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〈第1部〉第4話
昔から周りに人がよく集まってきた。特にやんちゃしていた子供の頃は、同性からやたら好かれた。あの頃はただ純粋に“一緒にいると楽しいから”という理由だったからだと思うけれど、いつからだろう、外見でしか見られなくなったのは。
「優介くんカッコイイね、友達になろうよ」
高校に入学した頃、そう言って声をかけられることがやたら多くなった。カッコよくなきゃ友達にならないのかよ。‥そんな風に思ったところで、断れないのは自分が一番よく分かっていた。
“イケメンと友達になれば自分のステータスも上がる”
思春期の男子の考えは実に不可思議で、幼稚だ。
高2の時、将来についての話になったことがあった。昔から食育に関心のあった俺は、意気揚々と話し始めたのだけれど、
「そんなつまんない話すんなよ」
そう言って周りに失笑された。きっと周りが望んでいたのは、彼女がどうのとか、そういう返しだったのだろう。クソ真面目に語る俺がよっぽどおかしく見えたのか、しばらくはその話題で盛り上がっていた。
この出来事は俺の中に思いの外大きなダメージを与えたようで、それからの俺は、周囲に自分の話を極力しなくなった。それでも自分から離れるほどの気勢はなくて、結局当たり障りのない会話をして、なんとなく一緒につるんで。そうしたらいつの間にか、クールだの何だの言って周りは余計盛りあがっていた。
なんの生産性もない形だけのトモダチ。
‥正直、そういうのはもううんざりだった。
「‥‥っつー訳。って、優介聞いてる?」
「‥あ、悪い。なんだっけ?」
「えーひどくね?」
そう言って声を上げて笑う友人達に合わせて俺も笑顔を作った。最近愛想笑いのスキルがやたら上がった気がする。
不意に思い出した昔のあまり良くない記憶。大学に進学した今も、その現状はあまり変わっていない。だだ、昔に比べてそれを吐き出せる場所が少しだけ増えたことがせめてもの救いだった。
4限は医療栄養学の講義で、講堂にはそれなりに人が集まっていた。友人の後について定位置になっている後方の席へ向かう途中、前方の席に座っているアイツの姿を偶然見つけた。もしかして‥いや、学科専門科目だからもしかしなくても同じ学科だ。どうして今まで気が付かなかったんだろう。
「なあ、あそこにいる奴のこと知ってる?」
友人たちの会話を遮ってそう聞くと、二人は興味なさげに俺の指差す方へ視線を向ける。
「さあ‥お前は?」
「あー、時々見かける。いつも一人でいるっぽいけど‥どうかした?」
「‥悪い、ちょっと行ってくるわ」
「は?ちょっと待っ‥優介?!」
背中越しに聞こえる友人の声をスルーして、俺はアイツの元へと向かう。このまま友人達と講義を受けるより、こうする方が俺にとっていいと思ったから。その根拠はどこにもないのだけれど、久々に湧き上がる妙なワクワク感でその足取りは思いの外軽かった。
「よー」
顔を合わせるのはもう三回目だし‥そう思っていつものノリで軽く声をかけたら、もの凄く驚いた顔で見上げられた。見開いた目が何だか猫っぽい。
「アンタ‥なに、何か用?」
「特別用はねーんだけど‥ここ空いてる?」
返事を待たずに隣に座ると眉間にシワを寄せて睨まれたが、俺はお構いなしに会話を続ける。
「お前もこの科目選択してたんだな。結構面白いよなー、この教授の講義」
「うるさい。何なのアン‥」
「中岡優介。俺の名前。“アンタ”って呼ぶのやめてくんねぇかな」
「‥‥」
アレ?黙った‥と思ったそのタイミングで教授の声が聞こえてきて、会話は強制終了してしまった。‥相変わらず目つきも口も態度も悪いなと苦笑い、俺はショルダーバッグからノートを取り出す。
「‥き」
「ん?」
話しかけられたような気がして、俺はふと横を見る。
「相沢夏生。“お前”じゃねえから」
顎に手を当てて真っ直ぐ前を見ながらしかめっ面でそう言うから、思わず小さく笑ってしまった。「よろしく」と半分独り言のようにつぶやいて、俺は教授の言葉に意識を移した。
「はー‥」
「なっ、何見てんだよ!」
「いや‥すげーと思って」
講義終了のチャイムが鳴り、伸びをしたついでに相沢のノートを覗き見て驚いた。‥めちゃめちゃ分かりやすくまとまってる。この教授の講義は面白くて好きな方なのだが、どうも複雑で‥俺はノートを取るのに毎回苦戦していた。
「俺、ノート取んの苦手でさ」
そう苦笑うと、相沢はお世辞にも綺麗とは言えない俺のノートをまじまじと見つめる。‥な、なんか変なこと書いたか??
「優介ー昼メシ行こー」
分かれて授業を受けていた友人の呼ぶ声にハッとして、慌てて筆記具をショルダーバッグに放り込む。
「今度見せてよ、ノート」
「は?何でだよ」
「優介早くー」
「おー今いく。そんじゃ」
「ちょっ‥」
友人に急かされて、俺はバタバタと講堂を後にした。
相沢と別れてから、今日はよく喋ったことに気づいて自分でも驚いた。会話になっていたかは微妙なところだけど。‥何はともあれ、名前を知れたことは大きな収穫だ。大満足した俺の本日のランチは、いつもより100円ほど高い。普段もそれなりに美味い学食だが、今日は3割増で美味かった。
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