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〈第1部〉第3話

相変わらず俺は、大学とバイト先を往復する日々を送っている。友達からの誘いがないわけではない。むしろその誘いを断るために連日バイトを入れているようなものだ。人と関わることは嫌いではないのだが、上辺だけの付き合いはどうも疲れる。 しかし今日の俺は機嫌がいい。その理由はふたつある。ひとつは久しぶりのバイトオフ日だということ、そしてもうひとつは夜に隣人が夕飯を食べに来るということ。 『美味いカレーが食べたい。よろしく』 数日前にそう書かれたメッセージが届いて、実は昨晩バイトが終わってから色々と仕込んでおいた。カレーは俺の得意料理のひとつで、今回も割りと納得のいくものが出来たから、実は早く感想を聞きたくてウズウズしている。隣人からの突然の誘いは今回に限ったことではない。もちろんタダ飯を食わせているわけでも。俺が手料理を振る舞う代わりに、隣人からは実家から届いた米をありがたく頂戴するのが決まりだ。そこはきっちりギブアンドテイクの関係が成り立っている。 自分の手料理を美味そうに食べてくれて、更に絶品の米まで手に入る‥俺は米農家の息子を友人にもったことを心底誇りに思った。いやもちろん、それだけではないのだが。 今回のカレーにはどんな副菜が合うだろうかと先程から鼻歌交じりに考えを巡らせながら、俺は駅前のスーパーへと向かっていた。 「あ‥」 三叉路を曲がったところで、見覚えのある人物の姿が目に飛び込んできて思わず顔が引きつった。‥先日の定期券のアイツだ。 あの出来事から数日が経っていて、校内で会うこともなかったから、俺の中で奴の存在はすっかり忘れ去られていたのだけれど、顔を見た途端嫌な記憶が蘇った。関わると面倒だ、そう思って足早に立ち去ろうとした‥が、少し様子がおかしい。先程から座り込んだままの年配女性と何やら話しをしているようだ。周りに不自然に散らばっている荷物を見てなんとなく察しがついた俺は、奴が女性をおぶったところで二人の元へ駆け寄った。 「大丈夫か?」 「あ、アンタ‥」 「手伝うよ」 「‥平気だし」 「ソレ、持てねーだろ」 「あ‥」 俺が地面に置かれたリュックサックを指差すと、奴は気まずそうに眉間にシワを寄せた。背中には女性、両手にはスーパーの袋をぶら下げていて、どう頑張ってもこれ以上物を持つのは難しいだろう。リュックサックを拾い上げて手に持っていた買い物袋を引っ掴むと少し驚いた顔を見せたけど、観念したのか奴は無言で歩き出した。俺はその半歩後ろを遅れないようについて歩いた。 「お姉ちゃん力持ちだねえ」 「このくらい全然‥つーか俺、男だし」 「あらそうなの?美人さんだからてっきり‥」 「はは、嬉しくねー」 時折二人の会話が聞こえてくる。言葉遣いこそ乱暴だが、表情や声のトーンは何処か優しげで、女性を気遣う言葉が何度も聞こえた。 正直驚いた。この前とはまるで別人だ。どっちが本当のコイツなんだろう‥二人の笑い声を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。 「お兄ちゃん達、どうもありがとうね」 「いえいえ」 「もう転ぶなよ」 玄関先まで女性を無事送り届けると、お礼にとスーパーの袋いっぱいの美味そうなリンゴを手渡された。一度は断わったけれど、折角の心遣いを無下には出来ず、俺も奴も素直にそれを受け取った。 門を出たところでふと時計を見ると、だいぶ時間が経っていた。‥そういえば俺、買い出しに行く途中だったんだっけ。 「じゃ、俺行くわ」 「あ‥っ」 「何?」 「その‥‥助かった。この前の定期も。‥」 そう言うコイツの顔を見て思わず吹き出してしまう。台詞と表情がチグハグだ。 「んな怒った顔で言われてもなぁ」 「ちゃ‥ちゃんと礼、言ったからな!」 「あっ、おい‥‥って、いなくなんの早いんだよ」 ものすごいスピードであっという間に走り去っていったのが何だか可笑しくて、俺は誰もいなくなったその方角を見つめながら、気がつくとまた笑っていた。 「‥やっぱ変な奴」 そう独りごちって、俺も駅の方へと歩きだした。

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