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11◇アラバスター|報告と提案
一日ぶりに無事帰還したグラスウォール私兵隊宿舎は、予想以上の混乱っぷりだった。
副長の行方を心配したアンバーはもとより、あの『なるべく執務室から出たくない』と豪語しているラリマー卿すら僕たちの捜索に加わっていたというのだから驚きだ。
まあ、ディアンはことグラスウォールで愛される存在だ。テラヘルツもかなりの古株だというし、この二人が行方をくらましたとなれば皆大慌てだったに違いない。
そんな風に他人行儀に眺めていたものの、僕に向かって一直線に駆けてくる小柄な影に思い切り追突された。
「アラスタ様……! ご無事っ、ご無事でよかった……!」
「……トリン、落ち着いてくれ、生きてる、生きてるから、その、痛い……」
思い切り抱きしめられ――いや抱きしめるというか捕らえられ、思わず死に際の夜獣のような声が出る。
「一晩中皆で捜索していたのです……! 一体どちらにいらしたのですか……!? こんなことならば森の探索に同行するべきでしたっ!」
「いやきみの仕事は宿舎内を正常に保つことだろう……テラヘルツの薬草摘みは危険だ。まあ、その、きみがいてくれたら男三人道に迷うことも無かっただろうがな……」
事前に話し合い、表向きは『道に迷って野宿した』という体にしようということになっていた。勿論ラリマー卿には包み隠さず報告するつもりだが、何も知らぬグラスウォールの民に、宵の国の怪しい動きを示唆するつもりはない。
何より僕達も、何が真実なのか、まだ何も判別つかない状態だった。
とにかく、僕達は無事宵の国から帰還した。
かなり胡散臭い疑惑と、そして全く歓迎できない取引を携えて――。
「……はー。成程成程、きみたちは宵人に襲われて拉致されて城に連行されて現国王と会談して帰ってきた、と。……うっかり食べた新種の菌類の幻覚とかじゃなくてぇ?」
一通りの騒ぎが収まった後、僕達三人はラリマー卿の執務室に居た。
主に報告をこなしたのはディアンで、ラリマー卿との対話もほとんどディアンが担う為僕の出番はなかったが、同席しないわけにはいかないだろう。
「幻覚だった方がありがたいですね。しかし現実であるという証拠が山ほどあります」
「そうねぇ、ま、他の民なら幻覚じゃないのって言いはりたいけどね、ディアンだものねー……元気なお土産付きだしね」
そう言ったラリマー卿が視線を馳せた先には、私兵隊宿舎にはそぐわない人物が背を正した状態で立っていた。私兵隊宿舎どころか、明の国にいるべきではない人物。
宵の国の警備隊員である、ジェットだ。
この国ではひどく目立つ黒い制服をきっちりと着込んだ彼は、切りそろえられた漆黒の髪を揺らして美しく礼をした。
「この度は多大なるご迷惑をおかけいたしまたこと、我が主より謝罪の意を承っております。明の国の領主ラリマー卿へ謝罪いたします。また、不躾な要請を述べる機会をいただき、大変ありがたく存じます」
「はい、謝罪確かに受け取りました。いや、ちょっと謝ったからいいよねってレベルの事件じゃないんだけど、とりあえず三人とも無事だったし今回は喚くのやめときます。ていうかいいの? 宵の国の人が正式に接触するなら、私なんかじゃなくて王都に行くべきじゃない?」
「いえ――我々は、明の国と交渉がしたいわけではありません。あくまで『宵人の失踪事件』に関しての捜査がしたいだけですので」
「うーん、言いたい事はわかるんだけど、一応あなたはあなた、うちはうちでもう関わらずに生きていきましょうねっていう不可侵条約があるからねぇ。謝罪がしたいという大義名分があったとしても、本来あなたがグラスウォールに存在している事自体が結構まずい……なんてのは、勿論わかってて、それでもその上で~って感じなんだろうけどね」
「……その、あまりにも不躾な要求をしている、という自覚はありまして、」
「あー、うん、いいよ、どこも中間管理職って大変だよね。あなただって宵の王様に無茶振りされて命の保証もないのにこんなとこまで乗り込んできたんでしょ。まあ、あなたの命くらいは保障しますよ、ディアンの旧友だって言うし、彼が保障するって言うからね」
「……ご配慮、感謝いたします」
「今一番頭痛いのは、あなたの存在っていうより、あなたが持ちかけてきたお話だねぇ」
ジェットは宵の王の使者として、僕達の帰路に同行した。
彼は初見の印象から我々に対し、ある程度礼節を持った対応をしている人物だ。
どうも元上司であるディアンを崇拝している様子で、僕とテラヘルツに紳士的である理由は差別感情がないからではなく、単にディアンの友人であるからだと思われる。まあ、なんとなく親切であるより、理由が明確な方がわかりやすくて良い。
