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18◆オプシディアン|籠城
領地の様子は、想定していたよりも、かなり悪い。
森は領地から離れているものの、あちらこちらと領民と官軍が小ぜり合う声が聞こえてくる。
軍隊で攻めてきたわけではないらしいがしかし、無力な民と宝石術を扱うことができる王都の軍人では、力の差は明らかだ。
出来る限り速く、しかし慎重に身を隠しながら辿り着いた宿舎は、官軍に包囲されかけていた。
宿舎入口付近では、バリケードを構築する私兵隊員と、大量のマテリアに強化術をかけて防壁を作り続ける女性が座り込んでいた。
「ヴァーダ!」
俺の後ろから付いてきていたアンバーが駆け寄る。
彼のパートナーであるヴァーダイトは、ふらりと振り向きそして青白い顔にほんの少しの笑みを浮かべた。濃緑色の長い髪が額に貼りつき、彼女の体力の消耗を思わせた。
「アンバー! 旦那も、ご無事で……!」
「立たなくていい、大丈夫か……!?」
「大丈夫、じゃないですねぇ、正直そろそろ限界です……まさか官軍が賊みたいに殴り込んでくるなんて、想定していなかったんですから」
「宿舎の門を閉めれば多少はマシだ。アンバー、すまないが、俺が彼女を運ぶ。私兵隊員は先に宿舎へ!」
「旦那、でもあたしは、防壁を――っう、ひぃ!?」
ヴァーダを容赦なく担ぎ上げた俺は、シリシャスを殿に宿舎入口に走り出す。
明の民は、宵の民の従者だ。ラ・トス・トスの話では、古くからヒューマノイドとやらは旧人類に尽くし触れ合うことに安心と快楽を得るように設計されていた、らしい。そうしたほうが、お互いに便利だったからだろう。
俺は半端ものではあるが、一応これでも宵の血の持ち主だ。
過去何度か、アラスタの毒気を抜いたこともある。まさかヴァーダに口づけをするわけにはいかないが、少しでも触れていれば彼女の力になるのではないかと考えた。
予想通り、担ぎ上げたヴァーダが『あれ?』と首をひねる。
「なんか……息が楽になった、気がするんですが、旦那が帰ってきて安堵したから、ですかね?」
「きみがぶっ倒れなければそれでいい。もう少し粘れるか?」
「やれ、る、気がします、たぶん……!」
「よし、では宿舎を石術防壁で固めてくれ」
「…………えっ」
「できるだろ? きみはアラスタから石術防壁を習っていた筈だ」
「待っ……、待ってください、いや、無理無理むりですって……! あんな、高度で難しい術をぶっつけ本番で、やるなんてっ」
「俺は何度か成功していたところを見たぞ。失敗しても構わない、少しでも時間を稼ぎたい」
「アラスタ様はどこに!? あの方なら、そのくらい易々と――」
「別の場所に姿を隠している。アラスタは『ヴァーダが居るなら自分は不要だ』と言っていた」
「か、買いかぶりすぎです……あたしは、そんな、ただの……も、元娼婦なんですよ!?」
「今は、我が領地の優秀な鍛冶職人兼宝石術師だ」
過去の事を言えば、俺だって大っぴらに口にできない出生だ。しかしラリマー卿は、過去の経歴など微塵も気にすることは無い。
領地の力になるつもりがあるのならば、過去など問わない。例え王都の元娼婦でも、半端ものの宵の民でも、傾国のブローチでも。それが我々の主の方針だ。
まだ何か言いたそうだったヴァーダはしかし、ぐっと息を飲みこむと同時に反論は諦め腹を括った様子だった。さすがはアンバーの嫁だ――不測の事態に覚悟を決める豪胆さは俺も見習いたい。
「……やれるだけやってみます、が、うまくいかなくても怒らないでくださいよ、旦那」
「俺がきみに文句を言ったことなどないだろ。きみの仕事はいつだって完璧だ」
「そういうのが、ああもう、嬉しいですけど今はプレッシャーなんですから……! どうして貴方たちは二人はそうやって、容易に仲間に託すんです!?」
二人、とは俺とアラスタの事だろうか。
確かにアラスタは他人の能力をフラットに評価する方だが、俺は単に己にできないことを他人に振り分けているだけだ。
俺は宝石術を使えない。ヴァーダは使える。そして彼女は、アラスタの現在の一番弟子だ。
「もうっ、本当にうまくいくとは限りませんからね……! これが、今日のあたしの最後の力ですよ……!」
