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第6話 ゲーセン
悠心はうーん、と唸りながら握ったシャーペンを齧っていた。
「何してんだよ、悠ちゃん」
宏樹に手元を覗き込まれて、悠心はピンク頭をかいた。
「方程式。あー、ちきしょう、なんで『たけしさん』は弟と一緒に家出ねえんだよ! 家族なら一緒に家出ろや!!」
問題を睨みながら唸ると、宏樹がびしりと固まった。
「悠ちゃん……頭打ったんか?」
「は? んなわけねえだろ」
わなわなと震えた宏樹は隣にいた那智の肩を叩いた。
「……なんかそういう賭け?」
「いや、ちげえよ。最近こうなんだよ。さすがに休み時間もやってんのは今日が初めてだけど」
「……えぇ? 槍でも降るか?」
宏樹が窓の方を見て天気を確認し始めたので、悠心はむっと口を尖らせた。
「おめぇら、バカにしすぎ。俺だって数学くらいできるわ」
那智は気だるげに窓際にもたれて小さく笑う。
「お前九九も怪しいじゃねえか。七の段言えんのか?」
「馬鹿にすんなって!」
「じゃあ七七?」
「えーっと……あ! 四十九!」
「おおー」
「どうよ!」
拍手する那智に悠心は胸を張る。宏樹が「いや七の段くらい誰でも言えんべ……」とぼそりとつぶやいた。
「てかさ、なんで急に勉強なんかしてんだよ」
「貴良と約束したから」
「は?」
宏樹が阿保みたいに口を開けた。
「貴良って、桜井? え、ガチであの後うまくいってんか?」
「おう。昨日も勉強会したし。マジで宏樹の兄貴に感謝」
へへ、と笑うと宏樹が目を見開きながらよろめいた。
「悠ちゃんって、マジで手段選ばねえし、やる時やるよな」
「悠心は猪みてえに突進するだけだからな」
那智は飴玉を口の中で転がしながら「あー、ヤニ吸いてえ」とこぼした。
「お前良い加減吸う本数減らせよ。肺が真っ黒になっちまうぞ」
「だから減煙してんだろ」
リーゼント頭をコームで整えながら小言を言う宏樹に那智が苦笑する。
「てかいつもお前の見た目と中身のギャップにびっくりするわ。一番吸ってそうなのお前だろ」
「俺はヤニはやらねえんだ。あと酒もな。未成年だろ」
「逆に怖えって」
軽口を叩き合っている那智たちをよそに、悠心はうんうんと唸って問題に向き合っている。
(今日、ここまで終わらせとかなきゃいけねえのに……!)
今日、ここまで終わらせる。それが貴良との約束だった。
「おい悠心。お前今日走んの忘れてねえよな」
「あ? あー……マスツーだっけ。わり、今日はいいや」
「は? なんでだよ」
那智が眉をひそめる。悠心は問題と相変わらず睨めっこをしながら言った。
「約束があんだよ」
「……また、桜井か」
「おう!」
締まりなく口元を緩めて大きく頷くと、那智がため息を吐いた。
「今回は長えじゃん。珍しいな」
「いやだから、貴良は今までとちげえんだって!」
「……ふーん?」
那智が飴玉にカチリと歯を立てる。気だるげな唇にはリングピアスがある。悠心と同じ場所だ。
「まあ、今回はどんだけ続くか見ものだな」
「終わらねえっつうの」
「はいはい、いつもそう言ってんじゃねえか」
悠心ははっとして立ち上がった。
「わかったー!!!」
そして答えを叫ぶ悠心に、黒条の生徒たちの視線が集まった。那智は肩をすくめ、宏樹はため息を吐いた。
「なあなあ、貴良」
「なんだ」
放課後。いつものカフェで二人はもはや日常となりつつあった勉強会をしていた。
貴良は静かに読書をしている。悠心は問題を解く合間に、ちらりと貴良の横顔を見た。
「どこがわからない?」
「あ、いや。そうじゃなくて。ほら、俺、最近頑張ってんじゃん?」
