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第14話 元通り

   貴良の家の門から出ると、見慣れたバイクが二台あった。それぞれバイクにもたれる男たちに、悠心は口をへの字にする。 「……なんでいんだよ」 「なんとなく」  飴玉を口の中で転がした那智。 「カラオケ行きたくてよ。悠ちゃんいねえと盛り上がんねえから」  那智の隣で、宏樹が笑う。  悠心は金髪の男とリーゼントの男に、ふっと気が抜けて思わず笑った。 「しゃあねえな。オールでな」  宏樹がリーゼントにコームを通しながら、にやりとした。 「今日は特別に付き合ってやる」 「宏樹、なにげにオール初じゃねえ?」 「おうよ。俺の初めて、くれてやる」 「きも」  軽口を叩き合う二人。  那智はバイクに跨ってエンジンを吹かせた。悠心は袖で目元をもう一度だけ拭って、何も言わずに那智の後ろに乗る。 「夜遊ぶの久々じゃね?」  宏樹の言葉に、那智が小さく笑う。 「確かにな。悠心いねえと、なんか調子出ねえんだよな」 「……お前ら、俺のこと好きすぎじゃね」  ぼそりと呟く。  派手なエンジン音と共に、バイクが力強く動き出す。風を感じる、懐かしい感覚。宏樹のバイクも後ろから着いてくる。 「さよならと〜言った君の〜!」 「うるせえぞ、宏樹!」  宏樹がエンジン音に負けないくらいの大声で突然歌い始め、那智が笑いながら文句を言う。   「まだ着いてねえぞ、早漏!」  悠心も笑いながら怒鳴って茶化す。  くだらないことで馬鹿笑いをする、いつもの日常。  それなのに……心は、大きな穴が空いたようにすーすーする。    ふと、悠心は振り向いた。  立派で大きな門が、少しずつ後ろに流れて、小さくなっていく。  その様子をぼんやりと見つめた後、悠心は視線を前に戻した。  三人で夜遅くまでカラオケで騒いで。宏樹が最初に寝落ちして。悠心もいつの間にか寝ていた。早朝、那智に家まで送ってもらった悠心は、そうっと家のドアを開ける。母親には連絡しておいたが、見つかると雷を落とされるから慎重にだ。  自分の部屋に入ると、ベッドに置いてあるピンクくまが見えた。  ピンクくまは散々抱きしめたせいで顔がひしゃげてしまっている。なんだかその顔が悲しげに見えて、悠心はきゅっと唇を引き結んだ。 「……」  黙って、悠心はピンクくまをクローゼットの一番上の段に仕舞い込んだ。  ふと、スマホに挟まっているプリクラに気がつく。  貴良との、二人のプリクラ。  しばらくじっと見つめて、悠心はプリクラをそっと取り出した。  ゴミ箱に捨てようとして……手が止まる。 「……」  悠心はぐっと顔をしかめると、机の引き出しを乱暴に開けた。   ◆ 「貴良?」  呼びかけられて、貴良はハッと意識を戻した。  目の前には、いつの間にか凛の顔がある。 「聞いてた? 美術部が、文化祭の予算あげて欲しいって言ってるんだけど」 「……断れ。予算の交渉はしない」 「だよね。……どうしたの? ぼーっとして」  白蘭高校の生徒会室は、文化祭が近づいてきてにわかに忙しない雰囲気が漂っている。  貴良は会長席に腰掛け、パソコンを見ながらぼうっとしていたことに気がついた。  凛は怪訝そうな顔で貴良を覗き込んでいる。    目の前で動く黒髪を見つめて、脳裏によぎるピンク髪を内心で振り払う。貴良は静かにため息を吐いた。 「なんでもない」 「……そんなこと言って。クマ、すごいよ」 「……」 「寝れてないんでしょ。貴良は何かあるとすぐ睡眠に出るから」  凛が腕組みをして、胡乱げな目を向けてくる。 「でもこんなに集中できてないの、初めてだよね。……あ、違うか」  ハッとしたように凛が目をわずかに見開いて、それから面白くなさそうな表情をした。 