ヴァーダの身体は汗で濡れ、息も荒く体力の限界を感じる。しかし彼女は俺の無茶振りを了承し、俺に担がれたまま宿舎の壁に両手を添えた。
一瞬、壁がほんのりと深い緑の光を放つ。
その後の光景は実に見事なものだ。土から生えたような石の網が、一瞬で宿舎の壁を駆け上がり覆いつくした。まるで、豊かな苔のように。
「……こ、これが、あたしの、限界です……アラスタ様ならもうちょい、分厚い壁ができるんでしょうけど……」
「上出来だ。この石壁が宿舎のマテリアの崩壊を防いでくれるだろう。中へ入るぞ、全員揃っているな? 鍵をかけろ! ラリマー卿は今どこだ!?」
「屋上です! そこなら領地が見渡せる、と仰って……!」
「……見渡せるが丸腰になるだろうに。アンバー、ヴァーダを部屋へ。なるべく民が集まっているところで安静にさせろ。お前も彼女と共に行動し、その場で民を守れ」
「承知しました!」
ぐったりと崩れ落ちそうなヴァーダを託し、他の隊員とシリシャスと共に階段を駆け上がる。
外の様子はうかがえないが、それでも暴動のようなざわつきは宿舎の中に居ても耳に届いた。
「ラリマー卿……!」
普段はめったに開けない最上階の扉の先には、数人の私兵隊員と、いつも通りの顔の上司が居た。
……いや、いつもよりは多少疲れた様子だ。
「ああ、おかえりディアン。あれ、きみ一人?」
「ただいま帰還いたしました。アラスタはシリシャスの指示の元、宵の国付近で潜伏中です」
「よしよし、それでいいよ。アッチの方向にはまだ官軍は近づいちゃいないからね。たぶんこの宿舎か民家のどこかに匿ってるって思いこんでるみたいだし。まあ、普通の明の民なら、国境の森に足を踏み入れるなんて怖気が走る~って感じだろうから、アッチには行かないでしょ。二人とも、無事でなによりだよ。あとの子は?」
「別行動中に救難信号に気が付いたので、置いてきました」
「あらら、まあ、きみならそうするかぁ。ま、テラヘルツなら何とかするでしょ、僕なんかよりずっと有能なんだもの」
有能かどうかはさておき、一人でもどうにかなる男の筆頭なのだから、無論心配などしていない。
「それで、一体何事なのですか」
珍しく眉を寄せたラリマー卿は、屋上のバリケード越しに領地の方を指差し、ひどくだるそうに唸る。
「私もわっかんないよ。急に押しかけて来たと思ったらね、アラスタ殿出せーって喚いて無理言わないでよって追い返したらおキレになってこのザマよ。あーあー、ちょ……誰かー! 南方向の家、破壊されそうー! 下のカルカンに指示出して走らせてー! もう、ほら見てよ、好き勝手家探し始めちゃって、建築マテリア壊されまくってるの。勘弁してほしいよ、せっかくアラスタ殿が端から修繕してくださったのにー」
「……カラカッタ王女陛下が、直々に?」
「いるよ。ほら、あそこ。あそこで腕組んでる方がカラカッタ王女陛下ご本人」
「随分お若い見た目ですね」
「実際彼女は王族の中でも若いよ。スタトゥアリオ前陛下が即位したときはまだ、成長期だった筈だからね」
「アラスタは、彼女とは面識はあるが親しくはない、と言っていましたが……」
「うーん。でも向こうは何故か術師殿にご執心なのよね。なんでかねぇ。もしかして手放したブローチ殿が有能術師だったって事実に気づいちゃったのかしら?」
「そうだとしても、この暴挙の理由にはなりません」
「確かに今まで石流しされた民が王都に戻った前例はないし、私も断固無視する気合はあるけども、ちゃんと手を回して正式に要請したら誰も文句は言わないのに。いやぁ私は無視するけど」
「……無視して平気なのですか」
「知らないよ。でもある程度勝手にやらせてもらわなきゃ、辺境地の運営なんかできないからね。そっちが勝手に捨てたんだもの、ごちゃごちゃと指示されても知るかって話ですよ」
のほほんとした外見からは到底想像できない啖呵を切り、ラリマー卿はやれやれと首を振る。
「たぶん王女陛下もアラスタ殿が民家に隠れているとは思ってないだろうね。家探しは『早くアラスタを出さねば民の家が犠牲になるぞ』の脅しかな。高潔で誇り高い王女様なんて噂、うそっぱちだねぇ。ただの我儘な駄々っ子じゃないの」
「陛下は、何故あんなに焦っているのでしょうか」
