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14◆オプシディアン|ラ・トス・トス
その男は、見るからに怪しく、しかし奇妙なほど好意的だった。
「どうぞどうぞ、お茶もなくてすまないね。あれ、こっちの人達はお茶の習慣もないんだっけか――まあいいや! 好きなトコロに適当に落ち着いてくれたまえ!」
そう言われたものの、俺もアラスタもジェットも、やはり警戒を解くことはできない。
なにせここは初めて踏み入れる土地。オールウォールに隣接する、間の国なのだ。
今より遡ること半日程前――調査二日目の俺達は、その国境近くまで足を運んでいた。このあたりはひどく蒸し暑く、長時間の滞在は難しい。
国境は川ではなく、石を積んだ壁のようなものだ。
しかしその壁は腰までしかなく、誰でも容易に跨いでいける高さしかない。明の民がこの境を越えない理由は、息苦しい蒸し暑さにもあるのかもしれない。息がし辛く、立っているだけでも身体が火照って来る。
少々ふらつきながらも石壁を辿り歩いていた――その時だ。
急に辺りが眩しくなり、耳鳴りのような音が響いた。
慌てて光源を探す俺達が目にしたものは、軽やかに浮き上がり宙を舞う半透明の何かと、そしてそれらに囲まれながらこちらを伺うように立つ、巨大な石の兵士だった。
……まさか、噂は本当だったのか。
子供向けのおとぎ話だと思っていた。宵の国は間の国から距離がある。その為に些か大袈裟に話がねじ曲がったのだろうと、可愛くない子供時代に思ったものだ。
こちらをしばらく観察していたらしき兵士は、しかし、予想外すぎる行動に出た。
襲うわけでも、威嚇するわけでもなく、かといって立ち去るわけではない。
兵士は急に両手を広げ、妙に頭に響く声で話しかけてきたのだ。
――やぁ、やっと話が通じそうな奴が来たぞ!
と。
次いで、兵士の頭部が真っ二つに割れて開き、その中から華奢な人物が姿を現した時にはもう、全員が呆気にとられて身動きすらできない状態だった。
兵士の中にいた細い男は、とにかく熱烈に歓迎の言葉を口にした。罠だったとしたらこれほどまでに怪しいこともない。なにより彼は、心から喜んでいるように見えた。
そして彼に促されるまま、俺達は間の国へと引き摺り込まれた。
勿論、逃げることもできた。しかし『どうせ何の手がかりもないのだろう』と投げやりな気分だった我々としては、どんな突拍子もない事態だろうが、無視するわけにはいかない。成果なく帰ったところで、待っているのはコンドライトやオールウォールとの揉め事だ。
兵士は、球形のドームのような建築物に俺達を招いた。
どうも、ここは彼の家らしい。彼、と言っていいのかわからないが、女性にしては丸みが少なく、男性にしては背が低い――とりあえずのところは『彼』としておくことにした。
建物の中は、相変わらず少し暑いが、蒸した感覚だけは消えた。
彼は我々を球形の中に案内し、中央の椅子のようなものに腰を下ろすと、また仰々しくも両手を広げて自己紹介をした。
「はじめましてこの土地の方々! 私は個人認識コードを――いやわかりやすい呼び名にしようか。ラ・トス・トスと呼んでくれたまえ! いやぁ、本当にありがたい、すばらしい、やっとどうにかなりそうだ泣きそうだ……まさか宵と明の混合チームが接触してくれるなんて! ついてる! 私ついてるぞ!」
「……大盛り上がりのところ申し訳ないが、きみは一体何者だ?」
果敢に話しかけたのはアラスタだ。
ジェットは建物入口を警戒していたし、テラヘルツは建物内を歩き回ってあれこれ勝手に見学している。
ラ・トス・トスという珍妙な名を告げた彼の前には、俺とアラスタが並んで座った。
交渉が得意とは言えないが、このメンツでは俺が出しゃばる他ないだろう。隣のアラスタも、ひどく居心地の悪そうな顔を隠そうとはしなかった。
ラ・トス・トスは大いに笑う。
心底嬉しいと叫ぶかのように。
「私の正体をきみたちに説明するのは難しいところだ。とりあえずきみたちの常識内で言語化するとしたら、『間の国』の唯一の住人、といったところかな」
「唯一、ですか? 先ほど見た、あの光る浮遊する者たちは……」
思わず口を挟むが、やはりラ・トス・トスは笑いながら事も無げに答える。
「ああ、あれはホログラムさ」
「ホログラム……?」
「ええと、なんていうか……そう、幻覚! 淡い幻覚のようなものを意図的に作り出してるんだよ! だからアレは生命ではないし、勿論意思ももっていない。ただのハッタリみたいなものだ」
「動く影絵のようなもの、ですか?」
「そうだね、うん、そういう感じ。いやぁ、予想以上に話が通じて嬉しいなぁ、私の過去の交渉経験から鑑みるに、きみたちかなり変な事態に慣れているね? 宵人はあんまり知らないけど、普通の明人は、ほとんど会話が成立しないのだもの!」
「それはまあ……そうでしょうね。あなたの言うところの『ホログラム』も、あなた自身の見た目も、俺達にとっては馴染みがない幽霊のようなものです」
「うーん、まぁずかずかとここまで入ってこられちゃ困るからね、そういう意味では人除けの為のホログラムなんだけどね。ここ最近はとにかく予想外の事態が多くて、私一人じゃもう無理かしらわはは、なんて思ってすごくすごく困ってたんだ。……本来は、きみたちにこういう話するべきじゃないんだけど、でも、だって、私はきみたちを死なせたくない」
随分と、物騒な話だ。
俺達はただ、招かれるままに間の国に足を踏み入れた。その理由は『宵の民および明の民の失踪事件の調査』である。
唐突に己の命を引き合いに出され、ただ単純に怪訝に眉を寄せる。……話の流れが、まったくわからない。彼は一体、何の話をしているんだ?
