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〈第2部〉第2話

前期の試験が終わり、数日前から夏休みに入った。今日はたまたまバイトの休みが被ったから、中岡と電車で少し行ったところにあるショッピングモールに来ている。洋服選びが割りと好きな俺は、久しぶりに訪れたお気に入りのショップで少し浮かれ気味だ。‥どうやら中岡も同じらしく、さっきから店を移動しては店員との会話に花を咲かせ、楽しそうに品定めをしていた。 いつもシンプルにまとめたコーディネートは中岡にとても似合っていると思う。それから、よく身に着けているシルバーのネックレスやごつめの腕時計‥たぶん小物にもこだわってるんだろうな。 中岡と買い物をしていると色々参考になってよかった。さすがに「なんかお揃いの買おう!」と満面の笑みで言われたのには、全力で断ったけど。 「なっちゃんさ、今度の金曜って時間ある?」 休憩がてら立ち寄ったカフェでアイスコーヒーを飲みながら雑談していると、そう話を振られる。 「あー‥バイトだけど、早番だから昼で終わる。何で?」 「マジで?そしたらさ、ウチ来ない?紹介したい奴がいてさ」 「?」 「フクちゃんって覚えてる?」 「隣の奴だろ」 「そうそう。フクちゃんの恋人が大学のオープンキャンパスがあってこっちに来るみたいだから、一緒にメシでもどうかなって」 「ウチの大学受けんの?」 「ううん、美大だって」 「へー」 中岡のアパートへは一度行ったことがあり、そのときに隣の部屋に住んでいる譜久田を紹介された。入学当時からの親友らしく、楽しそうに話しているのを見て、いい奴そうだなと思った。 俺のことをあっさり“恋人”と紹介した中岡にも驚いたけど、同性であることに疑問も抱かず笑顔で「よろしく」と言ってきた譜久田にも驚いた。話を聞くとどうやら譜久田の恋人も同性らしく、少し安心した。 俺はこんな性格だから、初対面の奴にはなんとなく壁を作ってしまって、結局譜久田ともほとんど話ができず申し訳なく感じていたから、ちょうどいい機会だと思った。相手の奴にも‥会ってみたいし。 「来れそう?」 「おう、行く」 「良かったー!きっとなっちゃんもすぐ仲良くなれると思うよ」 「‥何で?」 「会ったら分かるよ」 ‥意味深な笑顔がすげぇ気になるんだけど。 「でさ、メシなんだけど‥どうせなら作ろうかなって思って。なっちゃんも手伝ってくれる?」 「‥おう、いいぜ」 誰かのために料理を作るのは久しぶりだ。俄然やる気の出た俺は、カフェを出てから中岡の話半分に金曜のメニューを考えていた。 * 約束の金曜日。バイトが終わって14時過ぎに、電車で数駅の場所にあるスーパーで中岡と待ち合わせた。お互いの今日のメニューを話しながら買い物を済ませて、歩いて十数分のところにある中岡のアパートに向かう。 大学近くの割りと綺麗な学生向けのワンルームアパート。俺もあまり物を置くのは好きじゃないんだけど、中岡の部屋もベッドとテレビと本棚と‥最低限の家具でスッキリとまとめられていた。 「キッチンちょっと狭いんだけど、自由に使って」 「お前はやんねえのかよ」 「昨日だいたい仕込んどいた。あと仕上げだけだから‥俺はなっちゃん見てる〜」 「は?見なくていいから」 買い出しがやけに少ないと思ったらそういうことか。冷蔵庫に今さっき買ってきたものをゴソゴソとしまうと、中岡は早々にベッドに腰を下ろし、爽やかな笑顔を送ってきた。‥やりにくいっつーの。 「あ、エプロン使う?」 「平気、持ってきた」 バッグから取り出したエプロンを付けて準備を始めると、相変わらず中岡の視線を感じる。 「‥‥‥‥‥‥」 「だから見なくていいから」 「‥いや、なんか新婚さんみた‥」 「ぁあ?」 「なっちゃん待って、包丁おろして」 なんでコイツはこう‥一言多いんだよ。“なっちゃん”ってのも、俺は認めてねえんだからな。 「こんばんはー!」 玄関チャイムが鳴って、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。時刻はもうすぐ19時になろうとしていた。 「よーイッチー、久しぶり!」 「ゆうすけくん!久しぶりだー!」 部屋のドアが勢いよく開いたと思ったら、両手を広げてそのまま抱き合う二人。あまりのテンションの高さに呆気にとられていると、 「あっ!」 しばらくして俺の存在に気づいたようで、再びバタバタと足音をたててこちらへ駆け寄ってきた。深々と下げた頭をバッと上げ、大きな青色の瞳に見つめられると何だかドキッとしてしまう。 「初めまして、一ノ瀬七海です!」 「あ、相沢夏生‥です」 「よろしくお願いします!」 満面の笑みで勢いよく手を差し出されたから、思わず握ってしまった。