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〈第2部〉第12話

翌週土曜日。昼からの勤務を終えて私服に着替えると、俺は小さく深呼吸して更衣室を出た。向かったのはドリンク棚の裏側のスペース。 「店長、あの‥」 「相沢?どうした?」 「‥今日ってこのあと、時間ありますか?」  悩んだ末の行動だった。この一週間、中岡とは相変わらず気まずいままだ。一人で考えてももうどうにもいかなくて、藁にもすがる思いで俺は店長に相談することにした。 突然の申し出にも関わらず、店長は快く了承してくれて、オマケに 「品出しだけしてくから相沢先に部屋あがってて。冷蔵庫に飲み物入ってるから、テキトーに飲んでてね」 と言って部屋の鍵まで渡してくれたから、俺はその言葉に甘えて部屋で待たせてもらうことにした。 コンビニの裏にある外階段で2階に上がり、渡された鍵でドアを開けて中へと入る。2DKの割と広い部屋は家具が少なく、意外にも綺麗に掃除が行き届いていた。 『冷蔵庫に飲み物入ってるから』 店長の言葉を思い出して、俺はカバンを置くと飲み物を取りにキッチンへと向かう。冷蔵庫を開けると中は惣菜や缶ビールばかりで、絶対料理してないな、なんて無駄に心配してしまった。 ペットボトルのお茶に手をかけたが、ふと動きを止める。相談しようと思ったものの、正直シラフで話せる自信がない。俺はお茶ではなく、横にあった缶チューハイを手に取って部屋へと戻った。 ‥ 「相沢悪い、待ったよね。急な電話が入‥」 「おそぉい!!」 「え?」 「何やってんすかぁ!俺の相談乗ってくれるんですよね?!待ちくたびれて先飲んでましたよー!」 店長の顔を見るや否や、俺は大激怒だ。 「え‥す、すごい酔ってる‥‥相沢どんだけ飲んだの?」 「コレ、飲んでるじゃないですかー」 「‥それだけ?」 「もう半分も飲みました!」 すげえ久しぶりに飲んだけど、意外といけるもんだ。ホワホワとする頭で、そういえば何を相談するんだっけ?とぼんやり考えて‥思いだした。 「アルコール3パーを半分でこれって‥」 「店長!!」 「はっ、はい?!」 「セックスって‥どうやったらいいんですかぁ!!?」 「‥‥うん相沢、その前にまず水飲むか」 店長が持ってきたコップの水を一気に飲み干すと、クスクスと笑い声が聞こえてきた。 「なんですか?」 「相沢って飲むとこうなっちゃうのかーって。‥ふふっ。ちょっと意外で楽しい」 「俺、普通ですけど」 「はいはい、普通ね。‥で、悩み事ってさっきのアレ?」 「あ。‥‥」 少しだけ落ち着いた頭で改めて考えて、俺は中岡との最近の様子を打ち明けた。もちろん、あの夜のことも。店長は時折頷いて最後まで黙って話を聞いてくれて‥全て聞き終えると、封を開けたまま置かれていたビールを一口飲んで小さくため息を吐いた。 「そっか、それは‥ビックリしたよね」 「前からそういう雰囲気苦手だったんですけど、今はもう完全拒否で‥」 「でも前の人とはちゃんとエッチできてたんでしょ?」 「‥俺、付き合うの今回が初めてなんです」 「‥‥ええっ?!そうなの?!」 「そのリアクション結構傷つくんですけど」 「わーごめん!そういうつもりじゃ‥」 「いいです。ファーストキスだってハタチでだったんで。‥きっとアイツも呆れてますよね。‥‥どうしよう、愛想つかされたら‥」 中岡は優しいから何も言わない。だからその優しさにいつも甘えて、好き勝手してばかりだった。‥だけどきっと、いい加減うんざりしているに違いない。 「そんなことないよ。相沢可愛いから」 店長の言葉に思わず眉をひそめる。何かのスイッチが押されたらしく、堰を切ったように言葉が溢れ出した。 「可愛いって見た目の話ですか?‥そういうの、全然嬉しくないんで!俺は男です。こんな顔にだって‥なりたくてなったわけじゃない。‥‥セックスしたいです。だけどセックスして、女みたいに喘ぐのはどうしても許せないんです。でもそれじゃあ、中岡とはずっと前に進めない。それは‥嫌だ‥‥」 こんな思いをするなら好きになんてならなければ良かった。 ‥だけどそんな考えは、中岡の顔を思い浮かべたらすぐに嘘だと思い知らされてしまった。 言ってることが滅茶苦茶だと苦笑い、胸のうちを全部吐き出して電池が切れたみたいにテーブルに突っ伏していると、不意に頭を撫でられる。相変わらずのしかめっ面でゆっくり顔を上げると、笑顔の店長と目が合った。 「やっぱり相沢は可愛いよ」 「まだ言いますか‥」 「違う違う、そうじゃなくて。好きな人のことでこんなに悩むなんて、可愛いってこと」 「‥‥」 「相沢が男らしさにこだわるの、すごくよく分かったよ。そうだよね、男性に可愛いはあまり褒め言葉じゃないね。ゴメンな。‥でもさ、セックスしてやらしい声出すのって、おかしなことでもましてや女になるわけでもないと思うんだ。男だって、気持ちよかったらエッチな声出るし、理性がふっ飛ぶことだってある。相手が好きな人だったらなおさらだ」 「俺だってそうだよー」と冗談混じりに言うもんだから想像しかけたんだけど、慌てて店長に止められた。 