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〈第1部〉第7話
「フクちゃんさー、何でイッチーと付き合ってんの?」
「んー‥は、え??急に何?!」
俺の質問を受けて口に含んだ肉じゃがを吹き出しそうになった隣人は、大慌てでグラスを引っ掴んで一気にお茶で流し込んだ。
フクちゃんこと譜久田修作は、隣人であり俺の愛すべき親友である。
去年の3月、今のアパートに下宿を始めた俺は、もちろん周りに知り合いなんていなくて、なんとなく心細さを感じていた。そんな俺から遅れること数日、フクちゃんが隣りに引っ越してきた。最初はなんとなく挨拶を交わす程度だったけど、同じ大学で同じ学年ということもあって少しずつ会話をする機会が増えて、すぐに打ち解けた。話をするうちに意気投合し、今ではこうしてしょっちゅうお互いの部屋を行き来している。
フクちゃんは聞き上手だ。家族のことだったり将来のことだったり、普段他の奴には言えないようなことをフクちゃんに話せるのは、きっといつだって親身になって聞いてくれるから。だからその分俺も、全力で返したいと思ってる。‥もちろん、バイトの愚痴だったりテレビ番組の話だったり、バカ話もたくさんする。ラインのやり取りはだいたいスタンプだけで済ませるテキトーさ。そのギャップがなんだか心地よい。自分を飾らず素でいられるのはとてもラクだし、とても楽しい。
フクちゃんには恋人がいる。高校の後輩で、現在遠距離恋愛中だ。俺も何度か会っていてメシも一緒に食う仲なのだが、イッチー‥一ノ瀬七海は正真正銘、男である。
先日の相沢に対する妙な違和感が気になって、もしかしたら何か参考になるかもしれないと、俺はフクちゃんにそれとなく聞いてみることにした。‥もちろん、腕によりをかけた夕飯をご馳走しながら。
「いや、なんとなく。そういえば今までこういう話しなかったなーって思って。フクちゃんってゲイなの?」
「ち、違う!‥と思う‥。男と付き合ったのナナが初めてだし、別に他の男見ても何とも思わないし‥」
「イッチー可愛いもんなぁ」
「ちょっ、ソレどういう‥」
「弟みたいって意味。心配すんなって」
「はー‥お前がライバルとか、勝てる気しないから‥」
「俺も勝てる気しかしないー」
「うわっ、ムカつくー」
そう言ってしばらくして、お互い堪えきれず吹き出した。こんな冗談が言い合えるのもフクちゃんだからだ。
「大丈夫大丈夫、イッチーお前のこと大好きじゃん」
「そ、そう‥かな?」
フクちゃんとイッチーは仲がいい。でもそれは“先輩後輩”とか“友達”としてそう見えるのであって、そこに恋愛感情が含まれているのかは、俺からしてみたら正直わからない。きっと二人にしか分からない何かがあるのだろう。
「でもさ、何で友達じゃなくて恋人なの?」
「何で‥?」
「うん、何で?」
友達と恋人との違いは何なのか。ましてや同性同士で。今までまともな恋愛をしてこなかった俺はそれがとても不思議だった。
俺の質問に、フクちゃんはしばらくウーン‥と唸りながら考えて、そしてすごく眉間にシワを寄せて答えを絞り出してくれた。
「‥触るとドキドキするから??かな??」
「フクちゃんはてな飛ばしすぎ」
若干ズレてる気がするけど‥まあいいか。親友のありがたいお言葉を、俺はしっかりと心の中にしまった。‥と、何だか一気に気が抜けて、あっという間に通常モードに戻る。
「はー喉乾いた。ビールでも飲もっかなー」
「俺もー」
「コラ未成年」
「あ、バレた?」
先月ハタチになった俺は、フクちゃんより一足先にアルコールを解禁した。酒の美味さに目覚めた俺は、バイトがない日はちょこちょこ一人で晩酌していて、日々酒とそれに合うメニューの研究中だ。
「ウソウソ。今日はこれで我慢する」
目の前のお茶を一気飲みしてプハーっと大袈裟に息を吐くと、フクちゃんはケラケラと楽しそうに笑った。
*
翌日、構内を移動していると相沢の姿を見かけた。講義以外で会うのは久々でなんだか新鮮だ。‥なんて呆けていたらあっという間に距離ができていて、俺は慌てて相沢のあとを追いかける。相変わらず歩くの速いっつーの。
「相さ‥」
名前を呼びかけて、止めた。昨日の親友の言葉がふと頭を過る。
『‥触るとドキドキするから??かな?? 』
触るとドキドキ‥したりして。
‥なーんてな。
「相沢ー」
「なに‥‥っ!!!?」
名前を呼んで、俺は振り向きざまに相沢の手を握る。俯き気味の顔を覗き込むと思いっきり目を見開いた相沢と視線がぶつかって、次の瞬間、思いっきり顔面を叩かれた。
「ーーーっ最悪!!!」
そう吐き捨てて、相沢はものすごい勢いで走り去っていった。
「い‥‥ってぇ‥」
パーだったけど、威力は限りなくグーに近い気がする。ちょっとは手加減しろよ‥。
でも何か‥ドキドキした、かも。触ると、っていうよりかはいつもポーカーフェイスの相沢のあんな顔を見たからだ。怒ってるのか困ってるのか微妙な表情だったけど、耳まで真っ赤だったのは分かった。‥つーか相沢の手、意外としっかりしてんのな。結構冷たくて、それで‥‥叩かれたとき、なんかスゲーいい匂いした‥。
ジンジンと痛み徐々に熱を帯びてくる頬を擦りながら、俺は呑気にそんなことを思い返していた。
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