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〈第1部〉第9話
初めて恋人ができたのは中学3年のときだった。いつもなんとなくつるんでいた男女数人のグループで夏祭りに行った帰りに、その中の一人から告白された。
恋愛ごとに興味がなかった俺はその申し出を断ったのだが、周りがやたら盛り上がって、結局勢いで付き合った。中学生の交際なんてたかが知れてる。学校帰りに一緒に帰って、時々手を繋いだりして‥雰囲気に流されてキスも何度かした。そのうち高校受験で忙しくなって、最後は自然消滅だった。彼女のことが好きだったかは分からない。
高校に入ってから、以前にも増して女子から告白されるようになった。最初は律儀に断っていたけれど段々面倒になって、夏休み前に告白を受け入れた。1学年上の先輩だった。
中学の頃と違って、高校生の恋愛は妙に生々しい。不釣り合いな化粧、きつい香水の匂い、媚びるような上目遣い‥そしてセックス。いつまで経っても慣れなかった。
告白されてなんとなく付き合い始め、何度か関係を持ったけれど、
「私のこと好きなの?」
いつも決まってそう問われ、
「あなたといてもつまらない」
最後は必ずそう言われた。
そりゃそうだ。俺は付き合った奴誰にも、自分をさらしていないのだから。どうせ外見ばかりで、俺の中身なんて興味ないだろうが。今まで本気になったことなんて一度もなかった。
だから、初めて抱く“好き”という感情に正直戸惑っている。こんな俺が、マトモな恋愛なんてできるのだろうか。誰かを心から愛せるのだろうか。‥こんな俺を、受け入れてくれるのだろうか。
*
久しぶりの何もない土曜日。少し早起きして、愛車のゼファーに跨がる。
数日前からやることは決めていた。午前中は近場を少しドライブして、午後はキッチンに立ってゆっくり新メニューを考える。現在梅雨真っ只中、スッキリしない天気が続いているが今日は何とか持ち堪えてくれそうだ。
昼メシを軽く済ませて、午後の買い出しをするため店に立ち寄る。自宅から少し離れたところにある輸入品の揃っているこのスーパーは俺のお気に入りで、時々食材や調味料を調達しに訪れていた。
「あれ?相沢?」
思わずそう声が漏れた。目の前にいたのは紛れもなく相沢だったから。
気づけば階段での一件から一週間以上が経っていた。あれ以来、自分から意識的に探すことをしなくなったら驚くほど相沢に会わなくて、偶然の再会が嬉しくないわけないのだが‥あまりにも不意討ち過ぎて固まってしまった。
声をかけられた方もまた然り。いつも猛ダッシュで逃げる相沢だがその余裕すらなかったようで、しばらく固まったあと気まずそうに視線を反らした。露骨に表情が曇ったのに気がついてしまうと結構グサリとくるものだ。
「あ、えーと‥こんなとこで会うなんて偶然じゃね?ここ、大学から遠いのに‥」
「家、近いから」
「そう‥なんだ」
妙によそよそしい自分に笑った。恋愛感情に気づいてから、相沢に対してどこか遠慮がちになっているのは明白だ。どうやって話しかけたらいいか分からなくなるなんて‥マジで情けない。今までの強引さはどこへやら。
「‥ってかお前、何してんの‥?」
嫌な沈黙が続いていたから、相沢からの問いかけに正直ホッとする。
「見りゃ分かんだろ、買い出し」
「‥お前、料理すんの?」
「失礼な!こう見えて趣味と特技は料理です」
疑いの眼差しを向ける相沢にドヤ顔でカゴの中身を見せてやると一瞬驚いて、それからみるみる表情が緩んだ。
「ははっ、マジか。俺も特技料理!」
趣味じゃなくて特技って言い切るところが何だか相沢っぽいなと思った。俺以上にドヤ顔でカゴの中身を見せつける相沢は、なんだかとても‥可愛い。相沢が好きと気づいてから余計にそう見えるのかもしれない。ニヤけそうになるのを必死に堪えて、俺は慌てて話を続けた。
「相沢はどんな料理作んの?」
「あー‥洋食が多いかも。最近エスニックとかも色々研究中」
「へー!俺は和食が多いな。最近ぬか漬けにハマっててさ、‥あ、今度見に来る?マイぬか床」
「行かねえ」
「うおーい!即答かよ!そこは「行く!」だろ」
「ははっ、行かねえ」
けたけたと楽しそうに笑う相沢につられて、俺も思わず笑みがこぼれた。
「あー‥あの、さ」
「ん?」
「この前はその‥助かった」
「‥‥ふっ、あははっ!」
既視感に思わず笑ってしまう。
「なっ、なんだよ」
「いや‥このシーン、デジャブだなって」
「あ‥」
出会ってすぐの頃の出来事を思い出す。相沢も気がついたみたいで、苦笑って頭を掻いた。
「手、大丈夫なの?」
「もう何ともねえ」
そう言った相沢だが、手首に巻かれた包帯がチラリと見える。
「怪我とか‥なんかあったの?」
「べっ、別に‥‥じゃあ俺、行くから」
「お、おー。またな」
なぜか急に慌てた様子をみせた相沢は、急いで会計を済ませると足早に店内から出ていってしまった。
‥結局、怪我の理由については教えてくれたかったけれど、気がついたら前と同じように自然に話ができていてホッとした。
自分を作らずにいられる居心地の良さは、親友といるときとどこか似ている気がする。でも少し緊張するのは、やはりそれ以上の感情があるからなのだろう。‥つーか相沢、家近くって言ってたよな。こんなとこから大学通ってんの?え?遠くね??もしかして地元??
“もっと色々聞いときゃよかった‥”と、俺はあとになってものすごく後悔した。
*
いつの間にかまた隣同士で講義を受けるようになっていた俺と相沢。スーパーでのことがあってから、講義の合間にも時々料理の話をするようになっていた。
「中岡、カレーって市販のルー使う派?」
「使わねー。相沢使うの?」
「まっさか!俺のカレー超本格派だし!」
料理の話をする相沢は本当に楽しそうで、時々見せるはにかんだ顔はなんというか‥やっぱりめちゃくちゃ可愛い。この笑顔を知っているのはもしかして俺だけなんじゃないかと、少し自惚れてみたり。
このまま居心地のいい生活を送るのもいいけれど‥もう少し、踏み込んでみようかな。
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