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15◇アラバスター|人と、それ以外
空の上には別の世界がある。
そして僕達明の民は、宵の民の為に造られた労働力だったらしい。
ここまでの話を聞いての感想は、大したものではなかった。
衝撃的ではあるものの、特別、ショックを受けたということはない。
だって考えてみろ――きみの種の祖先は別の所からやってきたんだ、と言われても、『へえ、そうなのか』という感想の他は特に思うこともない。
こんな風に考えてしまうのは、僕があまり明の民としての自覚やほこりがないせいだろう。
残念ながらこの場にいるもう一人の明の民は、倫理観などとっくの昔に捨てただろうと思われるテラヘルツだ。
彼はさぞしらけているだろう――と予想したものの、ふらふらとその辺を歩き回っていたテラヘルツは、気が付けばディアンの隣に座り込み、目をかっぴろげて異邦人の『モノガタリ』に聞き入っていた。
瞬き一つしないその様子に、息をしているか? 大丈夫か? と若干心配をしてしまった。
いや、まあ……そうか。コイツは己の知らない知識には、妙に貪欲な所があったな、と思い出す。この分ならば僕が適当に聞き流していても、後々困ることはなさそうだ。
そんな風に些か興ざめしつつ、ラ・トス・トスの前に鎮座していたのだが。
徐々に、僕は、『どうでもいい』などとは言っていられなくなる。
自称異邦人のモノガタリは、まだ続く。
「テラフォーミングで送り込まれた人たちは、まあ災難だよ。死んだと思ったら次の瞬間、見た事も無い星にいるんだから。それでもみんな最初はちゃんと、意志を持って生活を送る。せっかく生き返ったんだからって、出来る限り。一応支援物資も一緒に送ってるし、力仕事や頭脳労働は全部ヒューマノイドがやってくれるからね。でも、そのうち徐々に、力尽きて絶滅していく――大抵はね」
「成程、僕達の祖先……ではなく、宵の民の祖先か? そいつらは粘り強くこの土地で生き抜いた、というわけだな?」
「そう。そして代を繰り返していく毎に、徐々に地球の文明を忘れて行ったんだよ。まあ、そうなると思うよ。何百年も何千年も、自分たちの力だけで生きて行けば、文明もがらりと変わる。そのうちこの星のヒューマノイドと旧人類は、別の集落で生きるようになったみたいだね。そしてそれぞれ野生化した」
「行きついた先が明の国と宵の国か……説明としてはかなりしっくりくるな。王宮の国作りのおとぎ話よりもまともだ」
「……アラスタ、貴方はあまり、動揺していないように見えますが……」
比較的青い顔をしたディアンに話しかけられ、僕は素直にうなずく。
「所詮先祖の話だからな。僕としてはきみと僕との寿命の差の方が深刻な事実だった。衝撃的な事実というよりは、答え合わせを聞いている気分だ。人間とやらの補助を目的とした生物なら、それは確かに番になって子を成す必要もない」
「そう、ヒューマノイドはあくまでも旧人類のアシストが役目だったからね!」
話が早くて助かるな、と言われても、別段嬉しくもない。僕はただ、己の種族に対し興味が薄いだけだ。
ただ、納得できることが多すぎて少々気持ち悪いとは思う。
ああ、この珍妙な男の話は事実なのだな、と、思わざるを得ないのだから。
「僕らの寿命……いや、耐用年数か? それが異様に長いのもまあそういう仕様だからだろう。何故攻撃系の宝石術が使えないのかと、学者の間では随分と研究されたそうだが、宵の民こそが主人であるならば、彼らを傷つける設定は排除されて然るべきだ」
「ふふ、話が早すぎて私ちょっと怖くなってきちゃったな。オプシディアン君、彼はいつもこんな感じ?」
「はぁ、まあ……ここにいる明のお二方は、規格外ですので」
「なるほど~SSRどころか限定ぶっ壊れ性能か~さては私、ついてるどころか今後の運も全部使っちゃった感じだな?」