「焦って? あー、うん、そうね、焦ってるね、あれは……何故かな? 今すぐにアラスタ殿を手に入れたい理由、ちょっと私には思いつかないんだけど。……まさか軍の強化を急いでる?」
「可能性はありますね。俺はオールウォールで、信じがたい話を聞いたばかりです」
「その報告、出来ればゆっくりと腰を据えて耳を傾けたいところだけどね、あ、シリシャス、北の方に官軍行ったよ! ちょっと降りて行って倉庫守ってきてちょうだい。くれぐれも怪我人は出さぬようにね。……で、信じがたい話って?」
「間の国の住人と会い、彼から多くの物語を聞きました。それによると、明の王都の人口増加が原因となり、この一帯のすべての民が死ぬ可能性があるそうです」
「…………なにて?」
「話せば長いというか、荒唐無稽で簡潔に説明できる気がしません。ただ、誇大妄想ではないと俺は思います。間の民は、俺の母の正体も語りました」
「あ。それは私すごく興味あるな。あの子、変な子だったもの。あー、やっぱり明の民じゃなかったんだねぇ……いや、変だったし、そうだよね……」
「ラリマー卿は、母と面識があるのですよね?」
「うーん、面識があるというか知り合いというか一回巻き込まれてものすごくこき使われたというか、そういう意味では戦友なのかもしれないけど、厄介なことを押し付けられた記憶しかないねぇ。まったく、自分が出来ない事をね、易々と私に託すのやめてほしかったよ本当に」
「それは、俺の身柄のことですか?」
「んー。何かあったら息子よろしくね、とは言われたけど、他にもたくさんあるからもうどれだか自分でもよくわかんないね。そういえばアラスタ殿についても『この子たぶんすごく大変な人生になるから、気にかけてあげて』なんて言われたっけか。ふふ、無茶振りがひどいんだから」
「それで、卿は、彼に目をかけて――」
「いや普通に彼が有能だったからだよ。気を付けてあげてねって言われてもね、私は普段は王都への立ち入りすら禁じられてる身分なんだからね。でも彼が流されてきたのはちょっと、ほんのちょっとだけ運命感じちゃってよろしくなかったねぇ。まったく本当に、全部私に押し付けるんだもの」
困っちゃうよね、と言いつつも、卿は別段困っている風にも、かといって喜んでいる風にも見えない。いつもの、何を考えているか測りかねる無表情だ。
俺は彼の、このさらりとした感情の軽さが好きだった。
背負っている物は重すぎる筈なのに、ラリマー卿はいつも飄々と『困ったねぇ』と、まったく困っていなさそうな顔で吐き出す。その軽々しさに、俺は大いに憧れる。
「それはそうと、人口増加がガチだとちょっと、よくないね。全員死亡云々は置いておくとして、王都が人口を増やしている理由なんて、領土拡大の戦争くらいしか思い当たらないもの」
「やはり、その為にアラスタが必要というわけですか?」
「うーーーーん……いや、彼確かに有能だけど、無理して奪取する程かしらね……? 戦争って個の戦闘力なんてほとんど関係ないんだよねぇ。指揮官や軍師の能力は結構ストレートに勝敗に響くもんだけど。……だからカイヤちゃんはね、戦いが起こる前に王宮に潜りこんだわけだしね」
「俺の母は、有能だったのですか?」
「え、有能……? いや、有能っていうか……無鉄砲……?」
ラリマー卿は昔を懐かしむ、というよりは思い出したくないものを頭の中に浮かべた様子でため息を吐いた。ラ・トス・トスもカイヤ妃の話をしている時、同じ顔をしていたことを思い出す。
どうやら俺の母上は、多くの人間にかなりの心労を振りまいていたらしい。
「無鉄砲で恐れ知らずで、とにかく変な子だったよ。でもだからこそ、色々と国を変えることができたんだろうねぇ。カイヤちゃんが生きていてくれたらね、色々楽だったんだけど、もういないんだからしょうがないね。生きてる私達が、なんとかしよう」
珍しく覚悟を決めていらっしゃるらしい。しかし俺は感動するどころか、湧き上がる恐怖に震えていた。
この人が真面目な事を言うということは、本当に、冗談ではなく俺達は追い詰められているのだ。
「幸い、官軍は少数だよ。うーん、あの数なら無理やりワーって奇襲かけて勝てないことも無いんだけど、当たり前にそんな事やったら謀反だからね。今はまだギリギリ正当防衛主張したら許されるかなって感じだけど」
「……しかし、このままでは民の家々が」