「で、えーとなんだっけ……宵の民が、行方不明になってるんだっけ? 場所を聞く限りそこはウチじゃなくて、隣のオールウォール付近だねぇ。オールウォールは、領地は広いけど、民が住む場所はこじんまりしているところだよ。あんな川べりの端っこ、オールウォールの民もウチの民もふらふら迷い込む場所じゃないとは思うけど……」
「国交が絶ち、情報はほとんど入ってこない状態です。そのような現地の様子すらも我々が把握することは困難なのです。手を貸してほしいとは言いません。どうか、調査を許していただきたい」
「うーーーん、とは言ってもね……これ私の独断でいいよって言ったらまずいでしょ案件よね……。ていうかそっちの王様が堂々と王宮に掛け合わないってことは、王宮を疑ってるってことでしょ?」
「……それは……」
「ま、そうよね、王都から川下って行ったらオールウォールの端にぶちあたるもの。グラスウォールの民やオールウォールの民が大地を歩いていくよりも、王都の民が川をワーッと下ったほうが早い。私達辺境の民は自由に使える船も少ないしねぇ。しかし王都を疑う者に加担するとなると反逆罪になっちゃうのよねぇ……でも私が許可出さなくともあなた方は勝手に色々出来ちゃうしなぁ、別にこっちに義理通す必要もないんだし」
ラリマー卿の仰る通りだ。
むしろこうやってわざわざ頭を下げに来た理由は、ディアンの正体を卿が知っているせいだろう。
いざ宵人が明の国に対してちょっかいを出した時、それがバレた時、長く明の国に滞在しているディアンは真っ先に疑われることだろう。彼の正体は今のところ秘匿されているが、いつどこで誰にバレているか、完全に安全だとは言い切れない。
ラリマー卿が疑わずとも、王都が知れば処刑も待ったなしだ。なにせ王都の人間は、一時の感情や伝統というルールだけですべてを決定する。
「要するにディアンの身が心配ならいっそ手伝えって事よね。まあ、妥当な取引ではあるけどねぇ」
この独白に近い言葉に、ディアンは声を上げようとしたが、すぐに卿に止められた。
「きみがね、こういう事になるとすぐ『迷惑はかけられない、出ていく』とか言い出すのは知ってるけどそういうの駄目だから。私はね、きみを迎え入れると決めた時、きみのご家族事情全部含めて了解したの。ていうかもうすでに時遅しだからね、申し訳ないなぁと思うなら率先して働いてくれたらいいよ」
「卿、しかし、人質になるくらいならば、」
「人質、うん、正しく人質だねディアンは。宵の国の調査を手助けしろ、さもなくばそちらに住む宵人も迫害にあうぞってことだからねぇ。うーん……弟君、なかなかやるねぇ。実の兄を容赦なく駒にするところ、私はわりと評価しちゃうなぁ」
「感心しないでください……アレは、少々政治に取り憑かれすぎなんです」
「それも民の為だよ。そしてきみの為でもあるとは思うよ、ディアン」
「俺の?」
「やっぱり、明の国できみが暮らすにはちょっと不便なことも多いもの。弟君は『さっさと帰ってきなよ』って思ってるんだと予想するなぁ」
ああ……確かにあの王は、決して国を捨てた兄を嫌っているようには見えなかった。
ただディアンの方が『一度捨てたものに縋るべきではない』とそっけない態度をとっていたように思う。
彼は本当にお堅くて、そして不器用だと呆れてしまう。……僕に言われたくはないだろうが。
「……ま、ここまで巻き込まれちゃったらどうしようもないねぇ。なるようになれーって感じだよ。というわけで、ジェットさん」
「はいっ」
「宵人の調査は許可しません」
「……えっ!?」
いや、さすがに僕も――テラヘルツでさえもぽかんとしていた。今のは、仕方ないから許すよの流れではなかったのか。違うのか。どういうことだ。
呆気にとられる僕達を前に、ラリマー卿はにこりとも笑わずに柔らかな息を吐く。
「宵の方々の無作法を許すわけにはいかない、これは領主としてのお気持ち。私が罰せられるってことはこの領地も怒られちゃうからね。でもディアンが不利になるような事態が起こると嫌だなぁ、これは私個人のお気持ち。というわけで一番簡単な方法をきみたちにお願いします」
「……きみたち?」
「そう、きみたち、もう一蓮托生よ。テラヘルツ逃げるんじゃないよ、ディアン捕まえといてね。この四人でね、ちょっとオールウォール行って調査してきてほしいわけ」
四人、というのはまさに、この場で呆気にとられている僕とディアンとジェット、そして逃げようとしてディアンに羽交い絞めにされているテラヘルツのことに違いない。
「いや正直これも結構ダメなんだけど、実際に明の国が宵人を拉致してたら流石にまずすぎるからね。宵の方々に勝手に調査されたところで、その結果をわざわざ私に耳打ちしてくれるわけでもないでしょ? 調査するなら、自力でどうにかしなきゃねぇ」