「わけのわからないスラングについて質問する気はない。答えてほしいことは別にある。僕らのシーズンは何の為に存在する?」
「それはまあ、セックスするためだよ。旧人類が、きみたちと。これは大事な前提なんだけど、きみたちヒューマノイドはね、別に宇宙開拓のお供専用に作られたわけじゃないんだ。元々、人間用のお手伝いとか愛玩生物的なものとして開発され、普及していたんだよ。要するに、メイド兼ペットだ」
「……シーズンの間隔に差があるのは、」
「そういう設定ができたんだよ。ランダムも選べたし、定期的に発情するようにも設定できた。これは単に主人の好みで変更できた。きみたちのプログラムは、今は宝玉と呼ばれている鉱石の中に刻まれている筈だ。徐々に変質することはあっても、そこら辺の設定はなんとなく受け継がれちゃってるんだね。他に質問は?」
「……今のところはない」
「そう? それじゃあ次のモノガタリに行こうか」
まだあるのかとうんざりしたが、やめてくれと耳を塞ぐわけにもいかない。
「さて、この星に旧人類とヒューマノイドが生息した件については以上だが、この話はこれで終わりじゃない。実は現人類は更に進化を重ね、倫理観をこねくり回した結果、『自分たちが汚してしまった宇宙を綺麗にしよう、そうしよう!』って運動を始めたんだ」
「…………環境をぶっ壊した本人が、か?」
「そうだぇ、本人だからこそと意気込んでいるんだけどねぇ、現地で苦労してきた方々から見れば全く、笑いごとでしかないだろうね」
「そもそも、新しい生物が根付いた土地など、元に戻すことはできないだろ」
「できないね。できないとも。できないが、現人類はテラフォーミングを試みた星に関して、基準値を用意したんだよ。つまり、問題にならない程度の汚染なら許容範囲内である、それ以上の汚染があった場合は元凶となる旧人類またはヒューマノイドをただちに殲滅するべき、ってね。簡単に説明しちゃうと、基準値以上の繁殖が認められた場合は即皆殺しってことだ」
「…………………思っていたより、僕達の生命に直結する話がでてきたな」
「だから最初に言ったでしょ? 私は、きみたちを死なせたくないって」
「ラ・トス・トス。きみは、現人類だな?」
僕の指摘に、彼は些か憂鬱そうな苦笑を見せた。
「残念ならがご名答だ。僕は、きみたちの総人口が規定数を上回っているかどうか、定期的にカウントして空の上に報告を上げるだけの監視員だ」
「その仕事は、いつから?」
「さてね、もう二百年くらい――えーと、この星の自転速度 で換算するとちょっとわかんないけど、とりあえず地球の数え方だと二百年だね」
「きみも、年を取らないのか?」
「さっき言った通り、現人類は寿命をある程度克服しちゃったんだよ。だから新しい命にあんまり興味もないし、保存してあったとっておきの死体たちにも、すっかり興味をなくしちゃったんだ」
ひどく勝手な理論だった。
勝手なことを言っている、という自覚もあるらしく、ラ・トス・トスは『気持ちのいい話じゃないけどね』と自嘲する。
「私は仕事でこの星の監視をしているけれど、別にきみたちを大虐殺したいわけじゃない。むしろこのまま文明を発展させていってほしいと願っているんだ――だから、明の国が急に国土を拡大した時は、当時かなり気をもんだ。宝玉の数が決まっている明の民が繁殖する可能性は低かったけど、戦争になって明の民が負けちゃった場合こそまずいからね」
「……明の国の風土は温暖で過ごしやすい。浄土石を撤去してしまえば、宵の民はのびのびと繁殖ができる……」
「そう、それ。もうね、正直バランス的にはギリギリなんだ。なんならちょっと誤魔化して報告してるくらいでね、本当にこれ以上増えて環境変わったら誤魔化しきれないラインなんだよ。あの時は、カイヤが頑張ってくれてどうにかなったんだけど――」
唐突に出てきたカイヤ妃の名に、僕はふと疑問を持つ。
ラ・トス・トスはカイヤ妃について『私と同じ人間だ』と発言した。
つまり、カイヤ妃は彼の言うところの『現人類』なのか?
