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〈第1部〉第8話

「ぶっ‥なに、そのカオ」 「‥ちょっと色々ありまして」 相沢の会心の一撃を受けた俺は、あのあと‥まあ悲惨だった。時間差でやってきた頬の痛みで残りの講義は全く集中できず、内容はほぼ覚えていない。そして現在、真っ赤に腫れた頬を見たバイト先の店長に「イケメンが台無し!」と爆笑されているところだ。 「いやー、さすがに今日は『ホールやって』とは言えないわー」 「よかったです。‥つーか、言われてもやりませんから」 「相変わらずキビシイなあ。‥‥で、どうしたのそれ。女?修羅場?」 「違います。‥って、何楽しそうにしてるんですか」 「だって楽しいから♡」 「‥‥‥」 他人事だと思って思いっきりニヤついている店長に、俺は久しぶりに割りと本気でイラッとした。 バイトが終わる頃には頬の痛みもだいぶ引いていて、帰宅してベッドに倒れ込んだ俺は、相沢とのやり取りを冷静に振り返る。あの時の相沢の表情を思い出すと、いつの間にかまた心臓が速くなっているのに気づいた。 明日は講義が被る日だ。相沢と話をすればまた何か分かるかもしれない。白の天井をぼんやりと眺めながら、俺はそんな風に思った。 ‥思ったはいいが。 「あ、相さ」 「!」 「ちょっ‥」 翌日。今日俺は、朝から相沢に徹底的に避けられている。俺がいつもの席に座っていると、講義が始まるギリギリに来た相沢は普段なら絶対に座らないだろう後ろの方の空いている席に座り、今みたいに話しかけても脱兎のごとく逃げる。面白いくらいの避けられようだ。ちなみに今のが3回目。 ‥まあ、いきなり手を握ったんだ。だいぶ不審人物に思われたとは思う。警戒されるのも無理はない。自業自得とはいえ、せっかく話せるようになったのにまた振り出しに戻ってしまったことを俺は少しだけ後悔した。 * そんな日がしばらく続いて、ついには姿さえ見つけられなくなり、さすがに心が折れかかっていたある日。教室移動の途中で久しぶりに階段の踊り場にいる相沢の姿を見つけた。‥たぶん俺、今すっげー顔がニヤけてる。 「‥っ、離せよ!」 ノーテンキに浮かれいると、相沢の怒気混じりの声が聞こえてきた。よくよく見ると誰かと一緒にいるようで、なんか‥揉めてる?距離があって会話はよく聞こえないけれど、腕を掴まれている相沢の表情からして良くない状況なのは明白だ。 ここで俺が取るべき行動は一つしかない。 「こんな所にいた!なっちゃん行こ!」 「なっ??!は‥ちょっと‥!」 「すんませんコイツ、俺のツレれなんで」 「‥‥っ、オイ!待て‥」 階段を駆け上がって相沢の手を引っ掴み、一目散に駆け下りる。呆気にとられてタイミングを逃したナンパ男C(仮)を振り切って、俺は無事に相沢を救出したのだった! ‥が、そんな簡単にヒーローになれるわけがない。少し強引に手を引いて校舎から離れた中庭まで来たところで、相沢の様子が少しおかしいことに気が付いた。 「平気?‥ってか手、ケガしてんの?腫れて‥」 「‥っ、余計なお世話だ!」 「相沢?!」 乱暴に手を振り解いて猛ダッシュで逃げていく相沢を、これ以上追いかけることは俺にはできなかった。 “余計なお世話” 初対面のときと同じことを言われてしまった。ホント、学習しないなぁ俺は。相沢のストレートな物言いは、折れかかっていた俺の心に相当なダメージを与えた。 ‥でも一つ分かったことがある。 相沢が自分以外の男に触られているのを見たら無性に腹が立った。初めて相沢に会ったとき、男達に絡まれてたときとは明らかに違う感情だ。 まだほんのりと残っている香水の甘い香りの中で、俺の疑問は確信に変わった。それはなんてことない、すごく単純なことだった。 俺は相沢が好きなんだ。

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