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〈第1部〉第5話

5月に入るとすぐに大型連休がやってくる。本当なら、たくさんの休息時間とツーリングに行く少しの余裕が欲しいところなのだが‥ 「中岡はゴールデンウィーク全日オッケーだよな」 そういって問答無用でバイトのシフトを入れられた。 去年の夏休みに念願の中型バイクの免許を取得したものの、まとまった休みがなかなか取れずまだ近場しか行けていない。今回の休みこそはと密かに行きたい場所の候補を挙げていたのだが、またしばらくお預けのようだ。 ‥まあ、ちょっと奮発して高めの愛車を買ってしまったから、その分必死に働かなくてはなんだけど。 俺のバイト先のファミレスはアパートからチャリで10分のところにあって(本当ならバイクで通いたいところなのだが、バイク禁止のため泣く泣くチャリ通なのだ)、大学も近いため知っているやつも割と飯を食いに来る。さすがに連休中は知り合いに会うことはなかったが、家族連れやカップル達で連日大賑わいだった。 「お疲れー。ほい、コレ」 連休最終日、21時過ぎ。全てのシフトをこなして、若干屍状態になりながら帰りの身支度を整えていると声をかけられる。声のした方へ振り返ると勢い良く缶コーヒーが飛んできて、危うく落としそうになった。 「お疲れっす。店長まだ上がれないんですか?」 「今日は0時まで。はー、やっと9連勤から開放される〜」 「‥俺10連勤なんですけど」 「あ、悪い悪い。それで許して」 何とかキャッチした缶コーヒーを指差して下手くそなテヘペロをしてみせる店長に「全然可愛くないんですけど」とツッコミを入れると、段ボール箱に座ったまま蹴りを入れてきた。普段なら簡単に避けられるんだけど、10連勤で足がガクガクの俺はもろに食らった。 ちょっと強引なところがあるが、従業員想いの店長を俺は結構気に入っている。俺より16歳年上で、客が少ない時間帯にはよくこんな風に話をしているから、お互いの私生活は結構筒抜けだったりする。特に店長は、今年幼稚園に入学した息子くんの溺愛っぷりが凄まじくて、お気に入りの写真は何度見せられたか分からない。仕事中は結構真面目で“できる男”なイメージがあったから、最初はそのギャップに驚いたが、今ではこの距離感が心地よくて、俺が気負わずに話せる数少ない相手だったりする。 「用があるならちゃんと言えよ」 「大丈夫っすよ、ヒマなんで」 「デートとかしなくていいの?中岡、彼女いないんだっけ?」 「はい」 「はー、ホント助かるわーー」 「‥彼女できたらマジでバイト減らしますよ」 「あはは、そしたら彼女できたの一発で分かるな。‥っつーかそれは困る」 「真顔で言わないでください」 冗談混じりに談笑していたら、急に真剣な表情で凝視される。‥こういうときの話題は決まって“アレ”だ。 「中岡、ホールの仕事やる気ない?」 「ありません。ちなみに今ので24回目です」 「数えてんのかよ。はーダメか‥イケメンが接客とか、絶対集客伸びんのになぁ」 「俺、料理するのが好きなんで。コレ、ゴチでした」 もらった缶コーヒーを飲み干して店長にもう一度礼を言うと、俺は駐輪場へと向かう。店の売上に貢献したいのは山々だが、せっかくやりたいことができているのに、それを捨ててまで人助けをするほど、俺はお人好しではない。そこは妥協できない部分だ。 チャリの鍵を開けながら、俺は明日からの学校生活について考える。いつもなら憂鬱な連休最終日。今回少しだけ気分がいいのは、きっと退屈な日常に細やかな楽しみができたからだ。 「相沢おはよ」 「‥‥おー」 「‥‥」 「‥何?」 「いや、今日は返事してくれたなと思って」 翌日、月曜日。初めて相沢の隣で授業を受けてから、気がつけば数週間が経っていた。あの日から俺は、相沢を見つけては声をかけ、強引に隣に座って授業を受けている。講堂の後ろの方で友人達がくっちゃべっている中講義を受けるより、相沢の横で受けた方が断然集中できたからだ。当然友人達からは不満の声が上がり訳を聞かれたが、「最近目が悪くなって黒板の文字が見えない」‥そんな適当な理由を述べると渋々納得し、授業後に合流するようにしていた。 ‥しかしまあ、相沢に話しかけると大抵無言で睨まれて、会話はほぼ無かったんだけども。 だから素っ気ないたった一言の返事でも、意思疎通ができた喜びで思わず顔が緩む。 「もう慣れた」 呆れた表情でそう言う相沢は、いつもよりほんの少しだけ機嫌がいいような気がして、俺はもう少し話を振ってみることにした。 「相沢、連休どこか行った?」 「バイトしかしてねぇ」 「マジで?俺もー。相沢なんのバイトしてんの?俺はファミレスのキッチン」 「コンビニ」 「え、まさかの接客?!大丈夫なの??」 「‥殴るぞ」 「あ、悪い」 相沢の鋭い眼光に、初対面でのあの光景が脳裏を過る。本当に殴られる気がして反射的にビクついてしまった。そういえば‥俺はずっと相沢に聞きたいことがあったんだ。 「なぁ、相沢ってなんでそんなに強いの?」 「何が?」 「いやほら、初めて会ったときにナンパ男撃退してたし、婆ちゃんおぶってたときも顔色一つ変えてなかったから‥何かしてたの?」 「あー‥空手やってた。小1から高3まで」 あれは空手の技だったのか。小1からっていうと10年以上‥どうりで強いわけだ。 「マジか!凄いな!やっぱり相沢も強い男に憧れてたの?小学校の頃流行ったよなー、プロレスとかK-1とかさ」 テレビで格闘技を見た次の日、友達とマネをして盛大に怪我したのを思い出して自嘲しながら話をすると、相沢の表情がほんの少しだけ曇ったような気がした。 「別に‥そういうんじゃねえから」 そう呟いたきり、相沢は俺から目線を逸らして黙り込んでしまった。このあと、俺の問いかけに相沢が答えてくれることはなかった。

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