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〈第2部〉プロローグ

大好きだった祖母が亡くなった。 長年施設に入所していたが、“最期は眠るように逝った”と施設職員に聞いて、啜り泣く母の隣で「よかった」と小さく言葉を溢す。相沢夏生、高校3年の冬のことだ。 一人っ子で両親が共働きのため、いつも面倒を見てくれたのは同居していた父方の祖母だった。優しくて物知りな祖母と過ごすのはとても楽しくて、中でも祖母と一緒に料理をすることは夏生にとって特別なものになっていた。 中学1年のとき、外出先で転倒して要介護状態となった祖母は、高齢だったこともあり自らの意思で介護施設に入所を希望し、夏生は泣く泣くそれを了承した。家からそう離れていないこともあり、夏生は祖母に会いに頻繁に施設へ通った。すっかり料理好きになっていた夏生は、新しい料理を作っては祖母やその友人へ差し入れ、その度に「味が薄い」だの「歯ごたえがない」だの手厳しい指摘を受けたが、皆決まって完食してくれるのが嬉しかった。 高校3年になり、周囲は徐々に受験や進路について意識し始める。‥しかし夏生には、全く現実味がなかった。正直なところ、自分の将来なんてまだ何も考えられなかったし、それは月日が経っても変わらず‥勉強はできる方だったから、結局それなりに有名な大学の適当な学部を受験して、あっさり合格した。 祖母の訃報を受けたのはその数日後だった。 葬儀のあと、祖母の荷物を引き取りに母と施設へ挨拶に行った。母が手続きをしている間、夏生は荷物の整理を任され、祖母が生活していた部屋へと向かう。 「夏生ちゃん」 ‥驚いた。部屋の前に生前祖母と親しくしてくれていた人たちが大勢集まっていて、かわるがわる声をかけてくれたのだ。祖母が孫である自分をいつも自慢していたこと、また自分の進路を心配していたことなどを教えてくれ、そして最後には必ず、皆優しい言葉をかけてくれた。 今まで励ますのは自分だったはずなのに、今度は自分が励まされている‥そう気づいて胸が熱くなり、徐々に表情が歪む。もう自分では制御できなかった。 それまで必死に抑えていた感情が一気に溢れ出て、そこで夏生は、祖母の死後初めて声を出して泣いた。 帰り際、デイルームにはたくさんの利用者が集まっていた。時刻を見て、ちょうど昼食時だと気づく。配膳される食事が目に入り、その時ふと、ある思いが頭を過ぎる。 自分は料理が得意で、何よりも好きだから、これを将来活かせるのではないか。自分を支えてくれた人たちに恩返しができるのではないか。 「夏生あなた、大学行かないって本気なの?」 「うん、大学受け直す」 「それって‥浪人するってことよね?ちょっと、お父さん!」 数日後、夕食の席で大学進学を先延ばしすることを伝えると、普段あまり口うるさく言わない母もさすがに驚きの表情を見せて、慌てて父に目配せをする。有名大学に合格したのにわざわざ浪人するなんて、普通の親なら間違いなく考え直すよう説得するだろう。父も複雑な表情を浮かべてしばらく考え込むが、ふうっと息を吐いて夏生にゆっくり問いかける。 「お前がこんな風に自分から何か願い出ることは滅多にないからな。‥よっぽどの覚悟があるんだろうな」 真剣で、優しい目を向ける父を真っ直ぐ見据えて、夏生は小さく頷いた。 「俺、やりたい事みつけたから」

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