは、なんていうかちょっと平和ボケっていうか、『とりあえずやってみて、違ったら考えればいいかぁ』みたいなとこ、あるよねぇ? 悠長っていうかー大らかっていうかーあんまり真剣に考えてないっていうかー」 「……食料危機がなく、争いがない為だろうな。我が国の争いといえば王宮内の下剋上くらいのものだ。宵の国との戦争ももう二十年前の事だと聞く」  その上、人口も一定から減ることは無い。  一生を終えた明の民は宝玉に戻り、また別に母体に宿ることで子を成す。明の国の人口は、常に王宮が管理している状態だ。 「戦や争いの種は大抵、食糧飢饉だからね。奪い合う物が無く、安定した生活が送れている状態なら、誰も戦など起こさない。明の国は土を穢し、我々の農耕地を奪い、多くの土地を占領した。結果、宵の国は僻地でどうにか生き延びるしかない」 「……すべて明の国のせいだと?」 「そうは言っていない。私は当時を知らないが、こちらもうまくやれなかった結果だろうとは思うよ。私が述べたものは、宵の国に伝わる事実だ。しかし休戦協定後はお互いに不干渉を貫いてきたんだ。宵の民を拉致し、あまつさえペットにしている可能性があるとなれば、私は動かざるを得ない」 「確証はない」 「違うという確証もない」 「……あなたは、我々を拉致して話を聞きたかったんじゃない。僕たちとあなたたちの身体の関係性について、実験する気だったな?」 「必要なことだ。何せこの国にはもう、明の国の資料など残っていない。実際に捕まえて実験する他ないだろう。休戦協定でさえも、そんなことがあったらしいという伝説に近いんだ」 「……たかが二十年前の事だが?」 「きみたちにとってはね。だが残念ながら、私達の人生は、きみたちよりもずっとずっと短いサイクルで回っている。当時を知るものは、もう居ない」 「………………どういうことだ」 「そのままの意味だよ、アラバスター殿。きみたちがカウントしている一年は、我々の数えでは十年に当たる」  ――流石にこれは、一瞬どころか数刻固まってしまった。その事実を飲み込むまでに、かなりの時間が必要だった。  今まで、考えたこともなかった。どうして考えなかったのだろう。宵の民と明の民は、見た目は同じでも、同じ言葉を使っていても、別の生物の生態をしているというのに。 「明の民は老いないのだろう? 生まれて成長し、ある一定の年齢で成長は止まる。そのまま長い寿命を全うすると聞いている。しかし私達の寿命は約百年弱――きみたちの数え方では十年にも満たない。我々にとって休戦協定とは、二百年も前の、古い先祖が経験した出来事なんだよ」  黒い王が口にした事実は、あまりにも衝撃的で、僕はしばらく言葉を失う他なかった。

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