「そうだな」
悠心は内心どきどきと緊張しながら、手に汗を握った。
「……そろそろ、ごほーびとか、欲しいなって」
「ご褒美?」
「うん」
ごくりと喉を鳴らす。
「……何か欲しいものでもあるのか?」
貴良の目がすっと細められた。悠心は頷いた。
「金か?」
「へ? 金? い、いや、金は欲しいけど、そうじゃなくて」
その、さ。ともごもごと口の中で言葉をつむぐ。
「……デート」
「は?」
「貴良とデート、したい」
「……は?」
貴良の切れ長の目が大きく見開かれた。悠心はアーモンドの目を潤ませながら、じっと目の前の男を見つめた。
「っしゃー! 勝った!」
一時間後。悠心たちは同じ商業施設の別フロアのゲームセンターにいた。並んでハンドルを握り、悠心はきゃっきゃっとはしゃいでいる。
「……」
「貴良?」
隣でハンドルを握ったまま黙ってしまった貴良の顔を覗き込む。
(やべ、つまんねえか)
デートですぐ行けそうな場所、といったら悠心の中ではゲームセンターかカラオケだ。その中でも貴良といられる時間の最大値を取れるのがゲームセンターだと思ってここを選んだのだが、まずかっただろうか。
「……おい」
「は、はい」
低い声に、思わず敬語になる。
「もう一回やるぞ」
「はい。……え?」
チャリン、と音がした。見てみると、もう貴良は硬貨を入れて再戦の準備に入っている。
「わ、ちょ、ちょっと待って」
慌てて悠心も硬貨を入れる。画面が切り替わり、早速レースが再開される。
今回も楽勝……かと思えば、今回はそれほど差がつかなかった。
「ふー。勝った勝った」
悠心が笑って席を立とうとすると。
チャリン。
「もう一回だ」
「へ?」
有無を言わさず再戦を持ちかけてくる貴良に目を丸くしながら、悠心はまた硬貨を入れた。
次も勝った。けれど、今度はもっと差を縮められた。
悠心はこのレースゲームは大の得意だ。幼い頃からずっとプレイしてきたし、友人たちの中でも一番上手い自信がある。
「……え、負けた」
それなのに、その後どんどんと差を縮めてきた貴良に、とうとう負けた。
「よし、行くか」
「いや待て待て待て」
席を立とうとする貴良を制止して、悠心は硬貨を投入した。
「もっかい! 貴良だけ勝ち逃げとかずるい!」
「多分次も俺が勝つ」
「え、何その自信!?」
そして、初心者には二度負けるまいと息巻いた悠心だったが、次のレースでも負けた。しかも差を広げられて。
「嘘だろ……」
ハンドルを握ったまま愕然とする。わなわなと震えて、悠心は隣で余裕の表情をしている貴良を見た。
よく見てみると、うっすら口角が上がっている気がする。
「めっちゃ負けず嫌いじゃん!」
やや満足そうな顔をしている貴良にツッコミを入れて、悠心はうわーと両手を上げながら背もたれにもたれた。
「なんだよー、可愛すぎっ」
手で顔を覆い尊死していると、隣でぽつりと「……可愛い?」と戸惑う声が聞こえた。
「うん。だって……あー、やべー……好き」
思わず本音がこぼれる。悠心はハンドルにもたれかかって、隣の貴良を見つめた。
貴良は黙って悠心を見ていた。目が合うと、少し動揺したように理知的な目が揺らぐ。
悠心はにへっと口元を緩ませた。
「へへ。今日、楽しいな」
「……そうか」
目を逸らした貴良は、短くそっけない返事をする。そんなつれないところまで含めて好きだ。
「……次は何するんだ」
「んー? そうだなあ。せっかくゲーセン来たし……あ!」
悠心は思いついて目を輝かせた。
「プリ撮ろうぜ!」
「……プリ?」
首を傾げる貴良に、悠心は笑いながら頷く。
その後、戸惑う貴良を引きずるようにしてプリクラに連れて行った。
「……近くないか」