両手でがっちり掴まれ、そのまま上下にブンブンと振られて慌てている俺を見て、中岡と譜久田は大爆笑だ。この前の中岡の意味深な笑顔はこういうことか。 「夏生さんのこと、修くんから聞いてます」 「そ、そう‥」 「今日はすごく楽しみにしてました!会えて超嬉しいです!」 一ノ瀬は譜久田と同じ高校の2年後輩で、二人は付き合って1年半になるらしい。遠距離恋愛で、長期休暇の時にお互いの家を行き来していると聞いて、何だか凄えなと思った。 中岡とは去年の夏休みに、譜久田が留守中にたまたま玄関先で鉢合わせたのがきっかけで仲良くなり、譜久田が紹介する前に顔見知りになっていて驚いたという。親しげに話をする三人からは、仲の良さが伝わってくる。 ‥それが少しだけ、羨ましく思えた。何でだろう、今までそんな風に思ったことなんてないのに。 「夏生さんは‥」 「いいよ、敬語じゃなくて」 「え?」 「俺もタメ語で‥平気」 柄にもなく少し緊張しながらそう言うと、一ノ瀬は大きな目をさらに大きく見開いて、すぐに満面の笑みを返してきた。 「‥うん!ありがと!なっちゃん優しいね」 「!!なっ‥」 だから!なっちゃんってなんだよ‥!! 思わず中岡を睨みつけると、首と手をブンブン振って必死に“俺じゃない”アピールをしていたから怒るに怒れない。そうこうしていると一ノ瀬の腹の虫が盛大に鳴って、なんかもう‥笑えてきた。 「ねえねえ、ご飯!早く食べよーよ!オレお腹空いちゃった」 今日は予備校が終わってそのまま新幹線に飛び乗ったって話をしてたから、一ノ瀬は相当腹が減っていたようだ。気づけば30分近く立ち話をしていて、俺達はやっと料理の並んだテーブルを囲んだ。 「わーーー!!!すごい!これゆうすけくんが全部作ったの?」 「コレとコレは俺で‥こっちのはなっちゃん」 「え?!なっちゃんも料理できるの?スゴーイ!!できないの修くんだけじゃん!」 「う、うるさいなー!一番できないのナナだろ?!」 「えへへー」 買い出しのとき中岡のメニューを聞いて、俺は前菜を何品か作ることにした。正直、「料理好き」と言っていた中岡をあまり信じていなかったんだけど、テーブルに置かれたパエリアやミートローフを見て、ちょっと見直した。‥すごく、美味そうだ。 「めっっ‥ちゃくちゃ美味しい!なっちゃんこれ何?!」 「!‥トマトのファルシ。くり抜いたトマトの中にゆで卵とアボカドと玉ね‥」 「なんか分かんないけど超うまーい!!」 「あ‥‥‥‥そ。ありが‥」 「イッチー!俺のも褒めてよー!!」 「ゆうすけくんのもうまーい!!」 「わーい、ありがとー!」 「‥‥‥」 う、うるせえ‥。 よくわからないテンションで本日二度目の抱擁を交わしている中岡と一ノ瀬は、何となく似たタイプだなと思った。‥こんな時、譜久田はどうしてるんだろう。ふと疑問に思って、横に座っている譜久田に視線を送ると目が合った。 「相沢、これスゲーうまいよ」 「お、おう‥サンキュー。‥」 抱き合う二人を菩薩のような笑みを浮かべて見守りながらマイペースにメシを食っている譜久田が、なんだかもの凄く大物に見えた。 「なっちゃんもう帰っちゃうの?もっと話したいよー!」 「もうって‥11時過ぎてるぞ」 「え?あ、ホントだ!相沢電車だっけ?」 「おー」 「じゃあ俺、駅まで送ってくわ」 「いいよ、女じゃねえんだから」 玄関先でいつまでも手を振っている一ノ瀬に後ろ髪を引かれながら、俺は中岡のアパートをあとにした。何度も断ったが、結局中岡は半ば強引に俺のあとについてきた。さっきまでの賑やかさが嘘のような静まり返った夜の住宅街を歩きながら、俺はぼんやりと一日の出来事を思い返す。 「‥‥ふふっ」 「なんだよ急に」 「いや、何か‥嬉しそうだなって思って」 「そうか?」 「うん。楽しかった?」 「やかましかった」 「あはは、そっか」 「でも‥‥楽しかったぜ」 「‥そっか、よかった」 今日は朝から本当に色々あったな。こんなにやかましくて、慌ただしくて、充実した一日は初めてだ。 「ねぇ、なっちゃん」 「んー?」 「キスしていい?」 「‥は?!調子のんな」 「ちぇっ、雰囲気的にイケると思ったのに」 少しはにかんで笑う中岡は、先程までとはまた違う、いつもの中岡に戻っていた。そのギャップが何だか可笑しくて、それで少しだけ嬉しく思う。 幸い、周りには誰もいない。‥これは今日一日楽しませてもらったささやかなお礼だ。 「手」 「ん?」 「手くらいだったら、繋いでも‥」 「じゃあ!恋人繋ぎで!!」 「だから調子のんな。10秒な。はい、じゅー、きゅー、はー‥」 「待って!まだ繋いでないからっ!!」 想像していたよりもずっと優しく手を握られたから妙にドキドキして、思わずカウントダウンをやめそうになってしまった。

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