「そうなんだよねぇ。もうさっさと諦めてくれないかなぁ。こんな事態になるなんて、本当に想定外でどうしたらいいものやら――え、なぁにあれ、ちょ、ディアン、ディアン、あれ、あのっ」
「叩かずとも見えていますよ……投槍器 、ですかね?」
「なぁにそれ……え、ほんとになに?」
「槍を投げる為の道具です。宵の国では一般的な武器ですが、明の国で見たのは初めてですね……」
「いやいやいや、感心してる場合じゃないよ、ちょっと、私が悠々とね、こんなとこで指示出してたのは、どうせたいした攻撃なんかしないでしょって思ってたからなのよ!?」
明の民は、守ることに優れた民だ。故に、武器の開発などもほとんど行われていない。
それは明の国で反乱や戦争がなく、かつ戦の相手となる宵の民相手では明人は直接危害を加えることができないからだ。明の国の領地の拡大は、宵人の殺害ではなく、領地に浄化石をばら撒き土を殺すことで行う。
官軍とはいえ、グラスウォールでできる嫌がらせなど、民の建築物に使っているマテリアの硬化術を緩め、家を破壊する程度しかできないと踏んでいた。
しかし、武器が飛んでくるとなれば話は別だ。
「すぐに退避を。まさか罪なき民相手にアレを振りかざすことはないでしょうが、私兵隊は最悪森まで撤退する必要があるかもしれません」
「えええ……いやこの建物明け渡すのはまずいよ。ここから出た瞬間、私なんてただの罪人扱いされかねない」
「そうでしょうね。わけのわからない要求を突き付けて、拒否された瞬間癇癪を起す方が指揮官なのですから」
「こっわぁ……ええーこれもう詰んだんじゃないの? 民の為に降伏したほうがマシ?」
「逃げてください。卿が生きながらえていた方が、幾分かマシです」
「そんなこと言ったってぇ」
「倉庫にヴァーダが作った盾があります。俺が昔使っていたもので少々重いですが、シリシャスなら難なく持てるでしょう。先に民と使用人を逃がし、俺が殿を務めます」
俺が最後の盾となる。
その決意で立ち上がると、官軍の第一投が俺の横をすり抜けた。
「ラリマー卿……!」
――声を上げると同時に、槍が卿の横を勢いよく通り過ぎる。安堵したのもつかの間、俺の後ろから槍が空を切る音が幾つも襲ってきた。
振り返る、その刹那――。
目の前で硬質な石がぶつかる音が弾けた。
そこにあったものは、俺に向かって投げられた槍ではなく、すべての害を防ぐための白い石壁だった。
石術防壁。
ヴァーダの深い緑色ではない。これは、俺が良く知る麗しい白い宝石術だ。
「……身を隠していた、筈では?」
苦笑しつつ振り返る。そこには予想通り、なじみ深いグラスウォールの有能術師が立っていた。
「きみには加護が効かないのだから、都度、僕が守らねばならないと、言った筈だが?」
「すいません、驕っていました。俺は宵の民ですから、多少は攻撃の手が緩むものかと」
「近接武器ならそうかもな。目を瞑って投げれば生理的嫌悪など無関係だろ」
「……隠れていらしたのでは」
「隠れていた、が、呼ばれたから馳せ参じた」
「呼ばれた……?」
「その男にだ」
アラスタがそう言った瞬間、俺の横を勢いよく通り過ぎる影があった。
とんでもない飛躍で屋上の端に躍り出たソレは、すでに目前に迫っていた第二の槍をすべて見事に弾き落とした。眼前に展開した、鈍く輝く銀灰色の石術防壁で。
「――テラヘルツ」
ああ、そういえば……コイツは有能な薬師だった。
薬の調合には、温度の変化も必要だろう。火を使わない明の民は、こと工芸や物づくりには全て宝石術を用いる。
勿論薬剤の調合にも、宝石術を使って然るべきだ。テラヘルツが宝石術を調薬以外に断固使おうとしないのは、単純に『そうしたくないから』でしかない。
……いつの間に、こんな術を覚えたのか。
いやもしかしたら、彼は元々古代宝石術を知っていたのかもしれない。なにせテラヘルツは、このグラスウォールの最古参だ。
槍を叩き落としたテラヘルツは、珍しく背をきっちりと伸ばして淵ギリギリに仁王立つ。
そして片手で遠くを指差した。その方角は、オールウォールと間の国が存在する。
「今しがた、間の国がオールウォールに戦を仕掛けた」
眼下にいる官軍と王女陛下に向け、テラヘルツは声を張り上げた。
