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〈第1部〉第11話

今日も朝から雨が降っていた。いっそのこと思いきり降ってくれればいいのに、弱い雨が降っては止んでを繰り返し、いつ終わるのか先の見えないうっとおしさでさすがに気持ちが滅入ってくる。 少し前に止んだ雨だがすぐにまた降りだしそうで、中庭に出ている奴はほとんどいなくて食堂はいつにも増して混雑していた。 「なー、優介最近付き合い悪くね?」 「講義も一緒に受けなくなったし」 友人二人と昼食をとっていると、そう話を振られる。元々バイトを理由に面倒な誘いを断っていたのだが、近頃は講義も別々に受けるようになったため、ついに不満をぶつけてきた。‥正直、すごく面倒くさい。 「そう?飯はいつも一緒に食ってんじゃん」 「それはそうなんだけど‥誰だっけ、ほら‥相沢?」 「そうそう、最近アイツとよく一緒にいるよな」 「あー、まあ‥」 誰と講義を受けようが関係ないだろ。‥そう言いかけてぐっと言葉を飲み込んだ。この手の話は苦手だ。早く話題を変えたくて俺は適当に返事をするが、相当溜まっていたのか話題を変えてはくれなかった。 「この前、昼メシひとりで食ってるの見かけてさー。相変わらずぼっちなのな」 「俺は男に声かけられてる場面に遭遇したわ。アイツそっちの趣味あんの?」 そう言って汚く笑うふたりを、どこか他人事のように眺めている自分に気づく。 “何も知らないで勝手なこと言うな” そう、言えばいいのに、飲み込んでしまう。いつもそうだ。面倒なことになるのが嫌だから、俺は相手に合わせて適当に笑って、そして返事をするんだ。 「いつも一人で可哀想だからなぁ」 「優介君誰にでも優しいもんねー。ボランティア?」 「‥ま」 ダンッ! 言葉を言いかけたときだった。耳を劈くものすごい音がして食堂が一瞬静まり返り、程なくして向かいに座っているふたりの顔が引きつった。 「ヤベッ、本人‥」 「え?相沢?!」 音がしたほうに目を向けると、振り返った相沢と視線が合ってズキンと心臓が痛む。初めて会った時と同じ、冷たくて鋭い目つきをしていたから。 そのまま何事もなかったように、相沢は静かに食堂から出ていく。俺は‥‥相沢に止められなかったら、今なんて返事をしようとしていたんだ?相沢の後ろ姿を目で追いながら、俺は自分の適当さが怖くなった。 「超ビビったんだけど!」 「え?っつーか話聞いてたの?コワー!優介気をつけたほうが」 「悪いけど‥お前らといるより相沢といるほうがよっぽど楽しいから」 そう言い残して、俺は相沢のあとを追いかける。 今まで幾度となく飲み込んできた言葉。いざ吐き出してみると、不思議と後悔よりも清々しさのほうが勝っていた。 「なあ、待てって!」 何度か名前を呼ぶが無視され続け、中庭まできたところでようやく相沢に追いついて慌ててその手を掴む。前に握った時と変わらない、冷たい手だった。やっとの思いで掴んだ手は簡単に払われてしまい、振り返った相沢は俺を鋭く睨みつける。 「さっきからうるせえんだよ!何で俺なんかに構うの?ああいう奴らといつも楽しくやりゃいいじゃん。俺のこと可哀想とか思ってんの?馬鹿にすんなよ!」 「あいさ‥」 「同情で一緒にいられたって迷惑なんだよ!」 絞り出されたストレートな言葉に思わず身がすくむ。何よりも、相沢が酷く悲しそうな顔をしているのがショックだった。 いつの間にかまたポツポツと雨が降り始め、相沢の頬を伝う雨粒がまるで泣いているかのように見える。相沢は強い奴だから、きっと人前で泣いたりすることはないだろう。だけど、心の中ではこうやって何度も泣いているのかもしれない。そう思うとやるせない。 ‥俺が泣かせてどうする! 「俺はアンタみたいなチャラチャラした男が‥」 「嫌いなんだよな、知ってる」 「‥‥」 「さっきアイツらにお前のこと悪く言われて内心すげぇムカついてたのに‥そうじゃないってはっきり言えばよかったのに、波風立てないようにテキトーに流した。俺もそんな自分が大嫌いだ。‥本当、ごめんな‥」 あの時、ウソでも思っていたことを口に出していたらきっと一生後悔するところだった。 ‥けど結局、相沢のことを傷つけたのに変わりはない。大切なものを失ってから気づくなんて遅すぎるけど、俺はもう自分を偽るのは‥やめる。 「同情で一緒にいるわけないじゃん。‥好きなんだよ、お前が」 「は‥なに言って‥」 「無神経ですぐキレて目つき悪くて口も悪くて、オマケに素直じゃなくて‥。でも‥努力家で本当は凄い優しくて、笑った顔がすげぇ可愛くて‥‥俺は、そんな相沢が好きなんだ。それだけは知っといて。‥じゃあ」 嫌われてから気持ち伝えてもな‥と自虐しながら、俺は元来た道を歩き出す。素直じゃないのは俺も一緒か。相沢を好きだと自覚してから、まわり道をしすぎた。 ‥そんなふうに思っていたら、突然腕を引かれて思わずよろけてしまう。振り向くと、相沢の真っ直ぐな目が俺に向いていた。 「相沢‥?」 「言い逃げとか本当ムカつく。カッコつけんなバカ」 俺の腕から手を離した相沢は、大きな深呼吸をして改めて俺を見据える。また平手打ちが飛んでくるかもしれないな、なんて呑気に考えながら、俺は相沢の方に向き直って視線を合わせた。 「何なんだよ、お前‥。突然現れたと思ったらヒーロー気取りで、頼んでもいないのに面倒事に首突っ込んでくるとか‥お人好しすぎ。こっちがいくら突き放しても懲りずに話しかけてくるし。しかも誰にでも愛想良くて、いつも周りに人が集まってきて、オマケに無駄にイケメンとか腹立つ」 「え?悪口??」 「いいから最後まで聞け!!」 「あ、はい‥」 要点のはっきりしない相沢の言葉に、俺は再び耳を傾ける。 「腹立つけど‥気になんだよ。見た目チャラいくせに中身意外に真面目とか何なの?反則じゃん。どっか抜けててたまによくわかんねえ話するけど、何かすげえ‥た、楽しくて‥いつもつられて笑ってんだよ。けど‥っ!手、握られてから、正直どうしたら良いか分かんなくなってた。あれから気づくとお前のことばっかり考えてて、ボーッとして転んで怪我するとか‥‥マジあり得ねえ‥」 今まで言葉数が少なかったのが嘘みたいに、相沢は思いの丈をぶちまける。あの時、怪我の理由を聞いたら慌てて逃げたのはそういうことかと妙に納得した。そして俺は、今の相沢と同じ感覚を知っている。 たぶんそれは‥“好き”だ。 「相沢」 「だからつまり、えーと‥え?なに?」 「好きです。俺と付き合ってください」 「‥‥は?え??俺まだ途中‥」 「あ、そっかごめん。じゃあはい、最後までどうぞ」 「‥‥‥‥って、続けられるかー!!」 嬉しすぎてつい先走ってしまったから、相沢からの愛の告白を聞きそびれてしまった。‥俺のアホ。せめて交際の返事くらいは、相沢の口から直接聞きたい。 「そしたら、返事だけでも聞かせて‥?」 「‥‥っ、後悔しても、知らねーからな」 「あはは、ホント素直じゃねー」   真っ赤になっている相沢の手を握ると、さっきよりも少しだけ温かくなっているような気がして、そこでようやく俺は、相沢と付き合えた喜びを実感した。 ‥とここで、俺はキョロキョロと辺りを見回す。よし、誰もいない。無事恋人同士になれたわけだし、ここはもちろん‥ 「相沢、キスしたい」 「‥‥は?!」 相沢の手を引くと一気に距離が近づく。驚いた表情は相変わらず猫っぽくて、長い下まつげが色っぽい。柑橘系の香水のいい匂いにドキドキしながら、俺は目を瞑ってゆっくりと顔を近づけた‥‥その時。 バチーンと乾いた音が中庭に響き、頬に強烈な痛みを感じる。‥っつーか、超痛え!! ‥結局俺は、相沢から二度目の平手打ちを食らってしまったのだった。もちろん、キスはできていない。 「え?え??‥‥あ、」 痛む頬を押さえて若干パニクりながら相沢を見ると、耳まで真っ赤にして目を泳がせている。 「‥もしかして相沢、初め」 「っ、るせえ!!」 そう叫んで足早に構内へ戻っていく相沢の背中を見つめる俺は、今までの人生で最高にニヤけていたと思う。 「‥やべぇ、マジか‥」 わずかに切れた雲の隙間から久しぶりに太陽の光が降り注ぐ。梅雨が開けるのも、もうそろそろかもしれない。 第1部 おわり

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