「また、矢沢悠心?」 「……っ」  その名前に、思わず反応してしまう。そんな貴良の様子を見た凛が眉を持ち上げた。 「当たり? 本当、あいつのことになるとわかりやすいよね。罪悪感感じることないって。向こうから勝手に言い寄ってきてたんだし」 「……」  凛は副会長席に腰掛けて頬杖をつく。 「どうせ婚約者のこと聞いて、詰め寄られたんでしょ。付き合ってもないのにね」  付き合ってもないのに。  その言葉が、やけに耳に残った。 「てかさ、貴良の家のこととか、婚約者のこととか、本当に何にも知らなかったよね。好き好き言ってたわりに、本当はあんまり興味なかったんじゃない?」 「……違う」 「え?」  とっさに口が開いた。凛が驚いた顔で貴良を見つめる。 「矢沢は、そんなやつじゃない」  気がついたら、そう言っていた。凛の言葉に、なぜか胸にもやもやと気持ちの良くないものが渦巻く。  凛は驚いたように目を丸くしている。  ふと、気がついた。  悠心は貴良の家柄のことも、桜井ホールディングスのことも何一つ知らなかった。  それなのに、面白みのない自分との時間を「楽しい」と言って笑っていた。  精神的にまいっていたと言えば、身を乗り出して「話聞くよ」と言っていた。  だから……居心地が良かったのかもしれない。  好きかと訊かれて、「わからない」と答えた時の悠心の心の底から傷ついたような顔を思い出す。  貴良はとっさに口を開いていた。 「……悪い、凛。抜ける」 「え?」  貴良は開いていたウィンドウを閉じ、パソコンの電源を手早く落とすと席を立った。 「ちょ、ちょっと、貴良。どこ行くの?」 「何かあれば連絡しろ」 「答えになってない!」  慌てる凛の声を背中に聞きながら、生徒会室を後にする。  他の役員たちも信じられないものを見る目で貴良を見ている。  生徒会室のドアが閉まった後、凛は呆然と呟いた。 「行っちゃった……」 「仕事優先の貴良会長が……」 「事件……?」  他の役員たちもざわめく。  颯爽と出ていく、背筋の伸びた大きな背中を思い出して、凛は信じられない思いでドアを見つめた。  ――自分は一体どうしたのだろうか。  貴良は落書きだらけの校門を見つめて、ふと自問した。  つい来てしまったものの、ここから先をどうするかをあまり考えていなかった。  そもそも、考えるより行動する、という経験があまりない。  悠心に出会ってから、貴良には初めてのことが多すぎる。    自分に驚いていると、貴良に気がついた黒条の生徒たちの声が聞こえた。 「あぁ? んだよ、白蘭のヤツじゃねえか」 「なんだよ」 「お坊ちゃま、なんか用でちゅかー?」  見るからに柄の悪い生徒たち。制服は汚れてるしアクセサリーは派手だし、髪色も髪型もすごい。 「矢沢はいるか」 「……あぁ? 悠ちゃんのことか?」 「悠ちゃんに何の用だよテメェよ」 「てかザワ先輩のこと呼び捨てにしてんじゃねえぞコラ」  下級生らしき生徒が、猫背でポケットに手を入れながらズンズンと詰め寄ってくる。  下から睨みあげられるが、動じない貴良に気分を害したのか、チッと大きく舌打ちをする。 「タッパだけは立派なやっちゃなァ」 「……おい、何してんだ」  その時、聞き覚えのある声がした。  鮮やかな金髪をした長身の男が貴良と不良生徒の間にすっと割って入る。  その姿に、思わず片眉がぴくりと動いた。 「……那智か」 「お、覚えててくれたんだ」  気だるげな表情。飴玉を口の中で転がすと、唇に開いているリングピアスも動く。那智はへらりと口元だけは笑っているが、その垂れ気味の目の奥には剣呑な色が浮かんでいた。  貴良も無意識に目の温度が冷える。

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