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第15話 住む世界

「那智の友達?」 「てかオラァ! テメ、那智先輩まで呼び捨てしてんじゃねえぞコラァ!」 「良いって。ダセエからやめろ」  那智は吠える下級生の生徒を肩で小突く。黒条の生徒たちは那智とアイコンタクトをとった後、貴良を白けた目で見ながら退散していった。 「何の用すか? 悠心ならいないっすけど」  へら、と笑った那智の言葉に、やや気落ちした。 「……そうか。なら、伝えて欲しいことが――」 「やだね」  さらっと一刀両断して、那智は気だるげに学生鞄を肩に背負った。 「悠心は俺の一番のダチだ。あいつのことないがしろにするヤツの言うこと聞く義理なんかないんでね。……それじゃ」  ひら、と手を振ってその場を後にしようとする男の肩をとっさに掴んだ。 「待て」 「……なんすか。痛いんで離してくださいよ」  うんざりしたような声を出す那智は、振り返りもしない。  思わず肩を掴む手に力が籠る。 「まだ話は終わっていない。……頼む、矢沢に取り次いでくれ」 「……言い方変えるわ」  那智がふっと笑った。   「痛えっつってんだろ、離せや」  首をかすかに貴良に向けた那智の金髪の間から、鋭い視線が覗く。    那智は貴良の手を振り払うと、口の中で飴玉を噛み砕いた。  ガリっという硬い音が夕暮れの落書きだらけの校門の前に響く。  那智は口内に残った飴の破片たちを飲み下すと、ポケットからおもむろにタバコの箱を取り出した。  シルバーの指輪がいくつも嵌った手で一本を抜き取り、慣れた仕草で口元に運ぶ。唇のリングピアスが夕焼けの中で鈍く光り、貴良は目を細めた。  ――矢沢と、同じ場所だ。  それに気がついた瞬間、ふつふつと湧き上がる不快感が貴良の腹の奥に落ちていく。 「白蘭の生徒会長サマが、黒条の生徒に絡んでるなんて知れたら、コトじゃねえの。まあ俺は別に良いけど。てかお前のことハナから気に食わねえし」  カチリ、とライターの小さな火が灯る。  ライターをしまいながら、那智は紫煙を細く吐き出した。  奇遇だな、俺もだ。  喉元まで出かかった言葉を、すんでのところで飲み込む。 「で、話ってなんだよ、お坊ちゃま」 「……矢沢に、会いたい。メッセージを送っても、既読もつかない。本屋も、カフェも、ゲームセンターも探した。それでも、いなかった」 「ぶっは。え、マジ? そんな探してたんだ。つうか本屋って……いるわけねえじゃん」  おかしそうに那智が噴き出す。タバコを片手で挟んだまま笑う那智は、ひとしきり笑い終わった後、真顔になった。 「おもしれえじゃん。で? 悠心に言うのかよ。『婚約者はいるけど、お前のことは繋ぎ止めておきたい』 、『都合いい存在でいてくれ』って」 「……そんなわけがない」 「そういうことだろうがよ、テメェの理屈はよ」  鋭く低い声に厳しく遮られる。  貴良は返す言葉もなく、沈黙した。  横目で貴良を見た那智はふっと口元に薄い笑みを浮かべると、タバコを咥えなおした。 「所詮、お前と悠心は住む世界が違うんだよ。悠心はこっち側。お前はあっち側。交わることなんてねえよ」  那智があっち側、と白蘭の校舎の方にタバコの先を向ける。  白蘭高校の校門からは、白の制服を乱れることなく着こなした生徒たちが静かに歩いている。皆姿勢が良く、誰一人として派手な髪色はいないし、大声で話したりもしない。手には参考書を持ち、時折黒条の生徒たちに冷ややかな視線を送っている。 「婚約者を切る度胸も覚悟もねえ。そのくせ都合よく『会いたい』だ? ……甘ったれんなよ」  那智は吸い殻を携帯灰皿にねじ込み、吐き捨てる様にそう言った。 「悠心……あいつが、あの日どんなツラでお前んちから出てきたか、わかんのかよ」  その言葉に胸がドクリと音を立てた。 「ひでえツラで、真っ赤に目腫らして。……見てらんなかった」  那智は一歩、貴良に詰め寄る。  普段の気だるさを完全に削ぎ落とした、威圧感を全面に押し出した姿。  ――まるで、自分が正当に悠心を守る資格があるといわんばかりの、その姿。  拳を硬く握る。悠心をホテルの部屋に押し込め、爪を立てて耐えたあの晩の傷跡が、熱を持って疼く。    重苦しい空気が満ちる。  那智は貴良の固く握られた拳をちらりと見て、気に食わなそうに舌打ちをした。 「テメェの退屈しのぎに、悠心を巻き込むんじゃねえ。あいつは惚れっぽいけど、立ち直りは早え。お前に心配されるほどヤワでもねえよ」 「俺は……心配しているだけじゃない」 「……惚れてんだ、って?」  那智の目が試すように細められる。貴良は沈黙した。 「……お前に言うことじゃない」 「はっ。なんだそれ。言い訳かよ。……その程度なんだよ」  金髪をぼりぼりとかいた那智は、次の瞬間、また気だるげな表情に変わっていた。 「じゃ、そういうことなんで。失礼しまーす」    あくびをしながら、やる気がなさそうに学生鞄を肩に担いで踵を返す。  ふと、那智が足を止めた。 「宏樹、行こうぜ」 「……おう」  見ると、リーゼント頭の大柄な男が那智の方へバイクを押して控えめに歩いてくる。 「もう話良いのかよ」 「ああ? とっくに終わってんよ」 「……そうかよ」  宏樹は何か言いたげにちらりと貴良を見た。目が合う。  その目に何か意味のあるものを直感的に感じる。 「ちょ、ちょっと、貴良! こんなとこにいたの!?」  その時、背後から腕を引かれた。見てみると、凛の焦った顔がある。 「もうー! 騒ぎになってるから何かと思えば……何してんだよ」  そう言われて初めて、野次馬の存在に気がついた。  貴良は去っていく金髪姿の後ろ姿を見つめる。  那智は貴良に駆け寄っている凛をちらりと一瞥して、それから振り返らずにだるそうに歩いて行った。 「……あれ、矢沢悠心と一緒にいた奴だよね?」  凛が那智の後ろ姿を睨みつける。 「なんであんなのと話してんの。ほら、行くよ」  貴良は凛に腕を引かれながら、那智の言葉を思い出していた。  『甘ったれんなよ』。  その言葉が、脳裏にいつまでもこびりついていた。    

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