「自分の嫌いな部分とか恥ずかしい部分を曝け出すのってすごく怖いし、勇気がいるよね。だけど、お互いそれを見せ合うのがセックスなのかなって俺は思うよ。誰にも知られたくない秘密の部分を、恋人にだけ見せてあげるの。‥逆に恋人のそういう部分は自分しか知らないんだって思うと‥ドキドキしない?」 「‥‥‥ちょっと、します」 「ははっ、素直でよろしい」 そう言ってくしゃくしゃと髪をかき乱す手がなんだかとても温かくて、今度は大人しく撫でられた。 昔から女顔がコンプレックスだった。だから人一倍男らしさに憧れて、変にこだわってしまっていたのかもしれない。これまでの固定観念はきっとすぐに変えられるような簡単なものじゃない。店長の話を聞いてもまだ正直、自分が変わっていくことは怖い。‥だけど、そんな自分自身と向き合おうと少しでも思えるようになったことは、逃げてばかりいた俺にとっては大きな一歩になったと思う。 「中岡くんが羨ましいなぁ」 「‥なにか言いました?」 「んーん。俺も早く恋人作ろ」 手元のビールを一気に飲み干して、店長はいそいそと冷蔵庫へ向かう。俺も放ったらかしになっていた飲みかけのチューハイを手に取ってぐびぐび飲むと、ビール片手に戻ってきた店長に慌てて取り上げられた。 テーブルに並べられたパックの惣菜をつまみながら、それからしばらく店長と話をした。俺だけノンアルコールなのが納得いかないが、店長の学生時代の話や以前就いていた仕事の話なんかが聞けて楽しかった。 「店長って、オトナですね」 「何?急に褒め殺し?」 「なんか、今まで全然頼りないって思ってたけど‥今日初めて、ちゃんと年上っぽいと思いました」 「‥相沢って、酔うと普段以上に毒舌だな」 「だから酔ってませんって!」 「はいはい」 「‥それじゃあ俺、そろそろ帰りますね」 「おー。‥あ!さっき言い忘れてたけど、普段の相沢、俺なんかよりよっぽど男らしいからね!かっこいいよ!」 「‥ふふっ、そんな力説しなくても。‥でも、自信つきました。ありがとうございます」 男らしいと言われるのはやっぱり嬉しい。思わず顔がニヤけてしまうのを隠せなかった。 「相沢、そんな顔もするんだな」 「?」 「やっぱり可愛いなーって」 「‥礼言って損しました」 「あはははっ」 そんな会話をしながら立ち上がると、思った以上に酒が回っているみたいで、ふらついて壁に手をついてしまう。 「大丈夫?送ろうか?」 「いえ、平気で‥」 歩き出した瞬間、足がもつれて前のめりに倒れそうになるのを間一髪のところで店長の腕に支えられた。 「あっ、す、スンマセン!」 すぐに離れようと慌てて体を引くが、なかなか手を離してもらえず戸惑ってしまう。 「あの‥もう平気なんで‥」 「相沢って、いい匂いがするね」 「‥‥‥‥‥‥は?」 「友利がいつも言ってるけどホントだ」 「いや、ちょっと‥」 犬みたいに鼻をクンクンさせて顔を近づけてくる店長からはアルコールの匂いがした。相当飲んでいたからきっと酔っているんだろう。 そんなことを思いながら固まっていると不意に首筋に手が触れ、その瞬間ゾワッと鳥肌が立った。中岡に触れられた時とは明らかに違う感覚に久しぶりに嫌悪感を抱き、俺の自己防衛スイッチが入った。 「っ‥やめてください!」 そう叫んだ自分の声と同時にダンッと衝撃音がして、はっと我に返る。床に倒れた店長の顔面に寸止めされた拳。‥どうやら足払いで体勢を崩したあと、下段突きを打ったらしい。 「わー!スンマセンっ!!」 「いや、ゴメン‥俺も酔ってた‥‥っていうか、相沢強いな‥」 「空手やってたんで‥」 「そっか。‥あはは、死ぬかと思ったぁ‥」 酔ってたとはいえ、店長に何かあったら最悪バイトはクビだ。顔面にクリーンヒットしていなくて良かったと心底思った。 お互い苦笑っているとジーンズのポケットに突っ込んだスマホが震えているのに気がついた。俺はおもむろにスマホを取り出して‥そして画面を見て再び固まってしまう。中岡からの着信だったからだ。 「‥‥‥」 突然の着信に出る勇気がない。早く切れないかな、なんて酷いことを考えていると察した店長が声をかけてくれた。 「俺が出てもいい?‥今のことも、ちゃんと謝りたいし」 「‥‥はい」 店長にスマホを手渡して、俺はぼんやりと電話の様子を眺めていた。 「中岡くん、迎えに来てくれるって」 「え‥?」 スマホを受け取りながら、衝撃の内容を聞かされて思わず目を見開く。そんな俺の様子がよっぽどおかしかったのか、店長は声を出して笑い出した。 「そんなに心配しないで大丈夫だよ。それに、一人じゃ帰れないでしょ?」 「‥‥はい‥」 さっき立ったときの自分の醜態を思い返して、不本意ながら頷く。 「バイク飛ばせば10分くらいだからって。水持ってくるから、待ってて」 「‥‥スンマセン‥」 キッチンへ向かう店長の背中を見送って、俺は力なくテーブルに突っ伏した。 どうしよう‥ どんな顔して会えばいいか分かんねえよ‥

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