「うん? 近づかないと、画面に映らねえだろ?」
それが狙いだよ。
悠心は内心で盛大にガッツポーズした。肩が触れ合いそうなほど近くに貴良がいる。鼻血が出そうだ。
それでも画面から指示が飛ぶたび、悠心はノリノリでポーズを決めていった。
出来上がった写真を見て、悠心はきゅんきゅんすると同時に爆笑した。
「貴良、全部一緒じゃん!!」
「……誰だ、こいつらは」
貴良は少し引いたように眉をひそめて、手元の写真を見つめている。
手元の写真にある二人の姿は盛りに盛られていて確かに別人のようになっている。貴良は無表情で立っていて、悠心は可愛く「わんわん」と犬のポーズを決めている。端には今日の日付が書かれていて、ちゃっかり記念日扱いになっている。
「はい、貴良の分」
「……俺も持つのか?」
「当たり前だろ。で、デートのき、記念に……」
悠心は照れながら貴良に半分を渡した。自分の分はスマホの透明カバーの中に見えるように挟み込む。
「じゃーんっ」
見てみて、と言いながら悠心はにこにこと笑った。
「そういう風にして持つものなのか?」
「ん? いや、俺はただいつでも見れるようにこうしてるだけ。貴良は財布とかに入れとけば良いよ。あ、データでも送るな」
上機嫌に話す悠心をじっと見つめて、貴良はそっと口を開いた。
「……矢沢は、俺といて楽しいのか」
「? うん。めっちゃ楽しいよ」
「……そうか」
「何? なんでそんなこと聞くの?」
悠心が首を傾げると、貴良はプリクラを見つめたまま、ぽつりと言った。
「いや。俺は……昔から、こういう遊びをほとんどしてこなかったから」
「マジ? え、じゃあ何してたん」
「勉強と習い事ばかりだった。友人付き合いも、ある程度は家に管理されていた」
「ええ……」
相当厳しい家庭で育ったらしい。
悠心が驚くと、貴良はふっと目を伏せた。
「だから、自分は面白みのない人間なんだと思っていた」
その目には珍しく陰がかかっているように見える。
「俺は楽しいけど」
「……ああ。知ってる。だから不思議なんだ」
「? よく分かんねえけどさ、俺、貴良といるといつも楽しいよ。勉強だって、初めて楽しいと思えたし。貴良、教え方上手だよな。それに負けず嫌いな可愛いとこもあるし。プリは直立不動だし」
むきになって何度も硬貨を入れる姿を思い出して、ぐふふとにやついていると、貴良が黙った。
不思議に思って見上げると、そこには虚をつかれたような顔があった。
いつもは引き締まっていて隙のない表情が、今は無防備な少年のように見える。
「……そうか」
短くそれだけ言ってふっと微笑んだ貴良に、悠心は顔が徐々に赤くなっていった。
「う、うん」
貴良の微笑に見惚れながら頷く。ぼんやりとしていると、貴良がゲームセンターを見回した。
「じゃあ、次は何をするんだ」
「え……」
悠心は戸惑った。スマホで時刻を確認してみると、十九時に差し掛かろうとしている。いつもなら解散している時間だ。
「でも、時間……」
「少しくらいなら大丈夫だ」
「い、いいの」
「ああ」
悠心は感激で胸がいっぱいになった。きゅっと唇を噛んで、喜びに震える。
「じゃ、じゃあ、何するか考えながら、歩こ」
そう言うと、貴良が静かに頷く。悠心はふわふわとした心地のまま足を動かした。
「……あ。これ、可愛い」
立ち止まったのは、クレーンゲームの前だった。蛍光ピンク色をした奇妙な生き物のぬいぐるみが並んでいる。
「なんだこれは」
「多分、くまちゃんかな」
「くまちゃんか」
隣の客がクレーンゲームをプレイしながら笑う声が聞こえてくる。
「ねえ、取れないよぉ。たかちん、とってぇ」
カップルだったようだ。女が男に甘えてねだっている。