僕が臆せず質問すると、ラ・トス・トスはまたもや絶妙に言いにくそうに顔を歪めた。
「さっきは人間とそれ以外、という意味で私とカイヤは同じものだ、と断言したんだ。正確には、カイヤは旧人類だ。ただし、彼女はテラフォーミングの為にこの星に送られ、すぐには目覚めなかった。カイヤが目を覚ましたのは、他の旧人類がすっかり代替わりして、もう宵の民として土地に定着してしまった後――他の旧人類から遅れて二千年後の事だ」
カイヤ妃は、遅れて目を覚ました。
その理由はラ・トス・トスにも詳しくはわからない。しかし、そういう事象は稀にあるのだ、と言う。
「遅れて目覚めちゃったから、勿論説明も何もない。当時開拓民の為に用意されたマニュアルも、科学の残り香も、そして地球を知る人々の存在もない。カイヤの自認としては、『ある日突然死んだ筈なのに、目が覚めたら異世界にいた』って感じだろうね。テラフォーミングに選ばれた旧人類は、病死と老衰の人々は除外された筈だからさ」
カイヤ妃はただの平凡な人間だった。
しかし唐突に宵の国で目覚め、明の民でもなく宵の民でもない、異分子として辛い生活を送ったという話だ。……これは僕も本人から聞き及んだ記憶がある。
私はいつも仲間外れだったからね、と、よく彼女は笑っていた。
「カイヤはね、実際のところ頑張ってくれたよ。とても頑張った。私は彼女を一度は救おうと接触したんだけど、結局すべての事情を話す前に彼女は勝手に行動を始めてしまった。ほんと、人の話を最後まで聞かない女の子だったよ……もう仕方ないからね、神様のフリをしてどうにか彼女に情報を与えたり、良い感じの助言をしたりと、あの頃の私は随分と忙しかった」
「かみさま……」
「人類を作ったとされるえらい人のことさ。私は詐称しただけだがね。結局、宵の国の王妃にまで上り詰めた彼女は、その後自ら明の国に移り住み、見事に争いを治めてみせた。……でも、彼女はちょっとね、きみたちを信じすぎたんだ」
「……明の国はカイヤ妃亡きあと、すぐに領土拡大と民の増加を始めた」
「そう。そうなんだよ、ほんとうに、どうしてきみたちはそうなるんだろうねぇ……いや、わかるよ? 明の民は宵の民を物理的に傷つける事が困難だ。これは人間を襲わないようにと設定されたセーフガードが今なお残っているからだろうけどさぁ」
だからこそ、明の民たちは領地の拡大で宵の民に勝とうと必死だ。殺すことができないなら、土地を奪うしかない。
最悪な事に、明の民に飢餓の心配はない。エネルギー補填の餌はたった一種類でいい。どんどん人口を増加させても困ることは無い。だが――。
「だが、宝玉には限りがあるはずだ」
先ほど、ラ・トス・トスもそう言っていたではないか。
宝玉の数が決まっている明の民が繁殖する可能性は低い、と。
「いやね、私もずっとそう思ってた。実際、長い間彼らの総数は一定だったんだ。むしろ時々彼らは宝玉を惜しげもなく砕くからね、なんなら人口は減っていた。……でもこのところ、何故か明の民の人口が急激に増えている。それは元々私が観測していた人口からみて、三割増しと言ったところだ」
「…………多くないか……?」
「多い。多すぎる。びっくりしちゃって冷や汗どころじゃなかったよ。もう本当に早急に原因究明のために色々観測したさ。そしたらね、もう本当に最悪な事実がわかったんだよ。ああもう、一緒にぜひ驚いてほしい。聞いてくれ、明の民は、砕いた宝玉を使って子を成していたんだ」
――先に、僕はショックなど受けていない、と宣言した。
しかしこの時の僕は、さすがに驚愕を隠せずに思わず立ち上がってしまった程だった。そして同じく――テラヘルツも。
「ほ」
「宝玉を砕く……だと……!?」
「え、砕、え!? 砕いた宝玉で子供できるの!? ぼくそんなのきいたことないんだけどバスタん!?」
「いや僕も知らんありえないだろ、いやありえるのか!? ラ・トス・トス、きみは、宝玉は僕達の核となるものだと……そういう風に言ったな? それを砕いて、まともな子は生まれてくるのか!?」
僕達の詰問に対し、異邦人は当たり前のように首を横に振る。
「砕かれ小さくなった宝玉には、当たり前のように入っている情報は少なくなる。何かしら正常に動かなくなったり、障害が出たりと不具合が起こる筈だ。現にもうすでに、民の一部に記憶力の低下と感覚麻痺がおこり始めているんだよ。当たり前のことだ、宝玉はきみたちが生きていくために必要な全てだ。それが半分以下になれば、勿論インプットできるもの、アウトプットできるものも少なくなる」
「記憶力の低下……感覚麻痺……?」
「身に覚えあるんじゃないかな? 辺境地まではまだ、その影響は及んでない筈だけど。民が生まれる王都ならばもう砕かれた子らが成人しているはずだ」
そういえば――やけにおかしな政策が増えたな、と感じてはいた。
過去に失敗したはずの法律や、民が反感を覚えそうな政策が、無造作に立案されていた。
あれはスタトゥアリオの無茶苦茶な政治のせいかと思っていたが、もしや人口増加の弊害だったとでもいうのか?
