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13◇アラバスター|間の国
どうせ何も見つからないだろう――そんな風に高を括っていたのだが、結果は予想外だった。
「……川岸に、明らかな野宿の形跡があった」
僕の報告に、ディアンも、あのテラヘルツでさえも一瞬呆気にとられたように眉を潜めた。
おそらく僕と同じように、川べりの探索には一切期待していなかったのだろう。
「勿論、宵の国側ではなく、明の国側の川辺だ。察するに、宵人を攫う際に拠点としたのだろう。まさかそんな場所を捜索されるなんて考えていなかったのか、それともあれでしっかりと痕跡を消したつもりなのかはわからないが、まあどちらにしても詰めは甘い」
「……宵人の野宿の可能性は?」
信じられぬ様子で疑問を口にするディアンに対し、硬い顔を崩さないジェットはぴしゃりと言い放つ。
「ありません。私達ならば必ず火を炊き、夜獣を追い払います」
「川辺の野宿跡には、暖を取るための宝石術の痕跡があった」
「ああ……それならば、明の民の仕業ですね……」
オールウォールへ辿り着き、各々別行動での仕事を終えた後のことだ。
すでに日は暮れ、領地は夜の闇に包まれていた。
夜の川は寒く、暗く、非常に危険だ。
川を上らねば帰路につけない僕たちは、今日の所はオールウォールの街に宿をとった。
僕達が車座になり報告をしあっている部屋は、質素で家具らしきものもほとんどない。ただ寝台が置いてあるだけの物置のように見える。
僕にとっては、初めて訪れる『グラスウォール以外の街』だ。
ラリマー卿はどこも辺境地は似たり寄ったりだ、と言うが、この土地にはグラスウォールにある活気や生命力が欠けているように思う。
誰もかれもが妙にぼんやりとした様子で、動きも皆緩慢だった。……毒気は少ないのに、一体なぜなのか、謎は深まるばかりだ。
オールウォールの領主に挨拶を済ませたディアン達は、宿を確保する傍ら、オールウォールの民に行方不明者の事を聞き込んだらしい。
結果、行方不明になっているという明の民が攫われた場所がはっきりとした。
それは宵人が攫われたと主張するグラスウォールとの境ではなく、真逆側に位置する『先人《かみさま》の樹』の根本だ、という。
「……先人の樹? なんだそれは」
僕の素直な疑問に対し、今度はテラヘルツが答える。
「なんかね~ぇ、そういうね、聖なる場所? があるんだってサァ。教会ってヤツに似たモノかも。王都にはあるんでしょ? 正しき行いのモノガタリを定期的に刷り込んでくるトコロ」
「悪意のある解釈すぎるが、まあ、うん……正しき行いについての暗唱は僕も経験がある。あの行為になんの意味があるのかイマイチわからなかったが――もしや教会の発祥は、オールウォールの先人の樹か? ディアンは、先人の樹についてはなにか知っているのか?」
「俺は初耳です。基本、グラスウォールの生活以外にはほとんど興味がなかったので……」
「オプちは結構新参者だからねぇ~~~」
「ああ、そうか……きみがグラスウォールに暮らすようになってから、僕達の数えでまだ一年程か。それで私兵隊の副長ならば、異例の出世だな」
「誰もシリシャスシストのお守りをやりたがらなかっただけです。それに、ラリマー卿は実力主義でどんなに経験が浅くても雇用しますから、皆俺の正体を訝しむことはありませんでした」
「王都から民は常に流れていくしな。そうすると古株は、ラリマー卿か?」
「……いえ、テラヘルツですね」
「は?」
思わず怪訝なツラを晒してしまった……そういえば我々明の民は、過ごしてきた年月が外見に反映されない。
明の民も、赤子で生まれ、緩やかに成長する。しかしある程度の年齢になるとぴたりと成長は止まり、以降命を全うするまでその外見のまま過ごすのだ。
その年齢は、身体に宿した宝玉によって決まっている、という話だ。嘘か本当かはわからない。調べる術もなく、調べる必要もないので、民は皆そう信じている。