「しゃあねえなあ。見てろよ?」
腕まくりをした男がはりきってクレーンを動かし、見事に目当てのものを落とす。
「きゃー! たかちん、かっこいい!」
「だろぉ?」
それを見ていた貴良がつぶやいた。
「ああやってとるのか」
「うん。え?」
おもむろに硬貨を取り出した貴良がクレーンゲームに手を伸ばす。
「え、貴良?」
クレーンが動く。ピンクくまに狙いを定めるが、アームの力が弱いのか、するっとくまが滑り落ちてしまう。
「うまくいかないな」
「ああ、これ多分難易度高いよ。このくまでかいし」
チャリン。
音がして、またクレーンが動く。失敗。また、硬貨が投入される。失敗。
「た、貴良? もう良いよ。そんなめちゃくちゃ欲しかったわけじゃないし」
「取ると決めたら取る」
そして、もう何枚の硬貨が消えただろうか。途中で硬貨がなくなり、貴良が「電子決済もできるのか」と、とうとうスマホで電子決済をし始めた。
「ちょ、た、貴良」
おろおろと貴良に声をかけるが、貴良はもう取るまでやる気なようだ。
その目はさっきのレースで見た時と同じ、真剣な色をしている。
——あ、もうこれ何言ってもきかないやつだ。
いつもは静かな目に、わずかに熱いものが見える。その姿に、腹の奥がざわりと揺れた。
おそらく難易度はかなり高いはずなのに、少しずつピンクくまは落ちそうになっている。
悠心も横から角度を伝えたりして、途中から熱が入ってきた。
そして。
ボスン。
鈍い音と共に、ピンクくまが落ちた。
「す……すげえええ!! 取れた!! うおおおお!!」
思わず大声で喜ぶと、落とした当の本人は余裕そうな顔にうっすらと達成感を滲ませた。
取り出そうとして、しゃがみかけた貴良の動きが止まる。
「? どした?」
「いや……」
ピンクくまは取り出し口に落ちたままだ。貴良は立ったまま、わずかに視線を揺らす。その目は自分の足元に落とされている。
「?」
不思議に思いながら、悠心はしゃがんでピンクくまを取り出す。
「嬉しい……ありがと」
ぎゅっとピンクくまを抱きしめた。これは家宝にする。決定だ。
「……ああ」
貴良は頷いた。口角がわずかに持ち上がっている。
「で、でも金……大丈夫か? なんか、買った方が安かった気が……」
「心配するな。問題ない」
「かっこいいぃ……」
悠心は目にハートを浮かべながら、貴良を見上げた。どうしよう。今日だけで何度貴良にキュン死にしたかわからない。
「――はあ。楽しかったなあ」
その日の帰り道。悠心はピンクくまを抱きしめたまま、貴良と歩いていた。
「それ、気に入ったか?」
隣を歩いていた貴良に訊ねられて、悠心は大きく頷く。
「もち! 家宝にするし!」
「そうか」
悠心の大げさな表現にももう驚かない貴良は、ふと歩みを緩めた。
「?」
不思議に思って悠心が貴良を見ると、貴良は悠心をうかがうように見ていた。
「矢沢は、まだ俺のことが……好きなのか?」
「うん」
即答した。貴良は驚いたようにまばたきをする。
そして、ふっと目を伏せた。
「……なあ、矢沢」
「ん?」
「俺には……」
悠心が笑顔のまま貴良を見上げると、貴良はなぜか少し黙り込んで、「……いや」と首を振った。
「本当にお前は……まっすぐだな」
「よく言われる。だめかな?」
「いや。矢沢らしい」
貴良の表情が和らいで、悠心も笑った。
「貴良は今日、楽しかった?」
「そうだな……」
貴良が何か言いかけたその時。
「あれ、悠心じゃん」
道路脇から声がした。
見てみると、そこには大型のバイクにもたれた那智がいた。
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