「……きみたち、とは」
「全部。全員。わたしの目の前に居る四人、そして明の国と宵の国の民全て。この星に暮らす準生命体を含む生命、全員だ」
「待ってください……さすがに、意味がわかりません――そもそも、星とは一体何のことですか?」
「……っあー……そうだね、この星は大気が分厚すぎて、空が見えないんだったね……。ええと、せめて恒星くらいは認識できてたら説明しやすいんだけどな。うーん……よし、ひとつずつ行こう。幸い、きみたちは私の話を理解しようと努力してくれているからね」
当たり前だ。何かしらの情報を持って帰らねば、コンドライトを止めることができない。あの自国の民への責任感が強すぎる弟は、戦争くらい容易に始めそうなのだ。
「まずは私が何者かという説明だ。ここから始めなければ、きみたちの信頼は得られないし、今から話すすべての事情も聴いてもらえないかもしれないものね。よし、いいかい、私は、空の上から来た異邦人 だ」
そう言ってラ・トス・トスは天井を指差す。
思わず上に視線をやってしまってから、馬鹿なと笑おうとしたが、彼の真剣な顔を見てしまうと何も言えなくなる。
ラ・トス・トスは笑っていた。だが、ひどく真剣だった。まるで、このひと時の会話に自分の命が掛かっているかのように。
「それは『宇宙』というやつか?」
少し考え込んでいたアラスタが、急に口を開いた。
途端、ラ・トス・トスは一瞬嬉しそうな顔になり、その後にひどく嫌そうに眉を落とす。
「そうそう、それなんだけど――なんできみだけ宇宙なんて言葉知ってるの?」
「空の上には宇宙が広がっていて、別の世界が存在している――という世迷言を時折零していた方がいた。亡くなる直前のカイヤ妃だ」
「カイヤ――ああ。そうか。アラバスターくん、きみは、彼女に会ったことがあるんだねぇ!」
「カイヤ妃を知っているのか?」
「知っているも何も、彼女は私と同郷の人間だ」
「…………は?」
空の上から来た、と、目の前の華奢な男は言った。
しかし宵の国から明の国へと嫁いだ賢妃が同郷ということは、カイヤ妃も『異邦人』だったということになる。
そしてアラスタは俺の代わりに、いやこの場にいる全員が思っている筈の疑問を口にした。
「人間とは何だ?」
人間。
……俺は、生まれてこのかた、そんな言葉を聞いた事が無い。しかしラ・トス・トスは頭が痛そうな顔で笑う。この質問も、おそらくは想定内なのだろう。
「人間とはね、今すべての世界で起こっている良くない出来事のほとんど全部の元凶である生物の呼称だよ。そして、私と、カイヤの種族名だ」
「……いや、彼女は宵の民で……」
「まずその認識から間違っているよ。彼女は、宵の民ではなく、空の上の別の星 から来た、人間 だ。だから宇宙という概念を知っていたし、きっとおばあちゃんになって耄碌しちゃって、言っちゃ駄目なことをぽろっと零しちゃったんだろうね。私達は老化が進むと、ちょっと記憶力や認識力があやふやになっちゃうんだ。宵の民と一緒でね」
「それは、まあ……確かに、おかしな現象ではありません。宵の民は老人になると様々な不調に悩まされます」
「老化ってそういうものだもの。生き物なんてみんな、メンテナンスが出来ない状態で生まれたハードウェアだ。徐々にいろんなものが劣化して少しずつ使えなくなっていく。言葉も、筋肉も、内臓も、ぜんぶ。ああ、でも、アラバスターくんたちは、老化を知らないんだよね?」
「……僕達明の民に、老化はない。それはつまり、僕達がおまえたちの定義する『生き物』ではないから、か?」
「いや、きみたちはちゃんと生きてるよ。うーん、純正な、ちゃんとした生命かって言われたらちょっとわかんないけど……でもまあ、限りなく生命に近いものだ。私達は、きみたちのようなものを『準生命体』と呼称している。……先に、ちょっとしたモノガタリをしようか。そっちのほうが、説明が楽そうだ」
まず、と言い置き、ラ・トス・トスは信じがたい話を始めた。
「まず――わからなくてもいいから、とりあえず最後まで聞いてほしい。質問には後からいくらでも答えるよ。私はきみたちに敬意を持っているし、きみたちを縋るべき藁だと認識している。始まりは――」