明の国の民が、皆、愚鈍になっているせいだと?
「生き物はね、受け取る情報が膨大すぎると、本能的にそれを拒否してしまうことがあるんだよ。おそらく、砕いた宝玉から生まれた民たちも、これと同じことが起こっていると私は推測するね」
「アー……感情の整理っていっちばん容量つかいそうー」
テラヘルツが賛同し、ラ・トス・トスは大変嫌そうに頷く。
「そう、容量。容量が減っているんだ。感情も能力もすべて。最近は死にぎわの民たちの宝玉を回収してさ、ちょっとどうにか人口減らせないかなって悪あがきしてたんだけど、結局焼け石に水だ」
「……ああ……オールウォールの誘拐事件の犯人は、きみか」
「そうだね、私だね、だって仕方ないじゃないか! きみたちはこれ以上増えたら害虫として駆除されてしまうんだから!」
その事情を知ってしまうと、確かに彼を責める気にはなれない。
すべての話が事実であったとしたら、だが……いや、ここまで心当たりがあり、辻褄があう『妄想』など、ありえないだろう。
ラ・トス・トスの語ったモノガタリは、すべて事実だ。
そう仮定すると、かなり頭の痛い現実と向き合う必要が出てくる。
明人の誘拐事件はただのとばっちりに過ぎない。
本当にまずいのは、王都の人口増加だ。
「……しかし王宮では、新たにカラカッタ王女が即位されましたよね?」
ディアンが僕に向けて確認するかのように問いかける。変わらず青い顔のままだが、頭は働いているらしい。
「王宮の政策が崩れていたのは、スタトゥアリオ陛下があまりにも政治に興味がなかった為かと思っていたのですが。スタトゥアリオ陛下から政権をはく奪したカラカッタ王女ならば、民の為に王都の政治を正してくださるのでは……」
「あー……どうかな、それは」
「……アラスタは、カラカッタ王女では力不足だ、と?」
「というか、彼女は視野がとことん狭い。やろう、がんばろうという気持ちはあるのだろうが、おそらくは細部まで冷静に目を光らせるタイプではないだろうな。現に僕は、王女の知らぬところで宰相により追放された。思い返せばかなり乱暴なやり方で」
「では、その宰相がこの度の人口増加の黒幕……?」
「いや、それはない。スピネル宰相は元々たいした役職ではない。そんな権限は持ち合わせていない。おそらくは王宮の研究者共が人口増加の方法を『発明』してしまったんだろう。そして馬鹿共がこぞって食いつき、そのまま馬鹿は量産され、馬鹿で蔓延したということかもな」
「……辛辣ですね」
「そもそも僕は己の国の民を聡明だと感じたことがない。ラリマー卿に出会い、なるほど頭の切れる者はみな流されたのかと納得したくらいだ」
邪魔なものは容赦なく流される。その結果、王都にはもはや、何も考えない者しか残っていないのかもしれない。
「とにかくラ・トス・トスの話はあまりにも深刻だ。我々だけではどうすることもできない。なにせ相手は国そのものだ。一度ラリマー卿に判断を仰ぐべきだ」
「俺もそう思います。頭の痛い事ですが……」
「出来ることを考えよう。……皆、死んでほしくないからな」
僕は別にいつ死んだっていい。しかし僕自身はともかく、僕の周りのやたらと親切な者たちは、生きていてほしいと思う。
誰も信じることができず、希望もなくただ死を願っていた過去を思えば、僕のこの感情は大きな成長のように感じた。
おそらく、グラスウォールで暮らす前にラ・トス・トスに出会い、同じ話を聞いたとしても、『死ねるのならばありがたい』としか思わなかった筈だから。
まだ、納得いかない事や、考えなければならない事は多い。しかし少なくとも僕とディアンは同じ決意を抱いていた。
ラ・トス・トスと同じように。
――この土地の民を、カイヤ妃が守った者たちを、死なせるわけにはいかない。
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