こいつ、こんな大声出せるんだな……と思ったのは、俺だけではない筈だ。アラスタですら、目を丸くしている。
地上で槍を構えていた官軍たちは、テラヘルツの言葉に動揺を隠せない様子だ。
「王女陛下におかれましては、このような場所で小競り合いをしている場合ではないでしょう。今頃王都は混乱の渦のただ中だ。直ちに官軍を引き上げ、王都へお帰りください」
動揺と混乱は暫く続いた。
しかしそのうち官軍の伝令兵らしき者が到着し、王女陛下一行は慌ただしく兵を引き上げ始めた。テラヘルツの言葉が嘘ではない、と証明されてしまったのだろう。
その様をただじっと見下ろしていた銀灰色の男は、官軍がすっかり見えなくなったあたりでやっと息を吐きいつも通りだらりと脱力した。
「捨て台詞くらい吐いていくかな~って思ってたのにぃー、無言ですごすご帰っちゃうなんて、ざぁこ、ざぁーこ」
「煽るな馬鹿……お前の不敬がカンストするぞ……」
「あんなやっばい連中に不敬とか言われても困るよぉ~そっちは不敬どころかトンデモ暴挙やらかしてるのにサァ」
「おまえ、どうやってここまで戻ったんだ」
「え、ラトトちが送ってくれたけど? あ、ジェットんは一回お国帰って色々報告するって言うから別れたよー。元々ウチの領地の子じゃないし、別にいいよね?」
「それは、まあ、構わないが……」
また変な呼び名をつけているせいで一瞬混乱したが、要するにラ・トス・トスの持つ技術のおかげで、早急に帰還した、という事だろう。
「いやぁーラトトちの文明ってすっごいねぇ~細胞と原子の話とかねぇ、一生聴いてたいくらいだったんだけど、ぼくの作った狼煙のせいで台無しだよー。でもまぁ、おかげ様で、素敵なお土産もらえたけどねー」
「土産……?」
「そうそう。すぐ帰れなんて発信されちゃ、ラトトちだって大慌てでしょ? だから本当はそんなつもりなかったんだけど、介入することにしたんだってさ。はいこれ、お土産。あ、オールウォールの方は気にしなくていいよ。ラトトちが攻め入ったのは本当だけど、死人は一人も出てないからね」
そう言ってテラヘルツが差し出したものは、丸い手鏡のようなモノだった。
なんだこれは、と、俺とアラスタが近づくと、それは唐突に『ジジッ』と不気味な音を発する。
次いでそこから聞こえてきたのは、妙にぼやっとした風に掠れた、ラ・トス・トスの声だった。
『やぁ、昨日ぶりだね諸君! 映像通信じゃなくて申し訳ないよ~そこまでリソースなくってねぇ。あ、そこにそっちの領主様いらっしゃる? どうも初めまして~しばらく間の国の住人を名乗らせてもらっている者だよ、お見知りおきを!』
「…………うん? え、なにこれ、こわぁい……」
「すいません、後でみっちり説明しますが今は堪えてください。ラ・トス・トス、今回のきみの行動で俺達は助けられた。感謝する」
『ええ~いいよいいよ、だって最終的には私のためでもあるもの~。テラヘルツくんとジェットくんと色々お話してね、私も結構色々観測できてなかったんだなぁって反省したの。それでね、うふふ、再認識したんだがね、この国は結構ヤバいぞう!』
「……でしょうね」
『いやいや、本当に、それなりに一刻を争うかもしれないよ。本当はきみたちだけでどうにかしてほしかったんだ。そもそも、私の介入って本当に駄目だからね? でも、うーん……ちょっとどうにもならなそうだから、せめて情報提供くらいはしようかなってしゃしゃり出た次第だ。さぁ、大事な話をする準備は整っているかな? 作戦会議といこうじゃないか!』
良く喋る上に人の話をあまりきかないラ・トス・トスの勢いに押されつつも、『元気な人ね』と零すのだからラリマー卿は懐が広い。
……報告しなければいけないこと、考えねばならないことは山ほどある。
しかしまずは、アラスタを後ろから存分に抱きしめる。
「…………どこか変なところでも打ったか?」
少々気味悪そうに身じろぎされたが、知るかと思って力を込めた。
「ご無事で、何よりです」
彼があの王女陛下に攫われ、王宮に戻る未来もあったはずだ。ひとまずはそれが回避できたことに安堵し、俺はくすぐったそうに身じろぐ腕の中の人のささやかな抵抗を、知らないふりで無視をした。
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