始まりは、一つの発明だった、と言う。
「私達の故郷は『地球』という場所だった。ここからうんざりする程遠い位置にある、奇跡的に恵まれた環境をもつ場所だ。そこに生まれた『人間』という種は、徐々に地球の中で繁殖し数を増やし、やがて文明を築いた。要するに社会だね。宝石術のようなモノも発達していた――我々はこれを、『科学』と呼んだ」
科学は、ただ食物を摂取し子孫を増やす生活をガラリと変えた。
確かに、明の国の宝石術がなければ、かの国はもう少し原始的な生活を強いられていただろう。
宵の国の狩猟と農耕生活は、明の国よりも少し劣った社会に見えなくもない。どちらが豊かか、と言えば、確実に便利で裕福なのは宝石術を使う明の国だ。
「まあ歴史の中にはデカい戦争とかね、食糧危機とか人口激減とか色々あったんだけど、そこらへんは省略しよう。ただ科学は決して万能じゃない。人々の寿命は延びても、死んだ人間を生き返させることはできなかった。が、ある日、とんでもない発明がポッと出てきた。……死体を一時的に保存できる発明だ」
「死体を、一時的に……それは、清浄なる川に浸して腐敗を防ぐ、というような?」
「それは宵の国の葬儀の手順だね? うーん、おしい。昔は死体の低温保存も検討されてたみたいだけどね。いつか科学が万能になって永遠の命が実現した時に蘇生させればいいじゃない、それまでは冷たい部屋の中で死んでたらいい――って考え方だ。でもこれは、実はとても面倒くさい。人一人の身体を低温に保つためには、資源も山ほど必要だ。その点、新しく考案された死体保存は画期的だった。なにせ、身体にある植物の種を植え付けるだけでいい。そうするとね、発芽したソイツは死体の身体に根を張り巡らせてね、水を与えるだけで半永久的に死体を腐敗させずに保存しておく事ができるようになったんだよ。しかもこれは全く高価なものじゃなかった」
そのため、この特殊な植物は一気に蔓延した、と言う。
死体が腐らない。死んだとき、そのままの状態で保存できる――確かに魅力的な話だ。
次の命の為に宝玉を取り出すことが必要な明の民はともかく、ただ腐っていくだけの宵の民ならばみな、親や友の姿を保ちたい、と願う気持ちもわかる。
数年後、もし命をもう一度もらうことができるなら、その可能性に賭けたい。多くの民がそう願うことすらも、容易に想像できた。
「こうやって『死体の保存』はどんどん増えていった。その頃は人口激減がすごかったって記録あるからねぇ、みんな『いつか蘇生して労働力になってもらうために』ってバカスカ保存していたみたいだよ。でも結局労働力問題も寿命問題もさらっと解決しちゃってさ、さて大量の保存死体をどうしようかなって話になった。で、結局、ちょっと面倒くさい労働を押し付けることにした」
「面倒くさい労働?」
「そう。現代人がやりたくない、かなり面倒な労働だ。長い歴史の中で、人間は自分たちが住む場所 から出て、他の世界を開拓した時代があった。宇宙開拓時代ってやつだ。細かいことは面倒だから省くけど、要するに手あたり次第に生息区域改良 していたってわけだ。具体的には大気を作り、繁殖可能な人数の人類と、彼らの為の労働力を送り込む。ありとあらゆる場所に、数打ちゃ当たる方式でどんどん人類を送り込んだ。……お察しだけど、こんなことしちゃ普通はね、駄目だよ? 当たり前さ、元々の環境を大いに破壊する上に、送り込まれた人間だって生き残れるかわからない」
「……まさか、その送り込まれた人間とやらが、死体保存されていた過去の人間、というわけか?」
「正解。だってもう、現人類は旧人類を必要としていなかったからね。廃品利用 気分で処分したってわけさ」
「…………この、場所も、」
「そう。そうなんだよ。さすがにここまで言えば、察するよね? そう――この星も、私達人類のテラフォーミングの犠牲になった場所の一つだ。そして宵の民は旧人類の、明の民は彼らの労働力として付随した準生命体 の成れの果てだ」
――ああ。
ここまで頭がおかしくなりそうなモノガタリは、俺の人生の中でも、他に耳にした記憶はなかった。
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