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第18話 二度目の好き

 悠心はタバコの煙を深く吸い込んだ。 「……今日、何本目だよ」  ふう、と煙を吐き出すと、隣で手すりにもたれていた那智が顔をしかめる。 「……あー? 覚えてねえ。一箱は開けた気もする」 「吸いすぎだろ」 「お前に言われたかねえ」  煙が肺を重たく満たす感覚に、頭がすっと冷えていく。 「てか今日宏樹は?」  携帯灰皿に吸い殻を押し付けながら訊く。いつもなら「悠ちゃん。タバコは良くねえぞ」と母親のように小言を言うリーゼントが、今日は見当たらない。   「知らね。なんか用事あるんだとよ」 「あーね」  また次のタバコを取り出そうとした手を、那智に止められる。 「体壊すぞ」 「……別に、良いじゃん」 「良くねえだろ。……口寂しいなら、これ舐めとけよ」  そう言って渡されたのは、那智がいつも舐めている飴だった。  気乗りしないまま口に含むと、酸味とわずかな甘みが口の中に広がる。 「お前この味ずっと舐めてるよな」 「……まあな」 「飽きねえの?」  那智も口の中に飴を放り込む。 「飽きねえ。俺はお前と違って一途なんだよ」 「なんだそれ。俺以上に遊んでるやつが言うセリフかよ」  笑うと、那智も薄く口角を上げた。そうすると、リングピアスが鈍く光る。  そういえば、那智が唇にピアスを開けたのはいつだっただろうか。  そんなことをぼんやりと考えながら飴を口の中で転がす。  放課後の屋上。悠心たちは学校終わり、ここで一服してから帰るのが定番だった。普段は解放されていないが、屋上の鍵のスペアを那智が持っているので、悠心たちの溜まり場になっていた。  気温も少しずつ下がり、秋の匂いがしてきた屋上は、どことなく冷たい空気がする。 「悠心」 「んー?」  那智の手が不意に髪の毛に差し入れられた。くしゃりと優しく撫でられる。 「今日、うち来るか?」  那智の問いかけに、しばらく黙って飴を転がしていたが、やがて俯いた。  悠心が失恋した後の、いつもの流れ。那智の手つきは優しくて、傷ついた心の隙間に静かに流れ込んでくる。 「……んー」  口の中で飴を転がす。  貴良の家から泣きながら帰って、一ヶ月が経つ。もう、いつもなら立ち直ってる頃だ。  それでも、まだ心臓からはだらだらと血が流れ続けている。 「……良いや」  ぼそりと返すと、悠心の髪に差し込まれていた手がぴくりと震えた。 「……まだあいつのこと、忘れらんねえのかよ」 「……まあ」  頷くと、しばらく沈黙が降りた。それから、ため息と共に髪から手が抜かれる。 「あいつに会ってから、お前変だぞ」 「……そかな」  那智はぐっと手すりを掴む。 「俺らとのマスツーも断るし、バカみてえにぶりっこし始めるし……ヒート中も一人で耐えるし。……マジでどうしちまったんだよ」 「……」 「慣れねえ勉強までしてさ。……良い加減、目覚ませよ。あいつは、お前を選ばなかった。そんだけなんだよ」  口の中で、がり、と音がする。飴に歯を立てて、悠心は重苦しい胸の痛みに顔を歪めた。 「……わかってるよ。もう、無理だってこと。でも……どうにもなんねえよ……」  だんだんと声がか細く消えていく。じっと屋上の剥き出しのコンクリート床を眺めていると、ぽつりと那智が呟いた。 「お前の辛そうな顔、見てらんねえよ」 「……はは。随分素直じゃん」  小さく笑うが、那智は笑わない。 「……ずっと、思ってた」  那智が何か意を決したように口を開いた。  しかしその後、何かためらうように視線を揺らし、続きを紡がない。 「なんだよ?」  悠心が焦れて訊ねると、那智がぐっと拳を握った。  出会った中学の頃よりも大人びた顔。  それでも、悠心を見る目だけは変わらない。  屋上に吹く秋風が那智の金髪を揺らす。 「……」    那智が何か言いかけて、一瞬、その目に何か陰が差す。ふっと顔から力が抜ける。  那智はわずかに口角を上げた。 「……俺は、お前とバカやってる時間が好きなんだ。だから、早く元に戻れよバカ」  悠心は目を見開いた。そして、じわじわと笑う。 「お前、バカって言い過ぎ」 「その通りだろ」  いつものような、くだらない軽口。  悠心は那智を見て目を細めた。 「……ありがとな」  肩を叩くと、「おう」と短い返事が上から降ってくる。  悠心は、改めて那智がいてくれて良かったと心の底から思った。 「今日は飲むかー!」 「うるさ」  大きく伸びをして叫ぶと、うっとおしそうに那智が顔をしかめる。 「朝まで付き合えよ」 「ぜってえやだ。お前酒癖わりぃんだよ」 「那智だって人のこと言えねえだろ」  悠心はスマホを取り出す。画面に表示された日付に、ふと声を上げた。   「あれ、てか今日水曜じゃん。彼女は? いつも迎え来てんじゃん」 「はあ? 先月に別れてるっつうの。それ先週も言ったかんな」 「そうだっけ」 「お前なあ」 「てか那智にしてはフリーの期間長くね?」  那智と駄弁りながら、床に放り出していたカバンを拾い、屋上から出ようとした時。  誰かがドアの前に立っていることに気がついた。  (やべ……!)  一瞬、教師かと思って身を引き締めるが、どうやら黒条生のようだった。宏樹かとも思ったが、違う。  見たことのない生徒だった。長身で、艶のある黒髪は前髪が上げられていて、ワックスでセットされている。  シャープな輪郭に、高い鼻梁。大きく開いた胸元からは、無駄なく鍛え抜かれた肉体がのぞいている。  何より、意志の強そうな眉と、底知れなさを感じさせる力強い目。  ぴたり、と足が止まった。飴を転がしていた口が、ぽかんと開く。 (え……かっこよ……)  思わず目を奪われて、悠心は言葉を失った。 (こんな奴いたっけ?)  絶対に噂になるはずだ。これだけ容姿も整っていて、ガタイも良い。明らかに強者のオーラがある。  悠心は見知らぬその生徒から視線が逸らせなかった。 「……矢沢」  薄い唇が開いて、低く、心地よい声が聞こえる。  その声に聞き覚えがあって、悠心は眉をぴくりと動かした。  矢沢。  自分をそう呼ぶのは、一人しかいない。  悠心はその目を見つめて、はっとした。限界まで目を見開く。 「……貴良?」

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