「ラリマー卿、しかしそれは……」
「ディアンが心配しすぎていることは承知してるから、この件に関しては私は一切耳にしていなかった、ということにしたらどう? そうすると何かあった時、私ではなく、きみたち個人が糾弾されるけれど」
「僕は構いません」
「アラスタ……!」
咎めるように声を上げるディアンは無視し、ラリマー卿をしっかりと見据える。彼はへらへらと笑うタイプではないが、慈愛に満ちた様子で表情を緩めた。
「悪いねぇ、本当に、面倒なことばっかり押し付けちゃってさ」
「いえ、もとより死んでいたかもしれない命です。それに、実際問題誰かが調査に向かうべきでしょう」
「そうなんだよねぇ……いや実はね、オールウォールに、王宮からかなりの人間が向かっているらしいという情報をね、もらったばっかりでねぇー」
「……それは、同じく誘拐事件の調査に?」
「それがね、どうも、うーん……こっちの言い分としては『オールウォールの民が行方知らずになっている』って話らしいんだよね。王宮はその調査を始めたっぽいの」
「………………明の民が?」
思わず少し離れたところに立つジェットを見てしまう。
しかし眉を寄せた彼は、心外だという風に慌てて首を横に振ってみせた。本当に何も知らず、初耳らしい。
「それは、話が違うというか……変ですね」
「そう、変なのよ。宵の王様が懸念しているように、明の民が宵の民を狩っているとしたら、この事実は変でしょ。もしかしたら宵も明も関係なく何かに巻き込まれているだけかもしれないし、どちらかが嘘をついているかもしれない。もう面倒くさいから、信頼できる子たちに見てきてもらおうかなって思ってたところなんだよね」
いやー丁度良かったな、と言ったラリマー卿に、喰ってかかったのはテラヘルツだった。
「ちょ、待って、待って待ってぼく行くって言ってない! 言ってないけど!?」
こいつがこんなに焦っている様は見た事がない。おおかた、日々の楽しい研究と実験を放り出して遠出するのがイヤなだけだろう。
「テラヘルツは暇でしょう。領地の民分の各種薬のストックは十分にあるし、きみ、防衛任務からも免除されてるし」
「でもこれバレたら怒られるレベルじゃないよね!? ぼくはただ平和に調薬がしたいだけで、別に宵人も明人もどうだって――」
「いやぁ、良い実験の機会だと思うんだけどね~~~」
「え」
「テラヘルツ、きみがどんなに頑張ってもね、一人で宵の国に渡ることはできないでしょ? 禁じられているし、そもそもウチの領地には渡し船もないしね。今後宵人に直接会う事ってないよね。でも今回の任務受けたらね、ジェットくんと始終一緒だよね」
「………………」
ぎぎぎぎ、と、テラヘルツの首が不自然に動き、部屋の隅で冷や汗を流すジェットへと向く。ラリマー卿の、一切悪いと思っていない声も恐ろしいところだ。
「宵人は私達にとってかーなーりー深刻な加護に近い効能を発揮する、って説があるんでしょ? 私その原理知りたいなぁ、もし可能なら耐性を得る薬なんかあったらすごいよねぇ。宵人の生態って王都以外には知られてないでしょ? ディアンは自称宵人だけど、ほらー、彼って目の色も髪の色もしっかりした黒じゃないし、きっと純血じゃないよね。それにひきかえ、そこの彼はぴかぴかの純血宵人さんだよ」
「耐性薬……抵抗薬? 毒気を無効化するメカニズム……」
「いやぁ、良い機会なんだけどね。どう? テラヘルツ。ジェットくんと一緒にお使い行かない?」
「行く」
「良かったーじゃあ決まりだねぇ」
テラヘルツを拘束していたディアンは了承の言葉を告げてはいないが、彼には選択権はないだろう。ラリマー卿の責任ではないとなれば、他に懸念する材料もない筈だ。
ディアンはやれやれと息を吐き、ジェットは壁際まで下がるだけではとどまらず、僕の後ろに隠れるように身を縮めた。
「……残念ながらきみの方が背丈は高い。隠れるには不向きだぞ」
「存じておりますが耐えられる気がしませんあの変人は、その、明の国のスタンダードですか……?」
「安心しろ、アレは規格外だ。ついでにここの領主も変人の括りに入るだろうな。きみたちがオールウォールではなく、変人まみれのグラスウォールに乗り込んだ事を喜ぶか悔いるか、まあそれは知らんけどな」
「……どこの領主も末恐ろしい……」
それには同意する。
だがラリマー卿は、僕が知る『主』の中で、最も優れて信頼できる人故に、あまり不安は感じていなかった。
なにせ七年しかないと腹を括った後だ。
国の情勢が動き、僕達も動く必要があるのならば、勿論早い方がいいに決まっていた。
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