カイヤ妃の晩年を知る僕は、彼女の老人化は奇病だと疑わなかった。明の民は、年を取らないのだから。
一見僕と同世代のテラヘルツだが、外見成長がそこで止まった、というだけだ。ラリマー卿と同い年であったとしても不思議ではない。
「というか、どうもラリマー卿の前の領主がテラヘルツだったらしく」
「…………はぁ!?」
いや、さすがにそれは聞き捨てならない事実すぎる。
「まあ、そういう反応になりますよね、わかります。俺も随分と驚きました。どうやって民を導いていたのか、と」
「導いてなんかないよーぼかぁリマちゃんよりずいぶんとポンコツだもの。てーか、ぼくだって別にやりたくてやってたわけじゃないし。本当は処刑が妥当なんだけどそこまで汚れた宝玉を砕くことすら躊躇われるとか言われてサァ、端っこの領地を無理やり押し付けられたの」
「処刑が妥当って、おまえ、一体王都で何をやらかしたんだ……」
「昔すぎて覚えてないよそんなことー。デントウにのっとったルールってやつを無視しちゃったから? じゃないのー? 知らんけどー」
今でもバレたら懲罰だな、と断言できる行動を一切の躊躇なくやらかす男である。まあ、推して知るべしという他ない。
……ああ、それでラリマー卿はコイツを同行させたのか。今更ながら、卿の思惑に納得する。
テラヘルツはかなり偏った天才で、常識的な事については正しくポンコツである。
だが、彼はラリマー卿よりも長く辺境地で過ごし、そして記憶力に関しては僕も舌を巻く程だった。土地の歴史については、新参者のディアンも、ほぼ幽閉生活を送っていた箱入りの僕も、役に立たない。
「先人の樹に関しては、テラヘルツも知らないという認識でいいんだな?」
話を戻し確認すると、歪な形の椅子をバランスよく斜めにしていたテラヘルツは、ゆらゆらと揺れながら頷いた。
「知らないねーぇ。かみさま? とかいうのも初耳。ジェッちは知ってる?」
「変な呼び方をしないでください……。宵の文化にもそのようなものはありませんよ……」
うんざりと否定するジェットの後に、ディアンがさらなる情報を口にした。
「先人の樹とやらは、その樹のたもとで死ぬ間の国の民が迎えにきて、死んだ後に間の国に生まれ変わるという噂があるそうです」
「……間の国には、そういう習慣があるのか?」
「ぼくは知らないねぇ~。ていうかぼくたちは宝玉から生まれてサァ、死んだら宝玉回収されてもっかい再利用されるわけだし、生まれ変わるとしてもまた同じ明の民じゃないのー?」
「まあ、そうだよな……」
「それが、どうやら先人の樹のたもとで死を迎えた明の民は皆、宝玉を持っていかれるそうなんです」
「…………は? 間の民にか?」
「それはわかりませんが……実際、死を間近に控えた民たちが率先して先人の樹のたもとに集まり、そのまま消えているという話です。これがオールウォールで発生している明人の失踪事件の詳細ですね」
「なるほど……宵人の失踪とは事情が違うな。つまりこれは別々の案件、ということか?」
「領主の口ぶりでは、ほとほと困っている様子でしたから、狂言ではないでしょうね」
「宝玉共々消えたとなれば、確かに由々しき事態だろうな。たとえ辺境地の民の宝玉であろうとも、すべての宝玉は王宮に返さねばならない」
そういうしきたり、そういうルールなのだ。
宝玉が消えたとなれば、王宮もオールウォールに調査員を派遣している可能性がある。
僕はもとより、ジェットとディアンは慎重に動かざるを得ないだろう。
「さて、困ったな……。二つの誘拐事案はどうやら各々、嘘ではないらしい。実際に宵の国との国境付近の川辺には不審な形跡があるし、オールウォールの民は先人の樹に集っている。僕達は次に何をすべきだ?」
「それなんですが……俺は一度、間の国を調べてみるべきではないかと思います」
ディアンの提案は、僕達明の国の民にとって、かなり抵抗感のあるものだった。
間の国。
これは我が明の国に隣接している国だ。
しかしその実態は長く謎に包まれている。
間の国の民は皆きらきらと光り空を浮くとか、かの国は岩の身体の門番に守られているとか、いまいちふわっとした情報しかない。実際に彼らと遭遇した記録も無い筈だ。少なくとも僕が閲覧できた王宮の記録には、存在しない。
貪欲に領地を拡大する明の国が、間の国に見向きもしない理由は単純だ。かの土地は我々には少々過ごしにくい程暖かく、ミールとマテリアの栽培には向いていない。
王宮が見向きもしない土地である。そんな場所に、王宮の許可なく立ちいることは勿論、罪だ。
とはいえ、僕達はすでに宵の国への一泊旅行を済ませた後だ。
不可抗力であったとはいえ、意図的に王宮への報告を怠っているのだから、無論、バレたらまずい。
もうすでに罪を抱えているのだから、後何個抱えようが些事である。
少なくとも僕はそう考える旨を口にすると、テラヘルツも手を上げて賛同していた。
こいつと同じ意見というのは少し嫌だが、確かにおまえ程罪を重ねている明人もいないだろうよ、と呆れて流した。
ただ、ジェットだけはそんな僕達に対して、少々引き気味だ。
「それは、その、私は構いませんが……皆さんにとっては、自国に逆らう重罪なのですよね? いいんですか、そんなに簡単に罪を犯しても……」
「悪いだろうな。だがまあ、一度は死んだつもりの命だ。もうどうにでもなれと思うし、ここで足踏みしていても解決の糸口があるとは思えない。とりあえず当たって砕けてもいいから何かしら行動すべきだろ」
「バスタんの意見にさんせーい」
「……オプシディアン様、さては、あの術師殿も明の民のスタンダードではありませんね……?」
「無論、あのような覚悟が決まりすぎている有能男が彼以外に存在していたら困る」
「ですよね……? そういえば日中も、何度か宝石術を拝見しましたが、あの、察するに明人の宝石術はあのように石の壁を物理的に構築するようなものでは、ないのでは……」
「当然、あのような無茶苦茶な術が使える者は俺が見てきた中では唯一彼だけだ」
「おい、僕の悪口はやめろ」
「褒めているんですよ」
少々悪戯に表情を崩す様から、本気でないとしても揶揄っていた雰囲気がわかる。くそ真面目な彼としては、珍しい軽口だ。
やはり、同郷の友人にはいくらか気安くなるのだろう。もしくは彼の緊張を癒すためか――ディアンのお堅い性格が少しでも軟派になるのならば、ジェットはいくらでも明の国に滞在してくれても構わない、と思いそうになる。
ただ、うん、やはりディアンの隠れ家に同居はやめていただきたく思う。僕はかなりあの小屋で過ごす時間を気に入っていたし、時折分けてもらう彼らの食事も好いていた。
……僕がディアンと共に宵人の真似事をしていると知れば、ジェットは引くどころかもう口をきいてくれないかもしれないな、と思う。全体的に、秘密にしておきたい。
「それでは明日は、間の国との国境付近まで行きましょう」
「その前に一度、先人の樹とやらも見てみたい」
「そうですね……王都からの調査員がいなければ、問題ない筈です。アンバーには最悪数日帰れないのでどうにか過ごせと言ってあります。さすがに五日音沙汰がなければ一度帰ってラリマー卿に指示を仰ぐ手筈になっていますので、それまでに戻れば大丈夫です」
「何もなければいいが、あー、いや……何もないと困るのか」
「まずは俺達全員が無事であること。その上で、コンドライトへ報告できる手ごろな『真実』がわかればよし、と言ったところでしょう」
「……そう易々と、うまくいけばいいけどな」
全員が無事であること。
その中にはトラブルばかりを起こすテラヘルツも、宵の民であるジェットも勿論含まれている。ディアンの懐の深ささには感服するところであるが――トラブルの予感しかしないぞ、本当に、大丈夫なのだろうか。
いや、とにかく捜査の一日目は乗り切った。
あとは寝て起きて、そしてまあ、――なるようになるしかない。
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